18.シンニュウ
・《インスマン社オーベット支部・内部データの奪取、及び、プラントの破壊》
・AT小隊:作戦参加七名【以下コードネーム(C):参照】
・【Ⅽ:ヴォーグ】――《キャタピラー:護衛・待機》
・【Ⅽ:トロイ】――《キャタピラー:支援・待機》
・【C:テルー】――《インスマン社プラント:潜入・破壊》
・【Ⅽ:ホーネット】――《インスマン社サーバー・侵入》
・【Ⅽ:ラッヘ】――《インスマン社サーバー・侵入》
・【Ⅽ:オーズ】――《インスマン社サーバー・侵入》
・【C:ラナン】――《インスマン社サーバー・侵入》
再生歴157年・10月上旬――
オーベット隣接の廃都。インスマン社付近。
AM2:00――AT小隊は各自の持ち場についた。
「こちらテルー。対象プラント正面に動体反応なし。オールグリーン。待機する」
ヴェインは旧倉庫街の物陰からインスマン社のプラントを見上げた。
外観は周囲の建物と変わりないが、その規模は段違いだ。
常夜灯が構造物の輪郭を浮き上がらせている。しかし人影はなく、プラントから響いてくるのは機械の駆動音のみ。
『こちらヴォーグ。了解した。サーバー潜入チームが防衛システムを無力化するまでその場で待機。対象に動きがあれば都度状況を報告しろ』
「了解」
ヴェインは倉庫脇の梯子に手を掛け、上へと上って行く。そのまま屋根へとよじ登り、ホルジュムでプラントを拡大し監視する。
「さて……連中はどう動くか……」
プラントを睨みながら、ヴェインは息を潜ませて機会を窺う。
――同時刻。廃都・キャタピラー内。
「テルーが所定の位置についた。こちらも始めるぞ」
ラインが部下を見渡す。
リオが制御室のコンソールに陣取り、アイ、アヤネ、カイン、リオの4人はダイブギアを装着しチェアに腰掛ける。六つの座席の内、一つには例のアンドロイドが座っていた。カノジョには4人が笑着したヘッドギアからコードが伸びていた。
「リオ、準備は?」
「いつでも行けます」
鹵獲したアンドロイドをパスにしてプラントのサーバーに侵入する。
メインサーバーまではリオが四人をナビゲートする手はずになっている。道中にはガードシステムが配置されているため、侵入と同時にP・Tのデータを転送し内部を進んでいくことになる。
「一点注意してほしんだけど。今回の電脳空間は感覚フィードバックをもろに受けることになると思うから、安易にダメージを受けてもいいとは考えないでね。アバターの損傷によっては現実世界での死も十分にありえるから。なんとかこっちでもフィートバックを抑えられないかやてみるけど、過度に期待はしないこと。いいね? はい、元気にお返事!」
「了解! 姉さん!」
「おう、任せとけ」
「了解よ。アイ、あなたP・Tの稼働訓練は何時間積んだ?」
「60時間くらいです」
「……ギリギリね。せめて100時間以上は経験しててほしかったわ」
しかしだからと作戦を中止はできない。アイは今回の作戦の要のひとり。
内部でインスマン社のデータを奪取し、プラントを破壊するためには彼女にセキュリティを掌握してもらう必要がある。
正直アヤネとしては不安要素でしかない。彼女の特異な能力であればセキュリティを突破可能、というのが作戦成功の前提だ。経験に劣る彼女に部隊全体の運命が掛かっているのだ。
しかしアイは「できます」と言った。今はそれを信じるほかない。
「全員準備はいいな――現時刻・0210を持って、作戦行動を開始する」
「「「「了解」」」」
「それじゃ皆、行ってらっしゃい!」
アンドロイドに接続されたダイブギアが、四人をインスマン社の管理する電脳空間へと導く。
各員の意識が暗転し、すぐに電子の海で覚醒した。
まず視界に飛び込んできたのは白と黒で構成されたモノトーンの空間だった。
広大な空間の端々に青白いゲートがいくつも並んでいる。
侵入は成功。同時に一行は各自にチューンされたP・Tに搭乗していた。
コクピットから見える無機質な世界。
アヤネは通信窓を開き外のリオと交信する。
「こちらホーネット。無事内部に侵入できたわ」
『ラッヘ、侵入成功できてるぜ』
『オーズ、侵入成功です』
『ラナン、侵入、成功しました』
サンドベージュの装甲に覆われた半人半獣の機械人形。威圧感を与える鋭利なフォルムの頭部では四つのカメラアイが緑に輝き、背面には大口径ライフルを標準装備としてマウントしている。カインとリンの機体には前線装備として両肩部に二重の多積層防御装甲、更には近接戦闘用の対P・T用大型ブレードが腰にマウントされている。
対して、アヤネの機体は高機動タイプ。各部にスラスターを増設し機動力を確保。装甲も最低限で軽量化が図れている。背面には長距離射撃兵装である超銃身スナイパーライフルを装備。腰の弾倉から弾帯が伸びてライフルに接続されている。
アイの機体はほとんどカスタムされていない標準的な装備だ。アサルトライフルに二本のアーミーナイフ、取り回しにすぐれる大口径ハンドガン、防御兵装として右肩にカインたちと同様の積層防御装甲を一枚装備している。
「トロイ、ナビゲーションを開始して」
『了解! まずは十一時の方角に見えるR44のゲートを潜って!』
コクピットに電脳マップとカーソルが表示される。
小隊はトップにカイン、サイドにリオとアイを配置し、バックにホーネットが続くひし形の陣形で進行する。
マップはいくつのブロック状の空間を繋げた複雑な構造になっている。各ゲートでどこのブロックに飛ぶかを正確に把握しなくては目的地のルームには到達できない。
明らかな侵入者対策。しかし鹵獲したアンドロイドには彼らの集合意識を統括し保存するアーカイブまでの経路が記録されていた。そしてアーカイブはメインサーバーと直結している。つまり、アーカイブまでのアクセス経路をたどれば、それが必然的にゴールへと導かれるという事だ。
『あん? 進軍停止』
三つ目のゲートを潜ったところで、カインが機体を停止させる。
視線の先、通路の奥に見える床から一つのブロックがせり出してくる。
直後、ソレはまるで卵の殻を脱ぎ捨てるようにブロックを弾き飛ばし、姿を現した。
白いカラダに黒い脚を持つクモのような形状をしたソレは、のっぺりとした表面にほとんど凹凸もなく、無機質なポリゴンを張り合わせてカタチを取っている。
ミドリの光で明滅を繰り返すセンサーアイが、感情の乗らない視線を一行に向ける。
クモはそこに捉えた正体不明のP・Tの外観とプラント内の職員データを照合し、すぐさま眼前の相手が侵入者であることを悟る。
途端、ミドリの光は赤へと切り替わり、予備動作もなしに小隊の存在を排除せんと突進してきた。
『ガードシステムだ! 総員戦闘態勢!』
人間の意識がデータ化し電脳空間へ接続できるようになってから、これまでただのシステムとしてコードの羅列でしかなかったセキュリティは、目に見える形を与えられていた。
ヒューマノイドタイプ、ビーストタイプ、そしてバグタイプが一般的だ。
企業や組織ごとに特色を持ち、形状や色味は様々だ。このプラントはバグタイプを設定しているようだ。周囲の色と合わせただけのモノクロデザインのクモ。
カインがアサルトライフルをマウントから取り外し、けたたましい銃撃音が鼓膜を引き裂く。
迫るクモに、青白いエフェクトに覆われた弾丸が吸い込まれる。いくつもの穴を穿たれ、システムのクモは陳腐なレトロゲームのようにポリゴンを解いて消滅した。
『警戒! 周囲にガードシステムの反応多数!』
通信窓から小隊にリオの警告が入る。
「トロイ! 次のゲートはどこなの!?」
アヤネは窓の向こうのトロイを脇目にクモの群れを見遣る。
『3時の方角! C19!』
『陣形そのまま! オーズ! ラナンは左右を警戒! ホーネット、散弾は!?」
「5発よ。無駄撃ちはできないわ」
『囲まれそうなときは躊躇なく使えよ! 小隊全身! 囲まれる前に突破すっぞ!』
「無論よ! 全員、カインに続いて!」
『ホーネット! ラナンをフォローしてやれ!』
「分かってるわ!」
アイはこの作戦の重要なピース。万が一があってはならない。
カインを先頭に、4機のP・Tは次々と出現してくる白黒のクモを迎撃し、群れを掻い潜り、ゲートを目指す。
青白いゲートを潜り、次のルームへとジャンプする。
しかし、そのルームにも大量のガードシステムが沸いていた。既にルームを埋め尽くさんばかりに白と黒のクモの群れがひしめいている。
「っ……これは、ないわね」
アヤネが目の前の光景に眉根を寄せる。
『トロイ、数が多すぎる! そっちからシステムに干渉できねぇのか!?』
『やってるよ! でもシステムがさっきから次から次に更新されてて追いつかないんだって!』
カインは奥歯を噛んだ。
リオのハッキング技術は折り紙付きだ。
その彼女が追い付かないほどに対策され続けている。しかも現在進行形でだ。
『これ、多分管理してるの人間じゃないよ!』
『ちっ! あのアンドロイドか……!』
それならこの処理速度にも納得がいく。
『皆さん! わたしなら一時的にガードシステムを無力化できるかもしれません!』
「バカ言わないで! その間あなた動けなくなるでしょ! あなたは最奥まで行かないといけないのよ!」
『ラナン。あなたはこの作戦で重要な役目があるんです。それを理解してください!』
アヤネとリンが通信窓から厳しい視線を向けてくる。
その間にもクモは数を増やしていた。
「トロイ! メインサーバーまであとゲートはどのくらいなの!?」
『最短でもあと8回はゲートを潜らないと! あと悠長にもしてられないよ! この分だとサーバーまでのルートを変更されるかもしれない!』
電脳空間の構造はそのままシステムの配列に影響を与えるため容易には変更できない。
しかしこの分では構造ごとシステムを書き換えられるのは時間の問題に思えた。
『ちっ! ラナンを中央に据えて防御陣形で突っ込む! 被弾はこの際覚悟しろ!』
『それでは皆さんが危険です!』
この電脳空間は脳が受けた信号をそのままフィードバックされる仕様となっている。もしもアバターがロストした場合、最悪の場合ダイブノーシーボで絶命の危険がある。
「ラナン、覚悟を決めて。死ぬかもしれない場面は、ここだけじゃないのよ。これから先、腐るほど経験することになるわ。これは、最初の一歩なの」
『っ……了解』
アヤネの真剣な顔に、アイは唇を噛む。仮想のカラダに痛みが走った。
『ラナン、ホーネットは装甲が薄い。カヴァーしてくれ』
『了解!』
「それじゃ、行くわよ! 皆!」
4機のP・Tがクモの群れに突っ込んだ。
正面のガードシステムをカインがアサルトライフルで薙ぎ払い、ホーネットは貴重な散弾をスナイパーライフルに込めて頭上に撃ち上げる。
弾を覆うシェルが破裂し、いくつもの弾丸が雨のようにクモへと降り注いだ。
僅かに開いた活路に機体を強引にねじ込み、ガードシステムに接触しながらもゲートを潜る。
装甲の数値を少しずつ削られていく。時には敵の数が多すぎて迂回しつつ、小隊はどうにかに深部へと近づいていく。
『――あと一つ! 次のゲートが最後! 12時の方向! Z00!」
カーソルが最後のゲートを指し示す。
表面装甲がボロボロになりながらも、四機はガードシステムの猛攻を掻い潜り、ついに最後のゲートを抜けた。
途端、これまでとは明らかに雰囲気の異なるルームに出た。まるで夜空を思わせる天蓋の中、ソレはあった。
人間の脳に酷似した巨大なオブジェクトが中央に浮かび、下部には電脳空間内でシステムを操作するためのモジュールが据えられている。
『皆! お疲れ様! そこが最深部だよ!』
『よ、ようやく、ですね……』
「そうね。もう弾薬も底をつきそうよ」
『はぁ……キッツ……勘弁してくれ。これで固定給なんだぜ。手当とか出ねぇのかよ』
『あはは……はい。今回はさすがに生きた心地がしませんでした』
普段であれば、電脳空間で生死の有無を気にすることはない。そもそもが、死を遠ざけるために作られた空間が電脳の戦場だ。
それが、本気で命の危機に脅かされる事態になる。
インスマン社が開発したシステムは決して世に広まってはならない。
4人はアバターにも関わらず、精神的な疲労からコクピットでぐったりとコンソールにもたれ掛かる。
「さて、それじゃここからはあなたの出番ね。せっかくここまで運んできたんだから、ちゃんと任務を果たしてもらうからね」
『はい。任せて下さい!』
アイの意気込んだ表情が窓の向こうに映し出される。
4機のP・Tは、ゆっくりと、周囲を警戒しながら、メインサーバーへと近付いていく。
しかし、サーバーまであと少しというところで、
『――警告! 全員、サーバーから距離を取って!』
突如、リオの表情が険しくなる。
ただならぬ雰囲気に、四人は一気に中央のサーバーから距離を取った。
直後――
オブジェクト上空の空間でキューブ状の立方体が出現。綺麗な八面体は、突如膨張するようにいくつもの立方体がせり出し、背後のオブジェクトよりも巨大に成長。
それは徐々に形を成し、白と黒のポリゴンがP・Tの形状へと変化した。
アヤネは頬を引き攣らせ、汗が噴き出たような錯覚に襲われながら、冗談めかして言う。
「あらやだ、ボスですわ――」
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