合同体育祭

第17話 開会前の盛り上がり

 ついにやってきた合同体育祭。由美にとっての体育祭と言えば、今までは苦手な行事のひとつだった。男子校である洋極学園との合同行事だからである。


 しかし、去年はやる気が出なくて憂鬱そうにしていた由美も今年は一味違う。


「おはよ! 茉莉!」

「あら意外。元気そうね」

「今年は男子校にも友達がいるんだもの」


 真人達が洋極学園の生徒なのだから、去年よりもずっとずーっと楽しみだ。


「バスも丁度来たし、行きましょ」


 体育祭を行う施設までは、学園の最寄り駅から一駅分離れている。電車で行くよりも自宅近くのバス停からバスで行くのが早かった。


 2人はバスに乗り込むと、窓から外を見る。この位置からは<ほしのねこ>が見えるのだ。お店の看板を出していた詩音が、フリフリと軽く手を振って応援してくれている。


「手を振ってくれてるよ」

「ほんとだ」


 2人がそれに手を振り返した直後、バスは出発した。


「残念なのは茉莉と違うチームな事よね」

「そうね。私と里美さとみは紅組、由美と和実わみは白組だもんね」


 里美に和実は、茉莉のクラスメイトであり、去年は由美とも同じクラスに所属していた仲の良い友人達の名前である。学校の昼休憩の時間は、よくこの2人を含めた4人でいることが多かった。

 

「白鳥くんとも別々になっちゃったでしょ?」

「ええ…まあ……」


 幸雄のアタックが効いているのか、茉莉はたまに幸雄の話題に照れている。今も軽く俯いて、頬を染めていた。


「付き合うの? 白鳥くんと」

「んー…そういうのはまだ先の話かなぁ。いい人なんだけどね。中途半端な返事はしたくないし」

「優しい人よね。話も面白いし、物知りだし」

「そういう由美は? 真人くんとは週一でデートしてるじゃない」


 茉莉がそう言うと、今度は由美の頬が赤くなる番だ。


「で、デートじゃないわよ。北川くんとは友達だし!」

「えー? 結構お似合いだと思うけどな。由美は興味なかっただろうから知らないと思うけど、北川くんってかなりモテるのよ?」


 茉莉の言葉に、由美はそう言えば……。と思い出す。茉莉のクラスメイトはみんな、真人の事をかっこいいと噂していたらしいではないか。


「そんなにモテるの?」

「ええ。顔も頭も良くて、サッカー部のエースストライカーで、なんなら他のスポーツだって得意。モテる要素しかないわよね」


 そう言われてみると、真人はドラマや映画に出てきそうな、完璧なメインヒーローといった感じの男性だ。由美はそう思った。


「それに、脈アリだと思うのよね。北川くんって由美には優しいけど、他の子にはそうでも無いのよ」

「え? そうなの……?」


 真人はいつも優しい顔をしているので、由美は驚いてしまった。


「告白したうちのクラスの子が泣かされたって言ってたし」

「そ、そんなこと……」


 告白に失敗したら、少なからずショックを受ける。だから泣いてしまったのではないか。真人がわざと傷つけるような事をしただなんて、由美には信じられなかった。


「あ、噂をすれば……!」


 茉莉は窓の外を指さして、歩いている4人組を見つけた。真人と、真人の悪友達である。


「北川くん……」


 真人は拓真に肩を組まれ、顔を顰めている。だと言うのに、どこか楽しそうだ。由美は真人の優しい微笑みばかりを見てきた。本当はあんな風に表情を崩す人なのだ……。と、初めて知った。


 バスが彼らを通り越し、体育館前にまもなく到着するとのアナウンスが入る。ボタンを押して降りることを知らせた茉莉が由美を振り返ると、その表情は陰っていた。


「由美。真人くんのこと、本当になんとも思ってないの?」

「え?」

「なんか、気にしてるみたい」


 由美はそう言われて、視線を落とす。


「わからないわ。だって私、男友達自体初めてなんだもの」


 たまに寂しそうな顔をする真人のことが、気にならないと言えば嘘だった。しかし、それは恋と呼ぶようなものでは無い。茉莉と幸雄のような、甘酸っぱいものでは無いはずなのだ。


。。。


 バスを降りた後、茉莉の提案で4人を待つことにした2人は、体育館の入口に留まる。4人が来る前に何人かの生徒が体育館に入っていった。


「あれ? ねえ……」


 一番最初に由美達の存在に気づいたのは、拓真だった。拓真はすぐに幸雄の肩を叩き、茉莉の存在を耳打ちで教える。すると、幸雄の表情は途端に明るくなって、嬉しそうにこちらに手を振ってきた。由美達も手を振り返す。


「…………?」


 由美が少しだけ萎縮した様子でいるのが気になったが、真人も幸雄に倣って軽く手を振った。


「もしかして待ってたの?」


 と拓真が聞くと、茉莉がバスの中から4人が見えた事を話す。待っていてくれたことが嬉しくて、幸雄の口元はだらしなく緩んでいた。


「おはよう。浜野さん。山里さん」


 真人の表情はやっぱり優しい。由美はバスで聞いた話を胸にしまって、真人と同じように笑顔で挨拶を返した。


 それを見た真人は、先程の由美の萎縮は気のせいだったようだ。と考え直す。


「えっと、高井くんと久谷くんも…久しぶりだね」

「あはは。あれ以来行けてないもんね」


 真人と幸雄はよく顔を出してくれるが、純也と拓真は最初に会った日以来、<ほしのねこ>には行っていなかった。


「そろそろ落ち着くから、その時に姉貴と一緒に行くね」

「お姉さん?」

「そう。私立探偵の姉貴。今依頼が立て込んでるから、俺もその手伝いで忙しくてね」

「凄いのね。探偵って、事件をパパパッと解決するあれでしょ?」


 茉莉が感心してそう言うと、拓真は苦笑する。


「そんなドラマみたいな事は滅多にしないかな。もっと地味な仕事だよ」

「でも、刑事事件への関与も許可されてるんだろ?」

「姉貴はちょっと特殊だからね。もちろん、そういう調査に俺は関与できないんだけどさ」


 拓真は手を横に振って、軽く否定する。


「そういうものなの?」

「もちろんそうだよ。俺はただの手伝いだし、未成年だから。その辺のとこ規制とか法律とか、結構面倒らしいんだよね」

「そっか。言われてみるとそうよね。映画みたいなかっこいいシーンが再現されるのかと思っちゃった」


 茉莉は結構そういう映画やドラマが好きだ。刑事物ではなく、スマートな探偵が出てくるものなんかによくハマる。この間も、大怪我を原因に警察を辞めることになった敏腕探偵美女が華麗に謎を解決する。という内容のドラマスペシャルがやっていたらしく、由美に感想を話していた。


「例えば、何故だか断崖絶壁に犯人を追い詰めて、ギリギリのところで自殺を止める…みたいな?」


 と拓真が茶化して聞くと、茉莉はふるふると首を横に振る。


「どちらかと言うと、往生際の悪い犯人の最後の抵抗を、ものともせずに余裕でいなしちゃう…みたいな」

「ああ。熱血タイプよりも冷静でかっこいいのが好きなんだね」


 茉莉と拓真はクスクスと笑い合う。結局会話が弾んでしまい、真人が大会の準備のために離脱しても、開会のギリギリまでずっと入口付近で固まって話していたのだった。

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