15.ロカク

 臨時作戦:

 実働人数4名――

 待機人数3名――

 以下、

【ヴォーグ】:実働

【テルー】:実働

【オーズ】:実働

【ランン】:実働

【ホーネット】:待機

【ラッヘ】:待機

【トロイ】:待機

 

 目標:対象の拘束、或いは――破壊。

 決行:9月28日/20:00

(注)火器類・使用不可 及び 刀剣類・使用不可

 

 ※

 

「――本当にやるんですか? もしもわたしたちの見込み違いだったら大問題ですよ?」


 アイがラインを見上げる。その顔はどうにも浮かない。


「その時は強盗にでも扮して適当に金品を回収し逃走する。盗品は後日対象の勤め先にでも届けておけばいい」

「それ、本気じゃないですよね?」


 清掃員に扮した小隊メンバーは、帽子を目深に被り、ひとつの部屋の前に集まっていた。

 ライン、アイ、ヴェイン、リンの4人だ。


「諦めろ。大将はいつだって本気だ」

「……ですね」

「……」


 ヴェインとリンの表情にアイは呆れの視線をラインへ向けた。

 マンションのセキュリティはすでにリオのハッキングにより解除されている。扉の電子ロックのパスも解析済みだ。いつでも中に突入できる。


「行くぞ」


 扉を静かに開く。中にはジョセイがいた。銀の髪に青の瞳。ハッとするほどに整った目鼻立ち。カインの映像に記録されていたオンナだ。


「な、なんですかあなたたちは!?」


 扉の外に立つ清掃員の服を着た4人組に、バスタオル姿のカノジョは咄嗟にカラダを隠した。

 動揺を見せるジョセイの仕草に構わず、ラインは外と内の境界を跨いだ。


「カーラ・アダムス。お前を拘束する」


 ラインの後ろからリンとヴェインが姿を見せた。

 屈強な大男に、性別判定の難しい容姿をした小柄な人物。彼等の後ろには、帽子の隙間から愛らしい顔を覗かせた少女が、眉根を寄せてなんとも言えない表情を浮かべている。


 ちぐはぐな集団を前に、オンナはオロオロとした様子で後退する。


「こ、拘束って……あ、あなたたち、勝手にひとの家に上がり込んで! 警察を呼びま――」

「捕らえろ」


 しかしそんな抗議の視線に構わず、ヴェインが殺気を奔らせてオンナに迫った。

 普通の女性であれば、集団に囲まれた挙句、ヴェインのような大柄な体躯の男に襲われれば恐怖で動けなくなるだろう。或いはこの時点で悲鳴の一つでも上げる。


 が、カノジョの反応はそのいずれにも該当しなかった。


「――」


 オンナはヴェインの腕を、カラダを床に投げ出して回避してみせたのだ。

 ただの転倒ではない。ラインたちから見えても見事な受け身を取り、オンナはベランダへ続く窓へと走る。


 咄嗟にリンが回り込み対峙。動きが止まる。オンナのカオは先程までの怯えたものではなく、完全にフラットなものに変化していた。

 逃げ道を塞がれたにも関わらず、オンナは眉ひとつ、口角ひとつ動かない。


 アイはカノジョの様子に既視感を覚えた。

 オンナのカオが、ホテルで襲ってきたあのオトコのものとダブって見えた。


 窓にはリン。背後にヴェイン。扉にはラインとアイ。


 ここは角部屋であり、隣は空き部屋。騒動がすぐに聞き付けられることはない。だがこの階にも当然住民はおり、上と下はひとの入った部屋となっている。時間を掛け過ぎれば異常に気付いた誰かがここに来るかもしれない。


「――すぅ」


 オンナが不意に空気を吸い込む。リンはハッとなって前に出る。


「テルー!」

「おう!」


 2人がほぼ同時に動く。オンナが口を開け、


「きゃ――っ」


 悲鳴を上げようとした直後。リンが咄嗟にその口に手を当て声を閉ざし、背後からヴェインがオンナの足を払い床に押し倒した。関節を固定し、クビに体重をかけて『本気』でカノジョを抑え込む。


「ぐっ! こいつ!」


 体重100キロ以上のヴェインが拘束しているにも関わらず、オンナは異様な力でそれに抗う。むしろ抑えている方のヴェインの顔が歪んでいるほどだ。

 リオのオンナの口を布で覆い、頭部を体すべてを使って抑え込む。

 傍からは、ひとりの女性を複数人で暴行している現場にしか見えない。


「っ――これ、マズいですよ!」

「分かってる! ラナン! そう長くはもたん! 急げ!」

「は、はい!」


 アイが駆け寄る。バスタオルが解けて剥き出しになった肌。遮蔽物はない。これなら、


 ――問題なく読み取れる。


 肌に触れようとして、しかしアイは直前にわずかな躊躇いを見せた。

 ここで自分が、カノジョのナカミを把握できてしまったなら、それはこの街が現状、最悪の状況であることを示唆することになってしまう。


「ラナン」


 背後にラインが立つ。

 こちらを静かに見下ろす鉄色の瞳。アイは左手を胸の前で握り、カノジョの肌に触れる。


 途端、視覚は瞬く間に切り替わり、意識がカノジョの中へと沈んでいく。


 まずメについたのはひとにはあり得るはずのないコード配列の波。視認する端から流れていき、アイの脳に刻まれていく。


 部屋でカノジョは起動した。メモリーにはこの部屋の住民のこれまでの生活記録がインプットされている。これから自分は、カーラ・アダムスとして社会に溶け込んでいく。自身のソンザイは決して外に漏れてはならない。気取られるぬよう、常に彼女の動きをトレースする。


 会話パターンの獲得に努めた。アップデートの甲斐もあり最初のようなぎこちなさはない。最低限は溶け込めたと推察できる。

 簡単な事務処理が彼女の仕事だ。あまりにも速く終わらせすぎた。次は時間割りで進行タスクを組むことが推奨される。


 カーラという疑似的な自己を獲得した。繰り返した行動による刷り込み、最適化が完了したのだと思われる。


 住民データをアーカイブで共有。オーベットでの当機を含む26体の実験進捗は既に六割ほど完了。不確定要素排除のために更なるサンプルの投入が推奨された。


 住民データを参照――最適人物をピックアップ。プラントへの移送を要請する。


 ――理解した。遂に、してしまった。


 今の、オーベットの状況と、インスマン社の繋がり――


 情報の波がいくつも脳に送り込まれる中、アイはカノジョに掛けられたプロテクションを強引に解除。機能の一部を掌握。領域の最下層に眠るAIを、カレらのアーカイブから独立させる。いくつものセキュリティに守られた、各階層ごとの領域を、アイは脳の演算処理のみで全て解除してしまった。


 しかし、一度に大量のタスクを要求されたアイの脳には大きな負荷が掛かる。

 頭の中で花火が爆ぜる様な感覚を覚える。神経と血管が悲鳴を上げた。


 知れず、アイのカラダは痙攣を始め、


「っ!? ラナン!」

「あ……」


 直後、アイはミミとハナからチを流し、意識を失った――

 

 ※

 

 キャタピラー下層の制御室。計器からいくつものコードが部屋の外に飛び出し、チェアに拘束されたジョセイのカラダに繋がれている。


「いやぁすごいですよコレ。こんなのが出回ったらこの世界たぶん壊れますね。

 あ、逆に発展の可能性もあるか。

 う~ん……どちらにしても社会的な影響は致命的だと思いますよ。謙虚なのは就職と出生率の大幅低下とかになるかもですね。だってコレに仕事させた方が圧倒的に効率バク上がりですし、性欲処理も自分の理想にチューンできちゃうから男も女も自慰行為で全部満足しちゃうひととか確実に出ますよ。ポルノビデオなんてメじゃないですね。

 こうなると体外受精……試験官ベイビィが出てくるのは時間の問題ですねぇ……極端な話になりますけど、いずれ人間から繁殖機能とかなくなっちゃったりして……なんて、これは飛躍しすぎですかね。

 まぁ何が言いたのかというとですね。コレはまだ、人類には早い代物ってことです。

 あ、でもサンプルを送って法整備の検討材料にするのはありかもしれません。

 解析したら壊さないで一体くらい取っておきますか?」


 リンがモニターに表示されたステータスを前に興奮した様子を見せる。

 ラインはモニターから拘束されたオンナに目線を移動させる。

 薄い病院着のような衣服に包まれた銀髪のジョセイ。ヒトミは閉じておりカラダはチェアにもたれ掛かっている。


 しかしムネはまるで上下せず、口元に手を当てても呼気が漏れている様子もない。


「アンドロイド、か……本当に余計なモノを作ってくれたものだ……それで、アレからインスマン社関連のデータは引き出せそうか?」

「いやぁ、まぁ……」


 リオはモニターからラインに見上げる。眉を下げなら苦笑するという地味に難しい顔を披露した。


「難しいのか?」

「むしろ逆です。プロテクトがぜ~んぶ解除されるんで、なんでも覗きたい放題です」

「それのなにが問題なんだ?」

「ああ、すみません。解除、っていいますか……破壊、ですね、あれは。中のセキュリティを動かすプログラムが配列を滅茶苦茶にされてバグってる状態です。元からそうだったとは考えられないので、誰かが後から壊したって、ことですよね? もしかして、アイちゃん、ですか?」

「……判らん」


 アイはギルマン寮の部屋で眠っている。リオが人型アンドロイドの解析を始めて今日で2日。先日の作戦でアイは意識を失い、いまだ目を覚まさない。


 交代でアイには護衛がついている。今はアヤネが部屋の中で警戒している。


「なんなんでしょうね、あの能力。手で触っただけで電子機器を操れるなんて、SFっていうよりもむしろファンタジーですよ。たぶんダイブギアとかなくても、電脳空間にも行けちゃうんじゃないですか?」

「気になるなら本人に訊いてみるといい」

「……まだ起きないんですかね、アイちゃん」

「基準はわからないが、今回は随分と無茶をしたように見える。あと2日経っても目覚めないようなら、WDCのエージェントに連絡を入れて回収してもらう必要があるな」

「……隊長って」

「なんだ?」

「いいえ、なんでも」


 ただ、普段の彼なら2日も目が覚めないようなら、既に見切りをつけてその辺に放り出している、と思っただけだ。

 荷物になった人間を抱えてこなせるほどこの仕事は甘くない。


 隊の部下を守るという観点から見ても、そうそうに足手まといを切り離す選択は正しい。数百年前の言葉で今も語り継がれているものがある。


 ――真の敵は有能な相手ではない、無能な身内だと。

 ひとりの人間の失敗が隊を壊滅させることなんて珍しくない。


 ここは、そういう世界だ。


「アイの力は有用だ。これから先の作戦でも利用価値は高い。できれば早く回復してくれるといいのだがな」

「そうですね」


 リオは頷く。ラインの目が、壁越しにアイの部屋に向いているのがおかしかった。


 ――そうやって誰かと見てる隊長、初めて見たかも。


 機械のような男だと思っていたが、どうやらそれだけということではないらしい。


「それにしても、どうして人型アンドロイドの製造開発って、こんな厳しく取り締まられてるんでしょうね」


 取り締まる側だからこそ、疑問に思うこともある。

 先にリオが挙げたような理由も禁止の一因ではあるかもしれない。


 だが、それだって無秩序に製造すれば、という意味であり、確かな準備を進めて、少しづつカノジョのような存在を認知させていけば、アンドロイドは限りなく人間にとって有益な存在になりえるとリオは考えていた。


 果たして、ラインは再びアンドロイドのジョセイを見下ろし、言う。


「単純な話だ。人間としての境界が曖昧になるからだろう」

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