第15話 温かいコーヒー
真人が袋を取りに行った由美を待っていると、別の部屋からこちらを呼ぶ由美の声が聞こえてきた。
「北川くーん! こっち来て!」
「うん……」
真人は大人しく呼ばれた方へ向かう。真人の向かった先はダイニングキッチンだった。仕切りが明確では無いため、リビングも見える。由美の家のマンションはなかなか広い。ざっと見た感じ、4LDKのようだ。
「体を拭いたとはいえ、寒いでしょ? 温かいコーヒーを入れてあげる。一緒に飲もう?」
「ありがとう。俺も何か手伝うよ」
「えっと。じゃあ、そこの食器棚からカップを2つ出して貰える?」
「わかった」
真人は、由美に言われた通りに食器棚を開くと、カップを2つ取り出した。ちゃんとしたコーヒー用のカップだ。隣には紅茶用のティーポットとティーカップが並んでいて、由美が家政の特待生だということを改めて思い出す。
「浜野さんは、家政関係ならなんでも出来るの?」
「え? 何でもってわけじゃないと思うけど……。まだまだ勉強したいなあって思っているところよ」
真人がダイニングを見渡したところ、インテリアの配置もお洒落だと感じた。それでいて、利便性にも優れているように思う。落ち着いた雰囲気は食事をするのに向いているし、物がどこにあるのか分かりやすくラベリングされている。物を置きすぎるということも無く、人が通るのにも充分な広さが確保されている。それは、ここから見えるリビングも同じだった。ここで父親と団欒を過ごしているのだろう。そう思い、真人は由美に気づかれないように小さく笑う。
「ねえ、うちにあるコーヒー豆だと、いつも飲んでるアメリカンよりも濃いかもしれないんだけど。大丈夫?」
「ああ、うん。別に好き嫌いは無いから、大丈夫だよ」
「良かった! 待ってて。今豆挽いてるから」
「うん……」
真人はインスタント以外のコーヒーを自分で淹れた事は無い。大人しく由美が作業しているのを眺めているだけである。いい匂いを堪能しながら、真人はじっと由美の手元を見ていた。
(へえ、こんな風に作るものなんだな)
見ているだけなのだが、これがなかなかに楽しい。真人は由美の手元に夢中である。
「あ、北川くん。お湯が湧いたから、そこにあるカップを温めてもらっていい? お湯を少し注ぐだけでいいの」
「わかった……」
少しと言われたので、その通り少しお湯を入れる。大体カップの半分ほどの量だ。
「ありがとう。もう一度お水を入れて火にかけてくれる?」
「うん。水道の水を貰うよ?」
「ええ。ありがとう」
そうしている間に豆は挽き終わった様だ、お湯につけてあったドリッパーをタオルで軽く拭いて、ペーパーフィルターをセットしている。真人はここから先はもう何も分からないので、手伝うことは出来なかった。
「手伝ってくれてありがとう。座って待ってて!」
「う、うん」
真人は、大人しく最初に案内されたダイニングの椅子に座って待つ。しばらく待つと、美味しそうなコーヒーが出てきた。
「お待たせ」
「ああ。ありがとう。挽いてた時から思ってたけど、いい匂いだね」
「そうでしょ? ほしのねこにも置いてある豆だよ」
「そっか。アメリカンばかりじゃなくて、今度別のコーヒーも頼んでみようかな」
「うん!」
真人の言葉に嬉しくなった由美は、満面の笑みで頷いた。真人はそれを見て微笑ましげに笑うと、「いただきます」と一言挨拶をいれ、コーヒーを口にする。
「美味しい……。もっと苦いのかと思ったけど、なんか…甘酸っぱい? 感じのコーヒーなんだね」
「うん。香りも結構甘酸っぱいでしょ?」
いい匂いだ。とばかり思っていたが、言われてみると確かにそうだ。真人は今までコーヒーにこだわりなどなかったのだが、こんなものを出されてはハマってしまいそうになる。
「なにかお菓子でもあればよかったんだけど……。何も無いのよね。ごめんなさい」
「これだけで充分だよ。雨宿りさせてもらっただけでなく、タオルや服まで借りちゃったし」
コーヒーを飲みながら雑談を楽しみ、気がつけば既に日は完全に落ちてしまっている。長居してもいけないので、真人はお礼を言ってから立ち上がった。
「どういたしまして。まだ外は雨みたいだから、そこに置いてある傘を使って」
「何から何までお世話になってごめんね」
「いいのよ。たくさんお話が出来て楽しかったわ」
由美が部屋を出るまでは見送ろうと、玄関のドアを開こうとした。が、その直後、真人がまだ触れていない玄関のドアが開かれる。
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