24.リバース

 小さな島があった。廃棄都市№006――


 12月31日・午後11時37分――


 皮肉のように綺麗な夜空だった。小さな明かりが朽ちた地上を照らし出す。


 周囲一帯は木造家屋の破片が散らばっていた。ひとの生活圏であった頃の名残が随所にみられる。だが営みの痕跡も、破壊の爪痕すらも風化している。人々の記憶から忘れられて久しい、小さな田舎町。


 家屋の残骸を踏み砕きながら、オトコが島の奥へと進んでいく。

 倒壊した建物のなか、その家はあった。木造の平屋だった。

 異様に整備された外観は周囲の景観から明らかに浮き上がっている。


 オトコは立て付けの悪い玄関の扉を避けて、庭へと回り込んで縁側から中に入った。家具にはうっすらと埃が乗っている。オトコが廊下を歩くたびに床には足跡がついた。

 L字の廊下を奥に進むと、左手にある襖を開ける。勉強机が二つ並んでいた。左右には本棚。しかし机の上にも、本棚にも、なにもはいってはいない。


 というより、この家全体が、伽藍洞だった。


 オトコは中に入ると、部屋のちょうど中央に位置する畳を剥がす。


 すると、重苦しい鉄製の扉が現れた。左上の電子パネルを操作すると、ガチリと音がしてロックが外される。

 スライドした鉄扉の下からは、僅かな光源も届かない地下へと続く階段があった。


 オトコは階段を下って行く。

 足取りに迷いはなく、カレが幾度もここを通ってきたことを物語る。階段は螺旋状になっていた。下るほどに仄かに明るくなっていく。


 最下層まで至ると、真っ黒な空間の中に真っ白な光が漏れる長方形の穴が空いていた。


 オトコが穴を潜る。カレが足を踏み入れた先は、白と黒のモノトーンの空間だった。

 そこには、ヒトリのショウジョと、独りのオンナがいた。


「あら、あなた。ここにくるなんて珍しいですね」


 黒い空間で微笑みながら、こちらに振り向いたのは白いコートのオンナだった。カノジョは白い椅子に腰かけている。


「あなたはここに来るのを嫌がってたと思ってたんですが、どうかしたんですか? あの不出来なカラダも、今回はコワサナカッタみたいですが……いえ、コワシそびれたんですか?」


 オトコの視線はオンナには向いていなかった。

 見つめるのは一点。白い空間で、床にへたり込んだショウジョ。


 無数のチューブを全身から伸ばし、白い空間に長く真っ黒な髪を広げている。薄っすらと開いた瞳は、オトコと同じ鉄の色。瞬き一つせず、焦点はどこも捉えてない。


 衣服の類は身に着けておらず、代わりに白い肌の随所から機械の下地を覗かせていた。

 オトコはショウジョに近付き、カノジョの前で膝を突く。


「カノジョと約束してきた。全てをオワラセテくると」


 ショウジョの冷たい頬を撫で、カレは銃を取り出すと、白いオンナに銃口を向けた。


「あら。それは、なんの真似ですか?」

「そもそも、お前に頼ったことが……いや、出会ったことが間違いだったんだ」

「……勝手なヒト」


 引き金が引かれる。オンナの心臓が貫かれた。鮮血が白い服を赤く染め上げていく。


「――オワリマセンヨ……ナニモ……」


 オンナは吐血し、それきり、動かなくなった。


 しかし、オトコは引き金を引き続ける。

 弾倉が空になれば、次を装填し再び引き金を引く。


 撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って――


 108発目をオンナのカラダに撃ち込んだところで、オトコは引き金を引くのをやめた。

 オンナは、原型を留めてはいなかった。


「ありがとう。すまない」


 火薬と鉄のニオイが充満する中、カレはおもむろにショウジョの額に自分の額を合わせた。


 ショウジョは、ウゴカナイ。


「カガミ……アイ……お前を、アイシテル……」


 最後に脳裏に浮かんだのは、コワスことができなかった、ショウジョの姿だった。


 オトコは、小さなカラダを抱きながら、そのムネに銃口を押し当て――カノジョをコロシタ/コワシタ。


「ぁぁ……」


 オトコの視界が暗くなる。バチバチと目の前がスパークし、意識が明滅する。


 カレは奥歯を噛み、震える腕を動かして、ジブンのムネに、銃口を当て、

 

 ――セカイを、オワラセタ

 

 二人のムネから、チは、出なかった。

 

 ※※※※※

 

 また、病室だった。個室だ。見慣れない天井と慣れないニオイに吐き気を覚える。


 ショウジョはジブンのソンザイがまだ世界にあることにアンド/絶望し、部屋にある物に当たり散らした。


 なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!


 壊した物を更に壊した。


 ひとしきり暴れて、カノジョは床にへたりこんだ。カラダに痛みが走っている。


 かなり音を立てたはずだが、誰も部屋に入ってこなかった。


 それも当然か。


 誰が好きこのんで異常者がいると判る場所に来たがるものか。


 息が荒い。乱れた病院着の隙間らジブンのムネが見えた。少しだけ痣になっている。


 まるで、穴が塞がったようなキズアトだ。


「ラインさん/お兄ちゃん――ラインさん/お兄ちゃん――ラインさん/お兄ちゃん――」


 ああ、おかしい。


 頭の中で二人分の声がする。


 ダレだお前は? 知ってるよ。わたし/ワタシだ。


 だから! ワタシってダレなの!?


 お兄ちゃんがシンだ。知るか! あんな嘘つき!


 独りぼっちは、いや……。だったら消えて! わたしごと全部消して!


 死にたくない。死なせて! 消えたくない。消させて! 


 お兄ちゃん/ラインさん――


 ――『『タスケテ/コロシテ』』


 二人の意識が、一つの姿に手を伸ばした。


 だがシッテル。知らないはずだ。カレが、シンだことなど。


 ぐちゃぐちゃで、


 滅茶苦茶で、


 支離滅裂だ。


 ――アレ? そういえば、カレに銃をワタシタノッテ、わたしだったんじゃなかったっけ?


 なら、ここにわたし/ワタシがいるのは、ドッチの望みだったのだろうか?


「あぁ、ぁぁ……」


 ショウジョが泣きながら床に蹲っていると、病室の扉が開いた。


 視線を上げる。そこには、真っ白なコートを着た、オンナのヒトがいた。


「こんにちは」


 銀の髪。


「アイちゃん……いえ、カガミちゃんかしら?」


 金色の瞳。


「まぁ、どっちでもいいわね。だって、あなたはどっちもだもの」


 ジンガイのビボウが、近づいてくる。見下ろされた。


「ねぇ――」


 カノジョは手を伸ばして、言った。


「あなたのお願い、叶えてあげましょうか?」


 今、ショウジョのメには、オンナのスガタが、真っ黒に映っていた。


「わたし/ワタシ、は……」


 ショウジョは白い/黒いオンナを見上げて、


「いらない」


 カノジョを、拒絶した。


 オンナは消えた。


 混ざる意識の中で、ひとつだけ確かなモノがあることを、あのオンナの貌で思い出した。

 

 ――わたし/ワタシが、ダレに、ナニを、望まれていたのか。

 

 窓の空は晴れている。遠くに鉛色の雲が見える。


 111回目のショウジョは、コワレナカッタ。


 なら、コワレルまで、セカイをこのヒトミで見ていこう。


 少女の手からは、血が流れていた。

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終末にイモウトをコロしました らいと @NOBORIGUMA

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