第16話 由美の父親
「ただいまー…………?」
開かれたドアから入ってきたのは、180cmをゆうに超えた大柄な男性だった。まだ若く見えるが、確かな貫禄と圧を感じる。
真人は突然の遭遇に驚いて、挨拶もできずにポカンと口を開けて固まってしまった。
「おかえりなさい。お父さん」
由美が先に口を開き、真人を紹介しようとした。のだが、それより先に男性の口から深いバリトンボイスが聞こえてきた。
「恋人ができたのなら先に知らせて欲しかった」
「「え!?」」
2人は驚いて目を丸くする。確かに、他の友人も連れずに家にお邪魔している以上、勘違いされてしまうのは仕方がないだろう。真人は申し訳なくなって、慌てて口を開いた。
「ち、違います。その…挨拶が遅れて申し訳ありません。北川真人と言います。由美さんには、帰りに雨に降られたところを助けていただいただけでして。ただの友人です。深い関係ではありません」
「そうなのか?」
男性はゆっくりと首を傾げる。大柄な男性が繰り出す仕草はどこかふわふわとしていて、その雰囲気は正しく由美の親なのだと感じさせた。
「は、はい。あの、重ねて申し訳ありません。服をお借りしております」
真人はそう言ってお辞儀をした。玄関先で狭いため、深くではなく軽くだ。
「ああ。それは構わない。そうか、雨に降られたのか。災難だったね」
「お気遣い痛み入ります。それから、父がいつもお世話になっております」
真人がそう言ってまたお辞儀をする。すると由美の父、
「もしかして……。前に由美が言っていた子かな? ナンパから助けてくれたと言う」
「そうよ。名前も教えたじゃない」
由美がそう言うと、銀次はやっと笑顔になる。その表情も、由美の笑った顔にそっくりだった。顔立ちはあまり似ているとは言えないが、由美の雰囲気や仕草は父親似のようだ。
「ああ、そうだったね。北川真人くん。その節は本当にありがとう」
「いえ。大したことはしてませんから……」
「そんな事は無いさ。この子は気が強くて、無茶をしがちだから助かったよ。」
銀次は由美を見つめて苦笑する。由美は父親に見つめられ、気まずそうに目を逸らしている。
「えっと、北川くんの息子さんなんだったよね。君のお父さん…彼は優秀な男だよ。君も随分と礼儀正しくて、きっといい教育を受けてきたんだね」
真人に視線を戻した彼が、朗らかな笑顔でそう言った。褒められた真人は少しだけ照れくさくなってしまい、由美のように視線を逸らしたくなった。
「あ、ありがとう…ございます」
お礼を伝えた真人がすぐにハッとする。由美の父親が、警部である自身の父親よりも階級が上だということに気づいたのだ。
真人の父親はノンキャリアとしては出世が早い方だった。だと言うのに、父親と同じくらいかそれ以上に若く見える由美の父親が上司だということは、彼はキャリア組に分類される優秀な刑事なのでは無いだろうか。そう思った。
「北川くんは、確かここから少し離れたところに住まいがあったよね? 雨足はまだ弱まらないし、車で送っていこうか?」
「いえ、お仕事でお疲れなのですから、俺なんかに構わずゆっくり休んでください。お気持ちだけで充分です!」
「子どもが遠慮するものじゃないよ。由美の手料理もまだ食べられそうに無いしね」
銀次が由美に向かってウインクをすると、由美は苦笑する。
「まだ待って。……そうね。北川くんを送ってあげて。その間に作っておくから!」
「でも……」
父が帰っているかはわからないが、もしも銀次と遭遇したらきっと腰を抜かす。真人は少し戸惑ったが、2人の厚意には逆らえなかった。
「それでは、お言葉に甘えます。そしたら、浜野さん。傘は返すよ。コーヒーごちそうさま」
真人はそう言ってマンションの部屋を後にする。もちろん、銀次も一緒である。
。。。
車の中での無言が辛い。真人はそう思ってはいるのだが、会話の内容など思いつかない。言うなれば緊張しているのだ。
「最近、よく由美から聞くんだ。真人くんの話」
「え? 俺のですか?」
「ああ。星野さんの店によく顔を出しているのだろう? 今日も来てくれた。とか、行ったら会えた。とよく聞いている」
「お恥ずかしながら、父も自分も料理はからきしでして。ほしのねこの料理はどれも美味しいので、つい足を運んでしまいます」
真人がそう言ってはにかむと、銀次はジロっと真人を食い入るように見つめて口を開いた。
「そうはいいつつ、本当は由美が目当てなのでは無いのかな?」
「え? そ、そんなことは……!」
銀次の鋭い眼光に、真人は慌てる。何の罪も犯していないと言うのに、刑事に尋問された気分を味わうことになった。
「それは、由美に魅力を感じないと?」
「そういう訳ではありません……! むしろ、俺には勿体ないですから」
真人はそう言って誤魔化す。もちろん、嘘という訳ではなく、本当に勿体ないのではないかと思っている。家庭的で優しい少女なのだから、もっと誠実で良い男性と結ばれるべきだろう。と、今までの自分の人生を思い返してみれば、そう思わずにはいられない。
「ふうむ……。君は自分に自信が無いのかい?」
鋭い視線は落ち着いたが、今度はストレートな言葉が投げかけられた。真人は一瞬ドキリとすると、小さな声で呟くように言う。
「事実なだけ……」
と。聞こえていたであろうに、銀次は真人を一瞥しただけで何も答えない。そのまま無言で、家まで送り届けてもらった。
幸い、真人の父親とは遭遇することがなかった。真人は最後にお礼と別れの挨拶をすると、静かに家の中へと入っていく。
真人は部屋に戻ってすぐに、借りた服もそのままに、ベッドに倒れ込んで深いため息をついた。
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