約束
第7話 爽やかな店員さん
真人はカフェレストラン〈ほしのねこ〉に初めて行ったあの日から、もう何度も通っている。幸雄とも行くし、真人1人でも行くようになった。常連客である。
茉莉と幸雄は特に進展は無いが、前よりは近しい関係になったと思う。真人も、由美と話す機会が増え、今では友人と呼べる程度には仲良くなったような気がしている。
また、ほしのねこの店長ともかなり仲良くなった。その証拠に、店長の真人達への喋り口調がかなりフランクになった。優しい雰囲気は変わらないし、対応が雑になったとかでもない。ただ、少し砕けた喋り方になったのだ。
カランカラン
「いらっしゃいませ! ああ、真人くん。今日も来てくれたんだね」
こんな具合だ。
「はい。今日は残念ながら1人なんですけど」
幸雄は、今日は〈情報屋〉としての仕事で忙しい。だから真人1人で来ることになったのだ。
ここだけの話だが、幸雄はかなりの情報通である。政治界隈にも手を出しているほど幅広く、何でも知っている。幸雄の情報は、高値で取引をされるのだ。ネットで有名な情報屋〈青い鳥〉。まさか利用している依頼者達も、その正体がただの高校生だと言うことは知らないだろう。
「そっか。幸雄くんはいないのか。茉莉ちゃんがガッカリするかもね」
2人の間に特に進展は無いが、店長達も幸雄と茉莉の関係を応援してくれているようだった。真人はクスッと笑うと、今日はカウンター席に座る。
「今日は店長と
詩音とは店長の娘であり、最初に真人が来店した時にも会ったポニーテールの店員の名前だった。笑った顔が店長そっくりなのは、親子関係だったからである。
「ううん。今日はバイトの子が復帰。もうすぐ来るはずだよ」
「へぇ……。浜野さん達以外にも店員さん、いたんですね」
店長の話だと、その店員は大学生。試験が忙しくて最近は来られなかったようだ。そんな人が今日、久々に出勤してくるのだと言う。
真人は初めて会う店員に少し興味があった。
「どんな人なんですか?」
「ハンサムな子だよ。来てくれる女性客に人気なんだ」
「はは。それは…これから忙しくなりそうですね」
何度も通ううち、真人はこの店の客層が何となくわかってきていた。定年を迎えた男性客や、休憩時間に来るのか、スーツを来た男性客が多い。圧倒的に、女性よりも男性客の方が多いのだ。しかし、そのハンサムであるという店員がいれば、女性客もきっと増えることだろう。
普段の落ち着いた空間が好きな真人としては少々悲しい事だが、店的には嬉しい事だろう。真人はそ思って、店長に微笑む。
「そうかもねえ。ありがたいことに」
店長はそう言いながら、アメリカンコーヒーをカウンターテーブルに置いた。
「ありがとうございます」
最近は来る度にアメリカンを頼んでいるので、何も言わずとも出てくるようになってしまった。たまに別のものを頼む時は、事前に言うか、アメリカンを飲んだ後にまた別のものを注文している。
カランカラン
「お疲れ様です」
若い男性がそう言って店に入ってくる。そして、そのまま裏へと引っ込んで行った。今来た彼がハンサムな店員だった。
「彼ですね?」
「そう。なかなかかっこいいだろ? 君にとってどうかは分からないけど!」
店長は真人に顔を寄せ、軽くウインクをして見せる。真人も容姿はいいし、それを自分でも自覚している。しかし、ここは謙遜しておくことにした。
「大人の男性のかっこよさには敵わないですよ」
「はは。5年後が楽しみだねえ」
店長はそう言うと、笑いながらカウンターの向こうへ歩いていった。
「今日のメニューはどうする? 日替わり? おすすめはまだこの前と変わってないよ」
「今日はハンバーグにします。肉が食べたい気分でして」
実は、真人は部活帰りだった。肉を食べたいと言うのも、散々走ってこき使った体にタンパク質を取り入れたいと思ったからだ。
「味はどうする?」
「じゃあ、オニオンソースで!」
「はーい。ちょっと待っててね」
店長が裏の厨房に食材を取りに行ったところで、ハンサムな店員が準備を終えて出てくる。客が真人の他にいない事を確認すると、彼はダスタータオルと消毒液を持って、テーブルを拭いて回った。
ジュワー
いつの間にか裏から戻って来ていた店長が、ハンバーグを焼いている音が聞こえる。すぐに辺りに食欲のそそるいい匂いが漂って、真人の視線は店員から店長へと移った。
「店長、俺も手伝える事ありますか?」
テーブルを拭き終えた店員が、カウンターに入っていって店長に声をかける。
「うーん……。今のところ大丈夫。まだ混む時間帯じゃないしね」
彼はテキパキとしていて、働き者のようだ。真人は2人のやりとりを眺めながら、そんな事を考える。
「聖也くん。彼、最近増えた常連さん」
「そうなんですか? 毎度ありがとうございます!」
笑顔も爽やかだった。ハンサムな人は、行動もそれに伴い品が出るようだ。真人はそう思う。
「真人くん。彼は聖也くんって言うんだ。見ての通り、とっても働き者なんだよ」
「どうも。真人と言います」
カフェでこんな紹介をしているなんて、なんだか変な気分だった。実際、他のカフェでは店員と客が自己紹介なんて普通しないだろう。この店は店長と店員の距離も近いし、店員と客の距離もなんだか近かった。それは真人が常連客だからかもしれないし、そういうスタンスの店だからかもしれない。
「聖也です。真人さんは洋極の学生さんですよね? 俺、洋極のOBなんですよ」
「え? そうなんですか?」
「うん。真人さんは…サッカー部ですか。俺は軽音楽部だったんです」
真人が座っている席の下に置いてあるサッカーボールを見て、聖也がそう言った。他愛もない世間話が、真人にはとても楽しかった。このカフェレストランは1人で来たとしても楽しめる。そこが他の店には無い魅力のひとつだと、真人は思う。
。。。
「ああ。あの先生、そんなに前からいるんですね。まさか聖也さんの担任だったなんて……」
「そっかあ。今は学年主任なんですねえ」
同じ学園の生徒だったと言う共通の話題から、2人の会話は長いこと途切れない。他に客が全然来ないので、店長もハンバーグを焼きながらニコニコと2人の会話を見守っている。
「ちなみに、真人さんは何組の生徒さんなんですか?」
「俺は白組です。聖也さんは?」
「俺は緑組でした。特待生だなんて凄いんですね」
少し目を大きくした聖也は、恐らく驚いているのだろう。白組には人数がそんなにいない。実際、真人の代の白組は丁度10人。1番少ない3年生の代で4人だった。
「ありがとうございます。聖也さんも…緑組だなんて優秀だったんでしょう?」
「そんな事はありませんよ。白組に比べたら俺なんて全然……」
「謙遜ですよ。スポーツも、勉強も、専門知識も…。全てをそつなくこなすのが緑組じゃないですか。それって凄いことだと思います」
真人は本当にそう思っている。何かひとつに特化していることだって、確かに凄い事だ。しかし、全てをある程度習得している事だって、才能がなければできない。なんなら、特待生よりも凄い才能かもしれないとすら思う。
「ありがとうございます。そう言って貰えて、嬉しい」
聖也の笑った顔は、やはり爽やかだった。ふわりと微笑む姿を見ると、やはり女性客にモテそう。と真人は感嘆の息を漏らす。女性でなくても、そんな笑顔を向けられて嫌な思いをする人はいないはずだ。真人も心が和んだくらいなのだから。
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