17.ワタシ/わたし

 アイが目を覚ましてから2日。


 小隊メンバー全員がダイニングテーブルに集まっていた。


「例のアンドロイドから重要な情報を得ることができた」


 全員の視線がラインに集中する。彼はホルジュムを取り出すと、テーブル上の空間を覆い尽くすほどの資料データ、画像データを表示させた。


「これまでインスマン社の動向を外部から調査していたが、目立った成果名はなかった。連中がなぜ武器を作っていたのか……その理由がようやく判明した」


 廃都の虐殺。住民の失踪。その全てが、先の鹵獲したアンドロイドから全て繋がった。

 場の空気の鋭さが増す。今回はカインも茶化す様子もない。


「先のエージェントが口にしていた内容を覚えているか?」


 あの時、彼女はこう言っていた――


『まるで……これから『本物の戦争』でも始めようとしているとしか思えません』


 ラインはデータの中から一つを選び出し拡大表示させる。


「連中の目的は一貫して企業としてのものだ。エージェントが言っていたような戦争行為の実現化はその手段でしかない」


 インスマン社の目的は、世界で再度の戦争行為を誘発させ、自社で開発した武器を専有販売すること。つまりは、世界的な武器商人として企業の利益を上げること、である。


「すでにいくつかの国がこの計画に賛同しパトロンとなっていることが判明した。そのうち、セイレムにはインスマン社製の武器が流れている。件のウォーゲーム中に起きた死亡事故の発生もこれで説明がついた」


 インスマン社はこのシステムを用いて『死のない戦争』という触れ込みのウォーゲームに対する世間で評価を貶め、猜疑心を煽るつもりなのだろう。

 このまま人死にが出続ければ、いずれはゲームそのものの存在意義を問われる事態になりかねない。


 そこに来て、もしも現実世界で他国に対するリアルアタックが敢行されれば、


「現実世界での戦争が、復活する」


 情報は瞬く間に世界中へ拡散することになるだろう。


 しかしWLPOにより武器の製造と所持を著しく制限されていた国はすぐに軍事を強化することはできない。

 そこにインスマン社が自社の武器を売りさばけ莫大な利益が生まれる。各国は他国の攻撃を恐れて購入を躊躇わない。どれだけ値を吊り上げようが売れるだろう。


 まさしく市場の独占状態だ。各国が自国での武器を製造できるようになるまでの間、インスマン社は利益を上げ続けることができる。


「更に連中は戦場で人間の代用品として使えるアンドロイドまで開発した。セハイズでアヤネとアイを襲撃したのもインスマン社が作ったアンドロイドと見て間違いないだろう。そう考えると、連中はかなり前からこちらの動きを把握していたことになる」


 おそらくはオーベットに入ってからも、ずっとインスマン社に監視されていたと考えていいだろう。或いは、廃都で黒いオンナと遭遇したのも偶然ではないかもしれない。


「廃都でのギャングの虐殺は性能テストだ。ギャングなら荒事に慣れている。対人兵器としての有用性を示すには格好のマトだったんだろう。ギャングに拉致されたオンナの中に、インスマン社のアンドロイドを紛れ込ませていたようだ。手引きの意味もあったんだろう。同時に擬態性能の実験も行われた。オーベットの住民のうち、三十名あまりが連中と入れ替わっている。VR空間で疑似的な生活を送らせ、住民の行動パターンや会話パターンをアンドロイドに学習させていたようだ」


 ラインの報告に、アイは眉根を寄せる。


「その、入れ替わりに利用されたひと達は……」

「例のシステムの実験に使われたと記録にはあった。VR空間で死を経験をさせ、現実世界で反映させる……実験は成功したとある。学習には最低でも一週間を要するとあったが、ここ最近連中に連れ去れたのでなければ、すでに生きてはいないだろう」

「そんな……」

「オーベットはインスマン社の実験場だ。しかし幸いにして連中の兵器試験運用はいまだ限定的だ。外部にここと同じプラントは今のところ建設されていない」


 ヴェインがプラントの画像データを拡大し、ラインに険しい視線を向ける。


「つまり、今ここを潰せれば被害の拡大は最小限で済む」


 ラインは頷く。


「プラントの実験データは各国に送られている。ここで更なる援助があればプラントの量産化が開始される。その前に研究データを奪取し、プラントを物理的に――破壊する」


 小隊の方針が、決まった。

 しかしそんな中、アイはやはり、浮かない表情だった……

 

 ※

 

 暗い部屋で、アイはぼうっと天井を見上げていた。


『――連中は俺たちの存在に気付ている。またいつ襲撃があってもおかしくない』


 ラインはそう言った。


 緊急で作戦が練られ、数日以内には実行に移されることになるそうだ。


 これまでは外部からインスマン社へアクセスする術がなかった。

 しかし小隊が連中のアンドロイドを鹵獲したことで、カノジョを通してアクセスすることができるというのがリオの見解だ。


 小隊はインスマン社の電脳空間に侵入し、データを奪取する。

 インスマン社のサーバーまでのアクセスはリオが手引きし、内部に侵入した後は、アイがプラントのシステムを掌握、セキュリティを無効化しデータを奪取。


 別動隊がプラントに潜入し内部から破壊する。


 アイは暗い部屋の中で、ベッドに腰掛けて瞑目する。


 ――戦いたく、ないな。


 なぜ、こんな世界の中で、人間同士が争わねばならないのだろう。絶対に手を取り合え、などとは言えない。だが、何故こうも種としての自傷行為にひた走るのか。


 アイには理解できなかった。

 なぜ、ひとは不干渉ではいられないのか。

 なぜ、傷を負ってまで相手を征服しなくてはならないのか。

 なぜ、ひとの理性は、こうも脆く、容易くケモノの本質に身を委ねてしまうのだろうか。


 なぜ、なぜ、なぜ……


 なら、ひとの中身なんて、空っぽでよかったではないか……

 詰め込み過ぎたのだ、ひとは。


 だから、些細な違いにも過剰に反応し、反発し合ってしまう。


 ――だったら、いっそのこと。

 いっそのこと、なんなのだろう。


 アイはベッドから起き上がり、窓に歩み寄る。

 意識的にではなかった。ただ、なんとなく気になったのだ。


 締め切られたカーテンを少しだけ開いた。

 外の様子を確認する。

 相変わらず工業地帯が広がっている。青白い防犯灯が暗い闇を照らず他は、ナニも――


「っ!?」


 辺りを見渡すと、そこに見覚えのあるカオを見つけた。

 オトコだ。防犯灯の灯りの下に立って、こちらをじっと見つめてくる。


 嫌悪感が奔り、肌が粟立った。

 眼球の血管が破れたかのように、視界が端から赤くなる。

 アイはクローゼットの奥に押し込んでいた銃を躊躇なく引き摺り出し、ベルトに押し込むと――部屋の窓を乱暴に開け放って外に飛び出した。


 ――アレを、コワス。


 オトコはセハイズのホテルで襲ってきたヤツだった。

 記憶している。ちゃんと記録していた。

 地面に降り立つと衝撃が足の裏から響いた。三階から飛び降りたわりには痛みもない。ふと視界に頭の割れたマネキンの首を捉えた。アイはそれを踏み砕く。劣化していたのか簡単にコワレる。乾いた音がした。


 アイは闇にメを凝らす。

 オトコの姿はない。

 アイは夜の街に躍り出た。

 まるで得物を狙うケモノのような動きだった。

 カラダが異様に軽い。一つ跳躍すると街灯に飛び乗る。人目はない。


 しかしそれ以外の視線にアイは敏感に反応した。ぐりんとクビが稼働し振り返る。


 4時の方角――距離はおよそ200。路地裏への入り口だ。

 アイは街灯を飛び移りながら視線の主へと迫る。

 逃げた。


 しかし動体反応で姿は丸見えた。

 アイはカゲを追跡する。


 追って――

 追った――


 ヒトの形をしたカゲは、高い建物に囲まれた袋小路に入って行った。


「――――」


 アイは銃を抜く。クチにはエミが浮かんでいた。


「みぃつけた」


 同一人物かと疑うほどに冷たいオトだった。

 カノジョは銃のセーフティーを解除し、適当な構えで銃口を向ける。

 相手が振り返った。知らないオトコだ。さきほどギルマン寮でジブンを無遠慮に観察してたのとは違う個体。


 ――それがどうした。


 やることは変わらない。

 アイの口角が上がり、引き金を引く指に力が入る。


 直後――

 ゴキン……


「あれ?」


 アイの銃を掴むウデが、あらぬ方向に折れていた。

 見れば、アイが追っていたオトコが、背後からこちらのウデを掴んでいた。


 銃がテからこぼれる。

 アイは冷めた目つきでそれを見ていた。

 

「ヤメテよ。コワスのはワタシ。アナタじゃない」


 そう言って、アイは残ったウデをオトコに伸ばし、カオを鷲掴みにすると、容赦なく握り潰した。

 ぐしゃりと小気味いい音がした。


「アナタが一番長い付き合いだったわ」


 さよなら、とカノジョはカオから後頭部に持ち帰ると、潰れたカオに膝を叩き込んで完膚なきまでにガンメンを破壊した。

 赤黒い液体が飛び散る。

 ソレは地面に転がると、しばらくビクビクと痙攣して動かなくなった。


「きったな~い」


 アイは眉根を寄せた。

 鉄臭いニオイが鼻をつく。こればっかりはなんど嗅いでも慣れない。不快だ。


「次は~……あら?」


 アイが次の標的に狙いを定めようとしたとした時、もうひとつ闇の中に動くものを捉えた。


「ふふ……今日は、随分と集まったんだ。3人目は、予想外」


 袋小路を塞ぐように、黒い外套を纏ってもう一体が姿を現す。

 アイのコワレタ方のウデが、嫌な音を立てて復元する。


「あら……アナタ……」


 アイは黒い外套の相手にメを凝らし、その奥のカオを覗き込む。クチが歪に持ち上がった。


「廃都で慰み者にされてたニンギョウね。ふふ……あのひとたちも可哀想に。人生最後の性行為が、ダッチワイフでの自慰行為だったなんて」


 アイはくつくつと虐殺されたギャングたちを思い出して嘲笑った。

 黒い外套のフードが払われる。異様に肌の白いオンナだった。

 なるほどギャング共が嬉々として犯す程度には見目がいい。もっともその内側は外面のように可愛げのあるものではないが。


 背後でオトコが動いた。アイの振り返ることなく足元の銃を蹴り上げ、背を向けたまま発砲。オトコは後退し弾丸から逃れる。

 正面の黒いオンナも同時に動いた。

 アイは躊躇わずに前へと飛び出してオンナを迎え撃つ。


「穢れたアナタは、綺麗にコワシテあげる」


 オンナのテが伸びる。アイは逆にカノジョのウデを掴み、優しく引き寄せると、


 ――ゴキッ。


 オンナのクビを360度、回転させた。


「おやすみなさい。愛玩ドールさん」


 名も知らぬ、名すらあったのかも怪しいオンナを地面に投げ捨て、アイは最後の一体に向き直る。


 オトコとアイのメが交差した。


 すると、相手は身を低くしてアイから距離を取る。建物の壁にメを遣り、駈け出す。

 相手の脅威度は予想を超えていた。これ以上の戦闘行為は危険と判断し、逃走を計る。

 壁を蹴り上げ、上へと逃れようとする。


「だーめ」


 しかし、ミミモトで嫌なオトがした。

 オトコはウデを空に伸ばし――結局、届くことはなかった。


 ――ショウジョの遊戯は、あっさりと終わりを迎える。


「ダメだよ。お兄ちゃんの邪魔をしちゃ。そんなことをするから、コワサレちゃうんだから」


 カノジョはずるずると、人気のない街の中の中で黒いシートで覆われた塊を引き摺る。

 工業地帯で資材を覆っていたシートを拝借した。中には三体分の重みが詰まっている。

 シートが破けないか不安だ。隙間から白いウデがとびだしてしまっている。


 人間とすれ違った時は「マネキンです」とでも言えばいいか。別に、完全に嘘というわけでもない。もう動かないコレらは、それこそマネキンだ。ただ少し精巧なだけ。


 ギルマン寮に辿り着く。

 一階廊下の奥には鍵付きの部屋がある。さすがに入り口が狭いこともあり、一体ずつ部屋へ運んで中に放り込んでいく。

 今日は一段とこの部屋は鉄臭さに満ちている。


「あ、ダメだ」


 ショウジョは最後の一体を廊下で引き摺っている最中に、視界が歪んだ。

 今日は普段にもましてカラダを行使してしまった。イシキが切り替わる。ベッドまではもちそうもない。


「まぁ、別にいいか」


 束の間、カノジョのクビが下を向く。直後、アイは数回の瞬くの後に、顔を上げた。


「あれ、わたし――――え?」


 自分の手の中にあるモノが、目に入った。

 赤黒い液体に濡れた、オトコのカオ。


「――――――――――――――――――」


 アイはソレを床に落とし、大きく後ずさった。


 なんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれは――


 床にへたりこんだ。廊下の奥に口を開けた部屋が見えた。あそこは普段、ロックが掛かって開かなかったはず。

 今は大きく開け放たれている。ゆっくりと、月明かりが奥を照らした。


 中には、老若男女のヒトガタが、折り重なるように敷き詰められていた。


 床は黒いシミが沁み出している。

 ソレは、形骸の群れだった。


「あ――――――――――――――――――」


 知らない知ってる知らない知ってる知らない知ってる知らない知ってる知ってる知ってる。


 ――アレを、ジブンは、しって、いる。


「カガミ」


 後ろに誰かが立った。


「ライン、さん」

「今日は多かったんだな、カガミ」

「ライン、さん?」


 彼は、ダレのナを、ヨンデいるのだろうか。


「あとは俺がやっておく。疲れただろう。ゆっくり眠るといい」


 ダレだ、コレは?

 見たこともない、優しい笑みだった。

 彼は床に転がったモノを雑に掴み上げると、乱暴に部屋の中へと投げ捨てた。


「ライ、ン、さん」


 アイは、すがるように手を伸ばした。

 しかし、彼がその手を取ることはなく、


「なんだ、お前か」


 先程までの、慈愛に満ちた笑みとは打って変わって、冷たい瞳で見下ろされる。


「わた、し……わたし? ワタシ……?」


 アレ? 自分は、ダレったっけ?


 覚えてる。子供の頃から、ずっと家族から邪険にされてきた記憶がある。家族のアイに囲まれて、温かい家庭出で育った気がする。


 怖い、怖い、怖い、怖い、コワイ、コワイ、こわい――


「ラインさん……」

「なんだ?」

「わた、シを、コロして、ください」


 そうすれば、きっと、このイヤなユメから、覚めるに違いない。


 夢の中で、シネバ、きっと。


 あれ? おかしい?


 ――ワタしは、シが、コワクなかったっけ?


 あれ? シニタイ、の?


 判らない、解らない、分らない、わからない……ワたし、って、ナンだっけ?


「大丈夫だ」

「あぁ……」


 ラインがアイの髪を優しく撫でる。慈しむような、手つきだった。


「ことが片付いたら――全てをオワラセテやる」


 彼は、そう言った。


 アイはコロロの底から安堵/絶望した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る