第11話 カフェに集まる4人組
その日の放課後は、ついに4人で〈ほしのねこ〉に訪れた。今日いるのは店長と詩音。それから茉莉だった。幸雄のテンションがひとつあがったので、拓真と純也も察してしまう。
「えー……。何? 俺達もしかしてキューピットにならなきゃいけないやつ?」
「ほっといていいやつ」
真人がバッサリとそう言って切り捨て、最初に来た時にも座った奥の席に進んでいく。
「こんにちは! 今日はまた随分と大人数だね。いらっしゃいませ」
店長はいつものように優しい笑顔で真人達を出迎えてくれる。お冷を持ってきてくれたのは、茉莉だった。幸雄がニコニコと嬉しそうな顔でお礼を言う。
「ありがと!」
「今日、由美も部活終わりに寄るって言ってたよ。それまでいる?」
「ん。こいつら次第かなあ」
茉莉の質問には真人が答えた。由美と仲がいいのは真人だから、幸雄は絶対に答えてくれない。それが真人もわかっていたからだ。
「え? 何? 真人が女子と仲良しとか初耳」
「珍しい事もあるんだねえ」
2人が口々に言うので、真人は不機嫌そうにそっぽを向いて水を口に含む。
カランカラン
「「いらっしゃいませー!」」
今日は夕方でもそこそこ繁盛しているようだ。真人達の他に、3組の客が店内にいる。
「それじゃあ、ごゆっくり!」
茉莉はそう言って軽く手を振ると、新しく来た客達をもてなすためにカウンターの奥へと引っ込んで行った。お冷を持ってくるのだろう。
「山里さん。忙しそうだね」
「幸雄とはどういう関係?」
拓真がそう聞くと、幸雄が照れくさそうに頭をかいた。
「アタック中なんだ……」
「あれから進展あったのかよ?」
真人にも聞かれ、幸雄は両手の人差し指をもじもじと重ね、小さな声で答えてくれた。
「体育祭で…一緒にご飯食べよって」
「へえ?」
「真人もいてくれるよね? みんなで一緒にどうって言ってあるし」
「知らないうちに巻き込むなよ」
「2人で食べればいいだろう」と真人は言うが、幸雄は「それはまだ早い」などと恥ずかしそうにしている。軽くため息をついてから、真人はまた質問を投げかけた。
「返事は来たの?」
「友達に聞いてみるねって……」
「ふうん。まあ、考えてくれてるだけ良かったな」
幸雄に対して優しく笑いかけると、幸雄は感激し、拓真は面白くなさそうに唇を尖らせた。
「俺と全然態度ちがくなーい?」
「幸雄はお前と違って一途だからな」
「酷い」
「酷くないですー。お前もいい加減、女遊びやめなよ」
「そんなこと言われてもさぁ……。モテるって、罪だよね?」
自分の顎を触って自信満々にそう言ってのけた拓真に、真人はついイラッとした。殴りたい衝動を押さえつけて、「はいはい」と軽く返事をする。
「真人は、その子とはどうなの? えーっと、名前なんだっけ?」
「浜野由美さん。別にどうも? 幸雄と違って、ただの友達」
「そう……」
拓真は少しだけ寂しそうに笑うと、静かに水を飲む。
「俺おすすめ」
「俺は日替わり!」
「へぇ、日替わりとかあるんだ。俺もそれにしよ」
「じゃあ、俺は真人と同じやつ」
真人がぶっきらぼうに言った言葉に続けて、幸雄達も注文する料理を決めた。
「お願いしまーす!」
「はーい! ただいま伺いまーす!」
茉莉が飛んで来てくれたので、幸雄に注文を任せることにした。幸雄がみんなの分を注文すると、茉莉は真人をチラッと見て口を開く。
「真人くん、アメリカンはどうする?」
「ああ。じゃあ、それも。お前らは飲み物いらない?」
「俺はいいや」
「俺、もらおうかな。エスプレッソで。ミルクつく?」
「もちろん! お砂糖はどうされます?」
「じゃあ、ひとつお願いします」
「かしこまりました! 少々お待ちください!」
茉莉の接客はいつも元気いっぱいだ。幸雄はデレッとした顔で茉莉がカウンターに引っ込んでいくのを見送った。
「それにしても、なんだかお洒落な店だよね」
「そうだね。装飾も綺麗だし」
「だろ? 最近はもう、ずっとここ」
「近くのファミレスは飽きたわけだ?」
他愛もない会話をしながら料理を待つ。その料理が全員分揃う頃に客足が遠のいていき、今は真人達と、先程新しく入店した1人の男性だけになった。
「落ち着いてきたから茉莉ちゃん、休憩どうぞ」
「はーい。店長、私おすすめメニューで!」
「はいはい。ご注文ありがとう」
茉莉は一度着替えに奥へと引っ込み、数分後に戻ってきた。迷うことなく真人達の座っている席の近くに座り、こちらを振り返ると挨拶をしてくれた。
「こんばんは! 2人とも初めて来てくれるお客さんだよね?」
茉莉の明るい笑顔に、初対面の2人も気が緩む。まずは純也から、茉莉に向かって返事を返した。
「どうも初めまして。俺は高井純也。幸雄とはクラスメイトなんだ。よろしくね」
それに続けて、拓真も笑顔で話しかける。
「俺は久谷拓真だよ。ここ、いい店だね」
カウンターの方をチラリと見つつそう言えば、茉莉は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「いい雰囲気でしょ?」
「うん。凄く」
拓真はそう言うと、ニコリと笑みを向ける。真人よりも幾分か顔が整っている拓真に笑みを向けられ、茉莉は軽く頬を染めた。それを見た拓真は(やばい)と思い、視線を逸らす。
「さっき言ってた由美ちゃんって子も店員さんなの?」
「そうよ。私は由美から紹介してもらって、ここでバイトさせて貰ってるの」
「へえ。じゃあ、元々その由美ちゃんって子が働いてたんだ」
拓真は持ち前の社交スキルで、茉莉と会話を続けている。茉莉はだんだん慣れてきたらしく、拓真相手への緊張はほとんど解けた。
「真人と仲良いみたいだし、気になるなあ。由美ちゃん」
「本当、節操のない……」
真人は嫌そうに口端を引き攣らせながら一言そう言うと、料理に集中する。
「由美ちゃんが来るまでいようよ。な? 純也も気になるだろ?」
「え? まあ……。真人の友達だし、気になるかな」
純也はそう言った直後、真人にジッと見つめられて小さな悲鳴をあげる。そして逃げるように素早く目を逸らして、全てを拓真のせいにした。
「拓真がそう言ってるし! 拓真が言うなら仕方ないよね。拓真って頑固だし? どうせ待つんだろ?」
「そうだねぇ」
拓真はそれを受け入れ、純也に軽く笑いかけた。ホッとした純也に、真人は更に追い打ちをかけるように視線を向ける。ただジーッと見つめられ、純也は居心地悪そうに冷や汗を滲ませる。
「あんまりいじめるてやるなよ。真人!」
視線による攻撃は、真人の隣に座ってる幸雄に軽く叩かれるまで続いていた。真人はやっと視線を外すと、クスクスと笑い出す。
「反応が面白いからつい、な」
ただの悪ノリだ。純也は一番体が大きい割に、素直で純粋なためからかわれやすい。特に真人は、よく純也に意味もなくちょっかいをかけている。というより、拓真への鬱憤が全て純也にいく。というのが正しい。拓真はそれを知ってか純也にはとことん甘いので、これでうまく友達としての関係が成り立っているのかもしれない。
「ふふ。仲がいいのね」
茉莉がそう言って笑うと、からかわれる姿を女子に見られた羞恥から、純也の頬がほんのり染まる。そして俯いて何も喋らなくなってしまった。
「俺達は皆、中学から一緒なんだ」
だから仲がいいのだ。と幸雄が言った。
「そうなんだ! 皆、どこの中学だったの?」
「
駒川中学校は、洋極学園と藤波学園の付属校である。私立の綺麗な学校で、学校の位置はこれまた川沿いと、自然に縁のある学校だった。
「じゃあ、中学受験だったのね」
4人とも中学から仲良しだが、拓真以外の3人は小学校も同じだ。その頃にはあまり話すこともなかったが、受験が決まった6年生の冬頃からよく会話をするようになった。自宅の最寄りはそこそこ遠いので、真人達は全員、電車で通っている。
「うん。駒川はここから2駅分離れた中学だけど、俺ら川崎出身だからちょっと遠かったんだよな。進学して楽になった」
「いつも快速だからそんなに遠くもないだろ」
4人はそう言って笑う。ここは横浜なので、確かに幾分か離れているだろう。
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