20.カイセイ
鹵獲したアンドロイドにはプラント内部の見取り図に、各ロックを解除するためのパスワードが全て入っていた。
しかし内部の警備状況を想定すると侵入は容易ではない。
故にプラントのシステムを先に掌握し、ヴェインの潜入を補助する形で作戦が組まれていたのだが。
その段取りが崩れ、ヴェインはラインと共に別に練っていた作戦を実行していた。
ヴェインは顔を隠し闇に紛れ、防犯灯を掻い潜り記憶したマップを脳裏に思い浮かべルートを思考する。監視カメラは物理的に無力化するしかない。監視ドローンが上空を旋回している。
ヴェインは進行上どうしても躱せないカメラをサイレンサーを装着したハンドガンで狙撃し破壊。ドローンの隙をついて一枚の扉の前に立つ。
ロックを手早く解除し内部に侵入。入り口に向けられたカメラを破壊し先に進む。
暗い通路の奥に地下への階段を見つけ滑り込んだ。
階下へ下る階段の途中には通気口。ヴェインはホルジュムを起動しマップデータを表示させ、ダクトに飛び込む。
既に侵入者があったことは知れ渡っているのか、ダクトの隙間から慌ただしく通路を駆けまわる職員らしき人物たちの姿が見て取れた。
ここまではどうにか順調に潜入できている。
昔のテロリスト時代に培った潜入技術が功を奏している。
しかしあまり悠長にしている余裕はない。相手がただの人間であっても熱源を調べられればこちらの位置などすぐにバレる。見つかった相手がもしもアンドロイドだった場合は最悪の事態を想定する必要があるだろう。
ダクトを這い進み地上2階まで上がる。
プラントは地下を除いて四つのフロアで構成されている。
ヴェインの目的地は3階のプラント制御室。
しかし三階まで上がると制御室をぐるりと避ける様にダクトが配置されているため制御室に入るには正面を突破する他ない。それはさすがに自殺行為だ。
3階まで上がりダクトから這い出ると、すかさず近くの部屋のロックを解除して中に滑り込む。
「だ、誰だ!?」
白衣を着た研究員らしき男がいた。
動揺する男にラインは当身を喰らわせて、頚椎にナイフの刃を滑り込ませて絶命させる。
「悪いな。こっちも命懸けなんだ」
ヴェインは即座に部屋をロックする。ヴェインはすぐにスーツを脱ぎ捨てバックパックに詰め込み、部屋のロッカーから替えの白衣を拝借する。
部屋から出たヴェインは武装した警備員を見つけると駆け寄った。
手にはアサルトライフル。腰にはハンドガンとナイフを装備している。
「た、助けてくれ! 妙な男が!」
「なに!? 例の侵入者か!?」
「分からない! とくにかくあっちだ!」
警備の男はヴェインに導かれるまま先ほどの研究員の部屋まで連れてこられた。
「なっ!? これは――」
男が無防備な背をヴェインに向ける。瞬間、男に飛びつき、その喉笛を仕込んだナイフで掻き切った。
「ぎぃっ――」
男は喉から血を吹き出して絶命した。
ヴェインはその装備を剥ぎ、身に着ける。
警備の男が持つ社員証を首から下げ、彼は堂々と制御室へと向かった。
制御室の正面には二人の警備が立っている。
近づいてくるヴェインに二人は気づくも、怪訝そうな顔をするだけで銃を構える素振りもない。完全に素人だ。おそらくただの職員に武器を持たせただけでほとんど戦闘訓練など積んでいないのだろう。
そう考えると、先程外で熟練の動きを見せていた兵士は、例のアンドロイドである可能性が高いと思われた。
ヴェインはほぼ棒立ち状態の二人にサイレンサー付きの銃を発砲。悲鳴もなく二人は沈黙。
制御室のパスワードを入力し、中に入る。
すると、そこには三人の男性職員の中に、若い見た目のジョセイが一人、コンソールに指を走らせていた。
「なんだ? 今この部屋は閉鎖中だ。不用意に立ち入るのは――」
職員の一人が無警戒に近付いてくる。
ヴェインは感情を殺した瞳で銃身を持ち上げると、職員たちに向けて引き金を引く。三人は抵抗する間もなく、床に崩れ落ちた。
しかし銃声が響いたというのに、コンソールに張り付いたオンナは振り返りもしない。
ヴェインは扉を閉めると、警備の男が持っていたハンドガンに持ち替え、倒れた職員の男たちの頭部に一発ずつ銃弾を撃ち込み、確実に息の根を止める。
「……」
オンナに背後から近づき、銃身を後頭部に押し当てた。
それでも、オンナは身じろぎ一つせず、コンソールに指を走らせ、モニターから目を離さなかった。
ヴェインは引き金を引く。銃弾は後頭部から顔の中心を貫き、コンソールに着弾。
火花を散らすコンソールに、オンナは前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
扉の外が騒がしくなってきた。おそらくヴェインが中にいることは既に気付かれている。
彼がこの場を生存できるか否かは、電脳空間の四人に掛かっていた。
「はぁ……頑張れ、ガキども」
ヴェインは首からシルバーのネックレスを取り出した。そこにはヴェインの認識票と、『マリィ』と彫られた銀の指輪が括りつけられていた。
※
「アヤネさん!」
アイは機体をアヤネの方へと走らせた。
巨人の動きは完全に制止している。
カインとリンが床に垂れ下がった腕に飛び乗り、スラスターを限界まで点火し上を目指す。
『おらぁっ!!』
『せあぁっ!!』
2人は対P・T用ブレードを抜き、巨人の肩に突き立て、火花のエフェクトを散らして腕を切り離す。
床に落ちた腕は無数のキューブにばらける。これで仮にまたこの巨人が動き出したとしても攻撃手段を制限することができる。
「アヤネさん! 正面からガードシステムの中央を狙撃してください!」
『よく分かんないけど了解!』
アヤネとアイの機体が合流し、巨体の正面に回り込む。アヤネは超銃身スナイパーライフルを構え、アンカーを打ち込む。
P・Tモドキの胸部装甲より下――細くなっている腰に標準を合わせる。
アイはその間に自機のP・Tを自動操縦に設定。ハッチを開くと外に飛び出した。
巨人の腰に銀の軌跡を描いて弾丸が撃ち出される。
寸分たがわず、弾丸は巨人の腰に命中。穴が穿たれる。
「アヤネさん! 乗せて下さい!」
アイはアヤネの機体に駆け寄り、拾い上げられる。
ハッチが開かれ、中からアヤネが顔を出す。
「ちょっと! 次はどうするのよ!?」
「それは……こうします!」
アイは手元に仮想のコンソールを表示させ、P・Tを遠隔操作する。内部からの直接操作でない場合、機体は単純な動作しか受け付けなくなる。
だが、それでいい。
「わたしの機体を自爆させてあの穴を拡大します! そのあとはアヤネさんの機体で穴を潜り抜けて直接サーバーに取り付くんです!」
「あなた無茶苦茶やるわね。でもいいわ! しっかり捕まってなさいよ! 廃都みたいに舌噛んで死んだなんで洒落じゃ笑えないわよ!」
「はい!」
アイの機体が防御兵装をパージしてスラスターを全開にする。真っ直ぐ、機体は巨人に穿たれた穴へと進撃し――相手に触れると同時に自爆した。
「今です!」
アイは狭いコクピットに体を押し込み、ハッチが閉まらない内からアヤネは機体の推進力を最大にして穴へと飛翔する。
もしも穴のサイズが小さければ激突して二人揃ってお陀仏だ。
しかしいつ敵が再び動き出すかわからない状態の中、このチャンスを逃せば後はない。
果たして、アヤネの機体は穴をギリギリで通過――した。各部を擦り、姿勢を大きく崩しながらも、機体は巨人の護りを抜け、遂にメインサーバーの接近に成功。
P・Tは床に落下し、アイはベルトしていなかったため衝撃で開いたハッチの外に放り出された。
「ぅっ――」
数回にわたって床をバウンドし、サーバー下のコンソールに背中を打ち付けてようやく止まった。
「う、ぐ……」
感覚フィードバックの影響か、アバターのカラダに痛みが走った。
「アヤネ、さん……」
痛みを堪えて顔を上げる。アヤネはコクピットの中で俯いている。
血の気が引く感覚がした。アイは無理やり脚に力を入れて起き上がり、アヤネに駆け寄ろうとした。
しかし、軋むような音を立ててガードシステムが再起動する。
中央の穴も塞がろうとしていた。巨人の向こう側で砲撃音と爆音が響く。カインとリオが、今も戦っているのだ。
アイは奥歯を噛み、メインサーバーへと振り返り、仰いだ。
最たる敵はコレに他ならない。
これを掌握する事こそが与えられた役割だ。
だが、これほどの規模のシステムに干渉したことはない。先日はアンドロイドのシステムに手を付けただけで二日も昏倒した。
このシステムに触れたら、ジブンは果たしてどうなるのだろうか……意識を分解されて、溶けてなくなるかもしれない。元のカタチには戻れない……そうでなくとも、現実世界でのニクタイは負荷に耐えられず、活動を停止するかも……
「はは……」
アイは口角を上げた。
何を恐れることはもない。
どうせこのミにアイはない。もう知ってる。ジブンは、誰からも“求め”られてなんかいなかったんだ。
ならせめて、最後にひとつ。
アイが、アイとして成した結果を残そう。
例えそれすら、仮初だったとしても。
「――あぁ」
システムに触れる。
途端、視界が赤く染まった。
押し寄せるのは膨大な式の濁流。そのひとつひとつを、アイはひとならざるメでもって捉え、捕らえる。
――視えている――みえている――ミエテイル。
情報の濁流の中で、アイはジブンのカラダが生まれる前のキオクに触れた。
「――『ラインさん/お兄ちゃん』――」
アイの背後に、黒い髪をしたショウジョの幻影が重なった。
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