21.ムメイ
100年前の光景だった。
廃都の中を、武装したアンドロイドとドローンが行進し、最後尾では地面を振動させながらP・Tが闊歩する。
アンドロイドが20、ドローン12、そしてP・T五機の混成部隊。
ゼロサム大戦時、世界中であたりまえのように見られた光景だ。
仮に違いがあるとすれば、ヒトガタの兵士が機械人形であることくらいか。
空は陰り、地上の光もない。
夜闇に浮き上がる鋼の異形。ひとを模して造られたくせに、ひとになり損ねた憐れな被造物。ただ崩し、奪うためだけのその存在を許された殺戮の徒。
この機体の為に、百年前の大戦では多くの血河を大地を走ったという。
死の山はひとの形をしていなかった。
必要以上に、過剰なまでに、略奪者は、赦しを請う意識ある肉を、物言わぬニクカイに変えたのだ。まるで下手くそな前衛芸術に取り付かれたアーティストだ。
戦場でP・Tを見上げた者は、こう思ったそうだ。
――ああ、蟲が見る景色とはこういうものなのか、と。
整地された路面に歪な轍が作られる。ひとも、ひとの被造物も、何もかもカレらにとっては在りしカタチを弄ぶための玩具に過ぎない。
しかし崩すという存在意義しか持ちえないのなら、ソレは幼子より邪気なく、赤子のように無垢といえるのではないか。
シンプルイズベスト、というヤツだ。
今宵、カレらは百年ぶりに遊戯に興じる。秩序は崩し、混沌を創造するのだ。
はてさて、我らの初めての玩具はいずこに……
センサーアイが周囲を探る。冷たいガンキュウが、廃都の闇で歪に瞬いた。
果たして、機械のワラベはソレを見つけた。
標的の、黒いトレーラー。
メインサーバーへのハッキング元は思いのほか近く、進撃は30分もかからなかった。
ソレは教会の脇に停められていた。
アクセス元はアレで間違いない。
アンドロイドの兵士とドローンが先行。武装を構えてトレーラーへとにじり寄る。
P・Tのマニピュレーターが稼働し、大口径アサルトライフルの標準を定める。
距離は30メートル。分厚い鉄板も容易く射抜く射撃兵装を手に、鋼のカリウドたちは引き金に指を掛けた。
全ては一方的に終わる。
――終わる、はずだった。
瞬間、兵士たちの背後で異音が鳴る。破砕音だった。
銃を構えまま振り返る。
暗視が捉えのは、ただのカゲだった。
真っ黒なシルエット。細部の造形も計れないほどの漆黒。
カゲには腕が付いていた。それがP・Tの胸部装甲を穿ち、パイロットであるアンドロイドを引き摺り出し、握り潰した。
潤滑液である赤黒い液体がしぶくのが視えた。
――敵が、そこにいた。
しかしカゲに気を取られていた機械の兵士たちは、背後からの銃撃に反応するのが遅れた。
標的のトレーラーが姿を現す。
車体の四方から生えた機銃が、前に出過ぎたアンドロイドとドローンを鉄屑に変える。
不意打ちを受け、P・Tを1機、更にはアンドロイド6機、ドローン4機を失った。
今夜の玩具には、こちらのクビを刎ね飛ばすような仕掛けが施されていたらしい――
※
時間を少し遡る。
ラインは格納庫の後部ハッチを乱暴に開け放つ。
彼にしては珍しい感情的な行動に中の無機物たちさえも震えているかのようだった。
しかしやはり彼の表情に変化はない。いつものように、冷たい鉄色の瞳で振り返る。
シートが中途半端にめくれた下には、まるで穴と錯覚しそうなほどの黒が横たわっていた。
ラインがシートを引き摺り下ろす。
現れたのは、台座の上で仰向けの倒れる、ヒトのカゲだ。
本来はありえないはずの――二足歩行モデルのP・T。
シャープなフォルムの装甲も、内部のフレームも、メインカメラも、センサーカメラも、なにもかもが黒一色。
およそ他の色を受け容れることを拒むかのように、ソレはただただ排他的であった。
『ムメイ』――
固有の名として無を宛がわれた存在しないはずの機体。ボディは幾重にも鎖に戒められ、囚人のようである。或いは、オノレの存在に慙愧の念を抱くが故に、自ら解放を拒んでいるようにも映った。
ラインは機体が傷付くことも厭わぬ様子で、装甲を擦りながら鎖を外す。
最も厳重に封印されていた胸部のコクピットへ繋がるハッチに掛かっていた鎖も退かす。ラインはハッチを開けて中に体を滑り込ませた。
『――生体認証を開始します』
ラインの体がスキャンされていく。
『生体登録№0001――ラインと認定。起動シークエンスを開始します』
「相変わらず嫌な声だ」
ハッチが閉まる。
同時に、ラインの意識が下降した。細いピンの伸びたチューブがコクピットの各所から這い出し、ラインの各部に突き刺さって行く。
側頭部、頚椎、二の腕、前腕、手の甲、胸部、腹部、太腿、脹脛、足の甲……
出血はない。まるで始めからソコに接続さるれことを前提に設計されていたかのように、ピンの針が沈み込んだ。
ラインの視界が切り替わる。
各ステータスが視界の右端に表示され、中央には『STANDBY』の文字。
それはコクピットのモニターを通したものではない。P・Tの視覚情報を直接脳が処理している状態であった。
『――カガミ、起きろ――――仕事の時間だ』
ひび割れた電子音でラインは言った。
すると、
『――声紋照合・DNA検証を開始――該当者候補、WLPO全データベース検索、ヒット』
『――アクセスレベル無制限、コードネーム【ライン】と認定』
『――ようこそライン様、WLPOメインサーバ――お兄ちゃん?』
明瞭で淀みない合成された電子音声が定型文を垂れ流す最中、抑揚の乏しい幼い少女の声が割って入った。
途端、ラインは耳の奥から舌の付け根、喉へと向かって痺れるような痛みが奔る。心臓から全身が収縮するような感覚に襲われ、目頭に熱が生まれた。
事実、現実世界のラインのニクタイでは、雫がマブタの奥から流れ落ちていた。
音の先にある存在に触れたくて、思わず手を伸ばす。しかし、稼働したのは自分の腕ではなく、真っ黒なカゲのようなP・Tの腕だった。思わずマニピュレーターを握り込む。
吐き気がするほどに、狂おしいほどに焦がれて、怒りを覚えた。
『おはよう、カガミ……敵だ――』
『おはよう、お兄ちゃん――了解。システムチューンを開始するね』
無機質な音が鼓膜で揺れる。明滅する各種計器類のランプ、機体状態をモニターしている視覚が一瞬暗転し、すぐに復帰する。
『全システムイニシャライズ――
リブート――
システムリビルド――
対『テイカーズ』戦術プログラムアップデート――
バトルログ参照・オプティマイズ――
出力リミッターアンロック――
うん……いいよ、お兄ちゃん』
『ありがとう、カガミ』
『うん。頑張って、お兄ちゃん』
黒いP・Tが乗った台座が車外へ向けて迫り出していく。台座の下部からアンカーが伸び、地面に突き刺さり、更に外へと迫り出す。機体の全容が外気に晒される。
見上げた空は、理想的な曇天である。
『――ライン……『ムメイ』。これより、敵勢力を殲滅する』
這い寄るように、夜の廃都に濃いカゲが落ちる。
どこにいるのかも不確かな、起立した真っ黒な機影は、静かに進軍してくる隊列の背後に回り込んだ。
※
リオのハッキングにより衛星カメラの機能が停止した。
同時にトレーラーの照明を全て落とす。
光るのは計器類と進軍してきた機械兵団のセンサー類だけ。
リオは計器の光に照らされる車内で、満面の笑みを浮かべる。
「怖いなぁ……今度こそ死んじゃうかなぁ……それは、嫌だなぁ」
胸の辺りで服をギリギリと握り込む。呼吸は荒く、動機も激しい。
それでも、リオの顔に浮かぶのはただ笑みだった。
昔は、泣いたり喚いたり、少しでも怒りを見せると徹底的に殴られた。殺されるかと思った。
だから、笑みが顔に張り付いた。何をされてもへらへら笑えるようになった。それでも殴られる。理不尽だ。世界は納得のいかないことで溢れてる。
今だってそうだ。すごく怖いのに、無理やり笑って敵を迎え撃つ。
もう相手の姿は視えている。
「リンちゃん。お姉ちゃん、頑張るね」
泣きたくなる。でも、涙は出ない、出し方は忘れた。
代わりに、狂った嗤いが木霊する。
「アハハハハハハッ!」
モニターにラインが敵P・T一機を無力化した様子が映し出される。
正面の対象は無防備に背中を見せている。
「アハハッ! ナビちゃん! 全部壊すよ!」
『イエス、マイマスター』
キャタピラーは前進する。
空も、地上も、全てが黒に染まる中、マズルフラッシュの瞬きだけが異様に明るく瞬いた。
※
敵P・Tはムメイの奇襲により一機を無力化された。
色を持たない異様な意匠の機体。
有視界戦闘では機影すら捉えることすら難しい。
しかし機械の視界にそのシルエットは確かに映っていた。こちらと比べて明らかに小さい。
まず始めに照合を行った。ゼロサム大戦時に稼働していたモデルのデータはインスマン社のメインサーバーに網羅されている。相手の型が判ればそれに合わせた戦術をその場で組み合立て最適化する。
アンドロイドならではの効率的な戦い。最小の労力で最大の功績を得る。
果たして、過去の記録に該当するデータは――なかった。
鋼のカゲは、ヒトガタだった。
なり損ないのような半人半獣のこちらのP・Tとはまるで違う。
完璧な二足歩行を体現したひとを模したデザインでソレは立っていた。
かつて、実践において投入を見送られ、結局完成することがなかった完全なるヒトガタ。
コレは一体、どこで生まれた機体だというのだ。
黒の機影が揺らいだ。
残った4機のP・Tはトレーラーの処理を足元のアンドロイドとドローンに任せ、ジブンたちはカゲの相手に専念する。
正体不明の相手。
スペックは? 武装は? 弱点は?
なにひとつ委細不明の敵は、あまりにも常軌を逸した動きを見せる。
まず、跳んだ。膝を曲げ、人間のように跳躍したのだ。
機械がである。補助推進もなしに、ただフレームの伸縮による反発だけで機体を浮き上がらせるなど、どんな材質を用いれば可能だというのだ。
カゲの機体は軽く見積もっても10メートルは跳んでいる。
最適な対処を導き出すより先に落ちて来たカゲにこちらのP・Tのうち、一機の頭部が踏み砕かれた。背面にマウントされていたアサルトライフルを引き剥がされ銃口を突き込まれて乱射される。
内部が膨張し赤熱。
カゲのP・Tとインスマン社のP・Tは一斉にその場を離脱した。
直後、アサルトライフルを頭部から生やしたP・Tは、周囲の工場を巻き込んで爆散した。
立ち上がる炎で、遂にカゲの正体が浮き彫りになる。
赤い光を照り返す装甲は全てが黒一色。
頭部からつま先に至るまで、別のカラーリングを施された箇所はどこにもない。
シャープな造形は一見すれば華奢な印象を抱かせる。
武装はハンドガンに右腕部に装備された大型のアーミーナイフ。頭部から伸びた左右で長さの違う耳型のアンテナ、カメラアイとセンサーの光沢だけが、炎の揺らぎを反射して赤く発色しているようだった。
※
『敵――2機を無力化。残り、3機――』
カガミが状況を報せてくる。
ラインは視界に映るインスマン社のP・Tの挙動に意識を割く。
相手の装備はほとんどが射撃兵装だ。背面にマウントされているのはアサルトライフルにグレネードランチャー。腰に予備弾倉がマウントされている。腕部に巨大な鉄板が装備され、秒魚兵装を兼ねていると思わる。
先ほどから見られる挙動からして、運動性能はこちらの方が高い。しかし装甲値、武装による制圧力は相手の方が圧倒的に有利な状況である。
『これ以上は奇襲の効果はあるまい。敵を挑発しつつ、一時ここを離脱する』
ラインは腰のハンドガンを構え狙いをつけずでたらめに前に発砲する。
通路に横並びになっていた白いP・Tの肩に弾丸が命中。装甲を浅く抉る。
間髪入れずにラインは転身。ムメイを夜の闇の中に紛れ込ませる。黒の機体の中に青白いスラスターの火が点火し、敵との距離を取る。
背後から敵機が追跡してくる気配を感じ取る。ライフルから弾がばら撒かれ、廃都の地面と周囲の建物に穴を穿っていく。
しかし弾の一発もムメイを捉えることはできず、機影をロストしてしまう。
ステルス性能を有しているのかレーダーにはそもそも反応がない。
炎の灯りもなく、闇に潜むように隠れたムメイに白いP・Tは各方面に別れて索敵行動に入った。
暗い通路に白の目立つ機体が三方向に散らばる。
カメラを左右に振り、ムメイの姿を探す。音を殺すこともなく、駆動音を垂れ流すインスマン社のP・T。
ラインは滑稽な相手を建物の屋上から見下ろしていた。
アーミーナイフを抜き、敵機が通過するのと同時に屋根を踏み砕いて背後を取る。
相手の反応はさすがはアンドロイド。機体をすぐさま旋回させようとする。
が、それよりも速くラインのナイフが白い装甲を穿ち、コクピットのごと内部のアンドロイドを破壊した。
『『残り――2機』』
ラインは敵の武装からアサルトライフルを剥ぎ取り、建物の陰に身を潜ませる。
シグナルがロストしたことで、別の機体が向かってくる。しかし1機だ。
残りの1機はどこに……
しかし敵機はこちらに背中を見せていた。今なら容易に討てる。
ライフルを構え、標準を定めた。
引き金を引く瞬間、
『警告――敵機接近』
アラートが鳴り響き、衝撃が走った。
工場が爆発し、ムメイが吹き飛ばされる。
残った1機がグレネードで工場ごとムメイを攻撃したのだ。
仰向けになるムメイに敵の銃口が二方向から向けられる。前と後ろ。
ラインは背面と足の裏に装備されたスラスターを点火し、横滑りのように射線から逃れる。
背後の機体にそのまま近付き、他脚式である相手の股下に潜り込んでアサルトライフルを斉射した。装甲の薄い下部から銃撃を受け、4機目のP・Tは爆発した。
煙と炎が上がる中、残された最後のP・Tは赤熱する味方の機体を巻き込むことも厭わずにアサルトライフルを乱射する。
すると、炎からナイフが飛来し、正確にコクピットに突き刺さった。
しばらく弾を吐き出し続けた最後のP・Tは、マニピュレーターから武器を取り落とし、重苦しい音と共に地面に崩れ落ちる。
『『――周辺索敵、反応……なし。敵P・Tの殲滅を確認――状況、終了』』
ラインとカガミは、赤く燃える炎に背を向けて、その場から離脱。
キャタピラーを囲む残存勢力の掃討に向かう。
――この僅か十数分後、インスマン社のプラントは爆発した。
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