19.キンキュウジタイ
「おいマジかよ――っ! こちらテルー! 緊急事態だ!」
倉庫街の屋根でプラントの様子を窺っていたヴェインは思わず身を乗り出してラインへ通信を入れた。
『どうした?』
「プラント正面の搬入口が開いた。奥にP・Tを確認! 数は五!」
搬入口の下部は昇降機となっており、地下から白いボディのP・Tがせり上がってきたのだ。
丸みを帯びた頭部パーツには、これまた丸いメインカメラとサブのセンサーアイが並んでいる。威圧感を与える屈強なボディの中に、愛嬌のある丸顔がくっついている様はなかなかシュールである。4本足の多脚式。ボディは薄いが、腕が異様に太い歪な外観をしていた。
「ギアロイドに似せてはいるが、明らかに武装している。中身は完全に別もんだと思っていいだろう」
ヴェインはホルジュムを起動しライブ映像をラインに送信した。
『一見すると建設用だな。なるほど。パーツを小分けにして輸送するギアロイドではすぐにそれがP・Tととは気づけないか』
ギアロイドは通常の車両と比べても大型であり、輸送の際はパーツを分解し現地で組み立てるのが一般的だ。
仮に特異なパーツが輸送されていたとしても、全体像を確認できない限りはそれがP・Tとして設計されているとはすぐには気付く者はまずいないだろう。
「中にひとが乗り込んだのを確認。武装したドローンが12機プラントから廃都に向けて出た。ヴォーグ……相手は本気でこっちを潰す気だぞ」
逆関節の2本足で起立するドローン。一斗缶のようなボディは紺色で塗装され、上部にはマシンガンを装備している。
ヴェインが視線をプラントに向ける中、5機のP・Tが起動する。
グリーンのメインカメラに光が灯り、センサーアイは赤く発光した。
プラントから工業地帯に進み出たソレは、巨大な腕部の肩に二丁のロングレンジライフル、腰にはサブマシンを装備していた。
「P・Tが起動した……ヴォーグ」
『了解。迎撃準備に入る。テルー、一つ報告だ』
「どうした?」
『ホーネットたちが思いのほか苦戦している。トロイの支援も追いつていない。おそらく内部でセキュリティシステムを常に更新しているアンドロイドがいると思われる……』
ラインからの報告にヴェインが目を細めた。
「了解」
委細を確認することなく、ヴェインは通信機越しに頷いた。
プラントからは五機の白いP・Tが発進し、ドローンもそれに追随する。更には、武装した人影も十数人が外へ飛び出したのが確認できた。
「……こういう役回りは、久しぶりだな」
ヴェインは屋根から立ち上がり、行動を開始した。
※
「トロイ。テルーから報告があった。敵の混成部隊がこちらへ向けて発進したようだ」
「聞こえてました。それで、どうするんですか?」
「敵が人間のみであれば適当な廃墟に潜り込んで籠城もできたが」
相手にP・Tもいる。建物ごと吹き飛ばされて終わりだろう。
インスマン社がもしもゼロサム大戦時と同等の性能を誇る機体を設計できていた場合、現代の兵器でこれに対処するのは難しい。
キャタピラーには迎撃システムとして四方に機銃が隠されている。報告にあったのがドロー兵器や対人のみであれば一掃もできたのだが……
「やっぱり、現実でP・Tを相手にするには難しいですか?」
「いや……」
勝算がないわけではない。
「ここで連中を迎え撃つ。トロイ、この場をお前に任せる」
「ヴォーグは、どうするんですか?」
「『ムメイ』を出す。通信妨害、及び衛星カメラをジャックしこの場を外から切り離せ」
「了解」
「ナビ」
制御室でキャタピラーのAIが起動する。
『マスターヴォーグ。いかがしましたか?』
「すぐに迎撃システムを起動しろ。警戒レベルは最大。登録バイタル以外の動体反応は全て排除だ。同時にキャタピラーの指揮権をトロイに一時譲渡する」
『了解。警戒レベル最大。AT小隊、以下七名の登録バイタルを除く全ての動体反応に対し排除行動を実行します。また、当機は次の更新まで、マスターをトロイに変更します。よろしいですか?』
「承認する」
『かしこまりました。指揮権をトロイに変更、完了しました』
キャタピラーの指揮権がトロイに移ったのを確認し、ラインは制御室を後にする。
リオはラインに背中を見送り、コンソールに向き直った。
最奥の格納庫の扉が開き、照明が自動で点灯する。ここはキャタピラーの中でも全体の四分の一を占める広い空間である。
壁には本来であれば所持が著しく制限される銃火器が並び、中央にはシートに覆われた5メートルを超える物体が鎮座している。
シートを縛るベルトは各部が電子ロックとなっており、ラインの指紋を検知することで解除される。
ベルトが緩み、自重によってシートを巻き込んで落下する。
シートが外れた下からは、真っ黒な装甲に覆われた、巨大な腕が露出していた。
※
『ラナン! こいつは私たちでどうにか相手するから! あなたは隙を見てサーバーに取り付きなさい!』
「で、ですが!」
『四の五の言ってないで、行くの! 命令!』
プラントの中枢。ここを抑えればこの歪な砦は瓦解する。
動揺するアイを脇に、3機のP・Tが巨大な白と黒のP・Tモドキに突撃する。
アヤネたちが駆る多脚式ではない、無間軌道敷の脚部を持った重厚なデザイン。のっぺりとした表面は陳腐さよりも不気味さを際立たせる。背後にメインサーバーを抱くその姿は、リオがプレイするゲームのボスそのものだった。
カインとリンの機体が左右からライフルでの攻撃を敢行する。
青白いフラッシュと共に弾が巨体に吸い込まれる。すると、表面でバグタイプのガードシステムが本体から解けて四散する。
『こんのっ!』
アヤネが機体を後方に下げ、超銃身スナイパーライフルを構えた。
銃身の下部からアンカーが伸び、床に突き刺さり、ライフル全体を固定する。
アヤネの碧色の義眼が淡く輝き、標準を定めて引き金が引かれた。
間髪入れずに2発。
真っ直ぐに伸びた銀線がガードシステムの頭部と胸部を穿つ。
人体であれば即死。オーバーキルだ。仮に相手がP・Tだったとしても致命の一撃だ。
しかし、
『……冗談じゃないわね』
穿たれた穴は、ボコボコと立方体が盛り上がって塞がれる。
すかさず、巨人から白と黒のキューブがアヤネの機体に向けて撃ち出される。
『っ!?』
アヤネはアンカーを引き抜くとスラスターを点火させて離脱。キューブは着弾すると同時に、モノクロのバグタイプのガードシステムに変貌しアヤネに襲い掛かる。
スナイパーライフルからアサルトライフルに持ち替え迎撃する。
その後も立て続けにキューブが巨体から吐き出され、クモの形をとって迫ってくる。
左右からカインとリンがライフルで表面を削り続ける。
『こいつ、キリがねぇ!』
『くっ……』
既に相手の正体は判明しつつある。
コレはガードシステムの集合体だ。
包囲殲滅には向かないが、こうもサーバーの前に陣取られたのでは近づくこともままならない。相手はコレを利用してその隙にシステムを書き換える算段か。
ここからメインサーバーを別のルームに転送されれば追跡は困難になる。ここへ来るまででもギリギリだったのだ。これ以上は時間を掛けられない。
「皆さん――っ!」
状況を見守っていたアイは奥歯を噛む。
果敢に攻撃を仕掛けるも巨体にはまるでダメージがあるようには見えない。
実際にはバグが削られる度に僅かにサイズが縮小しているのだが、微々たる変化だ。
とてもではないが、無理に突進してもアレを躱してサーバーに取り付くのは難しい。
しかも、アイには他の者には見えていない、厄介な状況を目の当たりにしつつあった。
「ダメ……この部屋に他のルームに割り当てられてたガードシステムが集められてる……このままじゃ」
ただでさえジリ貧な状況。そこに別ルームのガードシステムまであの巨体に吸い込まれたら、手の施しようがなくなる。
その前に、なんとか隙を見つけてサーバーに取り付き、アイがこのプラントの全てを掌握しなくてはならない。
それに、外の状況も通信が入っていた。プラントからラインたちに向けて武装したドローンや兵士、挙句P・Tまで発進したという。
ここで時間を掛ければかけるほど、状況は悪くなる一方だ。
「どうすれば――っ!?」
打開策を思考するアイに向けて、キューブが迫る。なんとか被弾を回避、クモに変化したガードシステムをハンドガンで撃ち抜く。
キューブが射出される感覚が短くなり、その数も増えて来た。接近しようとするカインとリンだが、巨大な腕に薙ぎ払われて後退を余儀なくされる。
せめて、ほんの一瞬でも相手の動きが止まってくれれば――
アイはなんとか巨体の周囲を回り入り込めそうな隙間がないかを探す。
だがその間もキューブは吐き出され、遠距離から少ない弾で狙撃するアヤネと、気を窺うアイをバグタイプのガードシステムが襲う。
アヤネがアサルトライフルをガードシステムに放り投げる。
弾が尽きたのだ。
「っ! ダメ――」
あの銃身の長いスナイパーライフルでは小型のバグを相手にするには不利だ。
アイは咄嗟にカバーに回ろうとアヤネの方に機体を向ける。
『こっちはいいから! 自分の仕事を優先しなさい!』
しかしアヤネに動きを制されてしまう。しかしその間もアヤネに向けてバグが群がる。
『ちっ!』
咄嗟にカインが転身しアヤネの援護に走る。
ついに隊列も崩れ、リンも巨体から距離を取る。
そして、アイは視る。
目の前でP・Tモドキが、更に巨大化していくのを――
「これじゃ、もう……」
迫るバグを相手にしながら、事態が絶望的な局面を迎えたことをアイは悟った。
徐々にサイズが肥大していく巨人――しかし次の瞬間、
「え?」
突如、P・Tモドキの肥大化が、止まった――
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