22.オワリノハジマリ
再生歴157年・11月中旬――
世間ではインスマン社が“違法な武器データ”を開発し複数の国に提供、賄賂を受け取っていたとしてWLPOによる監査が入ったと大々的に報道されていた。
更には一部の戦術システムに“予期せぬ”致命的なバグが見つかり、それが先のセイレムで出てしまった“事故”の原因であるとして、遺族に賠償金が支払われたという。
代表者である【ロバート・C・マーシュ】は更迭。WLPOから新たな人材が組織改革のために派遣されることになった。
実質的にインスマン社がWLPOに吸収された形となったわけである。
また、インスマン社から不正に“違法武器データ”の提供を受けていた各国政財界の幹部は全て拘束され、その穴埋めとして抜擢された人物たちもまた、WLPOの息が掛かった人間となっている。
どこにも、世界を揺るがすほどの企てがあった事実などなく……ただいつものように、どこかの企業や国が不正を働き、それが明るみになっただけ。
殺傷兵器としての武器、アンドロイド、P・Tが研究、開発され、電脳空間での死が現実化するシステムがばら撒かれ、実際に人死にが出た、などという事実は、どこを探そうとありもしない与太話なのである。
故に、この事件に関して誰かが解決に動いた、ということもないのだ。
しかしそこには奇妙な噂話が出回った。
セハイズのとある街で、住民が一斉に退去を命じられたというのだ。
街の名前はオーベットといった。
反対や抵抗は一切認められず、一人の例外もなく街から出ることになったそうた。
オーベットは住民の移動完了後、すぐに廃都として地図から名前を抹消され、№927という数字が割り振られた。かつ、周囲は幾重にもバリケードが張られ、厳重に封鎖されたという。
これがたったの1ヶ月で行われたというのだから驚くほかない。
一説には、致死性の高い病原菌が蔓延したとか、地盤沈下の恐れがあるとか……真偽のほども定かでない憶測が飛び交った。だが、妙に厳しい情報規制が掛けられたようで、いつしか当事者以外、この事態に関して特に関心が根付くこともなく、静かに忘れられていくと予想された。
だが、この話の最も奇妙な部分は、移転を命じられた住民の内、数十人の行方が一斉に不明となったことである。
しかも、この消えた人間に関する一切の情報を抹消するようにという、どこから出たのかもわからない指示まであったというのだから、なにも勘繰るな、というのは些か無理がある。
とあるフリーの記者がこの事実に気付き、記事にすべきといくつかの出版社に掲載を持ちかけたが断れ、最後にはその記者自身も行方をくらませたそうだ。
それからは、オーベットに関するいかなる情報に関しては、誰もが口を閉ざしたという。
※
――もう、わたしはワタシがダレであるか確信を持てない。
――眠るのがコワイ。目が覚めた時、わたしはわたしだろうか。それとも――ワタシになっているのだろうか。
――意識が途切れた。途切れた間のキオクがある。でも、わたしじゃない。ワタシのキオクだ。いったい、ダレがわたしを演じているのか。或いは、わたしがワタシを演じているのか。
――何度もジブンをオワラセヨウトした。その度にワタシに抵抗される。シニタクナイと訴えられる。
――わたしはワタシを抑えられない。
――なんども意識が裏返る、うらがうえる、ウラガエル……
――ああ……わたシは、今、どっちのワタしなのだろう?
――だれか、おしえてください。わたしは、ウラですか? オモテですか?
――わたしのセカイは、はたして、どっちがわなんでしょうか……
※
再生歴157年・12月末――
日朝結合列島――《新東京》
アイはオープンカフェでモーニングセットを注文した。ネットニュースの記事を読みながらプラチナブロンドの髪を背に流したショウジョは、緑の瞳を細めて溜息を吐く。
例の作戦後、AT小隊は解散した。
かつて戦場を共にした彼ら彼女らがどうなったのかは、今ではもう知りようもない。
というのも、アイは作戦後に意識を失い、一週間以上も昏睡状態となっていたからである。
特に、上官であったラインの行方が分からないということにアイは焦りを覚えた。
カノジョはすぐにWDCに問い合わせたが、『極秘』という回答が返ってくるだけであった。
せめてもの抵抗にと、アイは別の部隊に編成されることになっていたところを、単独で活動できるエージェントの役職を強く希望した。もしも要望が通らない場合は組織を抜けることも視野に入れていたが、WDCはアイのエージェントとしての活動を許可した。
正直意外ではあったが、これでカレを任務の傍ら、カレの行方を追うことができる。
WDCの情報記録は強引に閲覧しようとすればあしがつく。よって地道に、自分の足でカレの軌跡を追っていくことになったわけである。
どうにかカレが今、この新東京で任務についているという情報を得ることに成功はしたのだが、詳細な位置の特定には繋がっていない。
この街は小さな土地の割りにひとが多すぎる。
ラインがこの街にいるのは確実だが、果たして今、どこにいるのか。
とりわけこの国の住人は閉鎖的な文化が根付ているためか、アイの容姿に距離を取ってくる。それともうひとつ、この国はイントネーションやニュアンスで言葉の意味が変わったりするため、通訳代わりのホルジュムが必須だ。それが地味に情報収集の足枷となっていた。
国民性か、姿勢が低くやたらと丁寧に接してくれる。それを気持ちいと感じる者もいるそうだが、アイにはただの壁のように思えて好きになれそうにはなかった。
アイはカフェの代金を支払って外に出た。
高層ビル群で空が切り取られてしまっている。まるでユニオンの都市のようだ。もっとオリエンタルな雰囲気を期待していただけに少し裏切られた気分になる。
勝手な期待からの失望だということを理解しつつ落胆を隠せない。
雑踏の中、宛もなく彷徨い歩く。
時折商店に入り、聞き込みをしてみる。有益な情報は出てこなかった。
3時間ほど歩いた。そろそろ昼食を取ろうかと適当な店をホルジュムで検索する。
近くに和食の店を見つけた。せめてもの慰めに食文化だけえも味わってみようとアイは進路を取る。
――ふと、通りの反対側をアイとは反対方向に歩ていく人影を捉えた。
思わず振り返る。
「っ――」
アイは車が行きかう車道に飛び出した。クラクションを鳴らされながらも通りの反対側へと渡り切る。批難のこもった視線を浴びつつ、アイの目は一点にしか向いていなかった。
カレの背中を追いかける。
雑踏の波を掻き分け、押し退けながら前へと走った。
追いかける背中が路地へ曲がった。
アイは慌ててその後に続く。
路地に入った途端ひとが極端に少なくなった。
「待って!」
路地を奥を曲がって行く背中を追いかける。
高層ビルの隙間にできた路。薄暗くさびれた裏通りをアイは駆ける。
前を行く背中はアイを翻弄するように角を曲がった。
見失うまいとアイは速度を上げる。
しかしその先は行き止まりだった。不意にデジャヴに襲われる。しかし記憶との差異があった。そこには誰もいなかったのだ。
アイは目を剥いて行き止まりへ近づく。
そこは外向きの空間を思わせた。外界のくせに、外界と切り離された外の部屋。
壁伝いに空を見上げた。綺麗に四角く切り取られた青い画用紙みたいだ。
背後で音がした。慌てて振り返る。
灰色の髪に、鉄色の冷たい瞳をした男が立っていた。
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