14.ツミ

 午後一時から始まったブリーフィングでカインがホルジュムを手に「ちょいとこいつを見てくれ」と、記録映像を表示した。


 商店の並ぶ通りを録画したものだ。


「ここだ」


 カインにしては真面目な表情に全員の視線が映像に集中する。彼が指で示した先。そこにはひとりのオンナが映っている。


「彼女がどうかしたの?」


 アヤネが首を傾げる。見たところこれといって特に妙なものはないように思える。


「おう。カノジョ、めっちゃ美人じゃね?」

「……」


 アヤネがカインの胸倉を掴み上げる。周りのメンツもラインとリオを除いて呆れた表情を浮かべていた。そんな中でリオだけは「確かに! すっごいキレイだね!」とカインに同意する。

「だろ?」と得意げにするカインにアヤネは無言で拳を握った。


「カイン。お前には街で起きた一時失踪事件について調べるよう言ったはずだ。この記録から一体なにが判る?」

「カノジョが異様な美人ってことで――わぁ! アヤネ待て待て!」


 真顔でふざけたようなことを言うカインにアヤネはいよいよ拳を振り上げる。

 ヴェインが大きくため息をついた。


「やめろアヤネ。カイン、お前の目と鼻は信用しているが、その軽口だけはどうにかならないのか」


 アヤネは「ふん」と鼻を鳴らすと手を放し、席に腰を下ろした。


「悪い悪い。てか、別にふざけてるつもりはねぇよ」


 カインは髪を掻きながら、ホルジュムから別の映像記録を投影させた。

 途端、アヤネの表情が険しくなりカインに批難の視線を向けた。


「これ、さっきと同じ映像じゃない。日付が違うだけ。あんた、まさか任務サボってこの女のお尻を追っかけてたんじゃないでしょうね」


 カインは口角を上げ、意味深な笑みを浮かべて見せる。


「そうとも言えるし、違うとも言える」

「は? あんた、本当にいい加減にしないと――」

「え? アヤネさん、ちょっと待ってください。これ、少し変じゃないですか?」


 アイがいくつか表示された映像を見上げながら首を傾げる。

 なにか、妙な違和感をこの映像からは感じてならない。

 すると、「へぇ」とカインはアイに目を剥いた。


「いい感覚してんじゃんアイちゃん。それじゃクーイズ。この映像はなにがそんなに変なんでしょうか? シンキングターイム」

「え? え?」

「制限時間は20秒!」

「ちょっ、ちょっと待ってください! え、えと……」


 アイは律儀にもカインの茶番に付き合ってしまう。アヤネは頭痛を覚えたように目頭を抑え、ヴェインとリンは苦笑している。

 リオはアイと一緒に画面を凝視して「違和感? いわかん……イワカン」と首と結わえた髪を揺らしている。


「はい残り10秒!」

「え~と、服装、は別に変じゃないし……すっごい美人さん、は関係ないですよね……う~ん」


 必死に頭を捻るアイ。アヤネはダンとテーブルを叩き、「カイン、遊んでんじゃな――」と再び立ち上がり掛け、


「あ、もしかして……え? でも……」


 というアイの反応に、全員の視線が一斉に彼女へと集まった。


「時間切れだな。それでアイちゃん、答えは? なにか気付いたんだろ?」


 言われ、アイはカインに「これ、ちょっといじわるじゃないですか?」と半眼で睨む。

 しかし、すぐに表情を改めた。


「多分ですけど。この女のひと、『全く同じ時間』にここを通り過ぎてます。本当に、一秒のズレもなく。しかも、『ほぼ同じ位置』を歩いてないですか?」


 途端、ラインとカイン以外の目が一斉に見開かれた。


「なるほど」


 ラインはバラバラに表示された映像を縦一列に並べ、再生時間を全て同じタイミングでスタートさせる。


「嘘……これ、本当に」


 アヤネが画面を食い入るように見つめる。下部に表示された時刻と、彼女が通りに差し掛かってから消えていくまでの女性の動きが、まるでコピーアンドペーストされたように、寸分たがわず同じだったのだ。


「アイちゃん大正解。やるねぇ」

「で、ですが。ただ偶然、こうなったっていう可能性も」

「1回や2回ならそうかもな。だが、俺がこのことに気付いてから5回以上、カノジョは同じ時間、同じ立ち位置を歩き続けている。そして、これだ」


 カインは二つの映像を選び、ズームアップさせる。


「この2回。向かいから歩いてくる通行人がカノジョの進路と被った。当然位置はズレるはずだ。だってのによ」

「あ」


 映像のオンナは通行人を躱し、一切の狂いなく元の位置に戻って歩いていったのである。

 全ての映像を重ねて表示すれば、その異様なまでの正確性が視えてくる。


「アイちゃん、仮に訊くけどよ。君ならこのオンナと同じ動き、再現できそうかい?」

「……無理です。こんなの、歩幅も歩数も全部一定に、かつ時間も立ち位置まで完全に一致させるなんて……そんなのはもう」


 人間の動きではない。

 アイの所感はこの場にいた全員が抱いただろう。

 先程までただ女性が映っているだけの映像だと思われたものが、ここにきて異質なモノに変化した。それも、かなり不気味なモノに、だ。


 カインがこれに気付いたのは調査の二つ日目。最初はアイのように違和感を覚え、なんとなく映像を記録しておいた。翌日、違和感の正体を調べ、その翌日に確信に変わった。


「カノジョについて調べてみた。そしたら、カノジョは例の事件で一時この街から姿を消していたらしい。例のプラントができた一か月後くらいだそうだ」


 カインはオンナを追跡し、住居を調べて近所で聞き込みを行った。

 軽い雰囲気で相手の懐に潜りこみ、世間話の体で情報を集める。彼ならではの調査方法だ。

 身分を公にできない小隊の性質上、カインの対人能力はこのナンパな雰囲気をして小隊への貢献度が高かい。


「今ん所はカノジョについてしか調べはついてない。が、時間があるならもっと他の失踪者を洗い出して、ソイツらの周辺を調べることもできるが……どうする?」


 カインはラインに向き直る。小隊長の彼はしばらく思考し、


「いや。俺達が廃都で接触した黒いオンナのこともある。こちらの存在は、既に向こう側に認識されている可能性が高い。そうなると、下手に嗅ぎまわり過ぎても相手を刺激することになりかねない」

「その相手ってのが、オレ達の狙ってるインスマン社かは判らないぜ?」

「なら、それを本格的に確かめよう。幸い、こちらにはいくつか手札がある」


 ラインはそう言って、アイを見遣った。

 

 ※

 

 カーラ・アダムス――彼女のルーティーンは朝にシャワーを浴びることから始まっていたと記録している。

 肌の付着物を流し、髪の埃を落として……次の行動に移行する。


 マンションの一室。彼女の住まいは地上四階の角部屋だ。オーベットは過疎化が進み、このマンションも空き部屋が目立つ。隣の部屋も空っぽだ。

 クローゼットを開ける。大量の服が並んでいた。一部は使われた形跡のない物もある。

 着衣を怠ってはならない。今日はどの組み合わせが最適か。履歴から参照し選別する。


 この人間は見えない部分にも随分と気を遣っていたらしい。スタイルの維持には特に余念がなかったようだ。

 しかし傲慢で他者から距離を置かれていたこの体は、果たして誰のために磨かれていたのか。


 いずれにしろ、既に完成された個体であるジブンにそのような気遣いは無用の長物である。造物主が望めばこの身は彼らの望むままに姿を変える。いや……そう考えると、造物主が人間である限り、カノジョに完成形というものはないのかもしれないが。


 しかしそれはカノジョが思考領域を使ってまで導き出す答えではない。

 造物主とてそんなことに貴重な処理能力を使うことを望みはしないだろう。


 カノジョ『たち』に与えられた命令はオーベットの日常に紛れ込むこと。並行して、適切な人物をピックアップして同胞に情報を共有することだ。


 カノジョが配置されから3人ほどリストアップした。いずれもこの体のモデルのように孤立気味な人間たちだ。少し消えたところで気に掛ける人間はほぼいない。


 初期の頃は見境がなさ過ぎて街で騒動に発展したが、同胞がうまく街に溶け込んだおかげで一過性のものとして扱われたのは幸いだった。

 先に挙げた3人のうち、既に2人は確保できている。およそ1週間も同胞に彼らの行動を学習させれば、カノジョのようにすぐにでもオーベットに配置されることになるだろう。


 鏡の前に立つ。見た目に違和感がないか確認する。トレースした彼女のモデルからも逸脱した箇所は見受けられない。いつも通り。外観の問題はない。各部の動作にも異常なし。


 時刻を確認する。『最初から』視界の端に映るものではなく、ホルジュムをあえて起動し確認する動作を取り入れる。


 外出まで11分と21秒。それまでは待機――


 今日も変わらず、彼女を模す。彼女の職務をこなし、帰宅する。異常なし。


 しかし最近同胞からある情報を受信した。

 なにやら配備された別の個体がいくらかロストしたという報告だ。

 ロストしたエリアにも痕跡はなく、全体の警戒レベルが引き上げられている。


 共有された記録の中に映像が残されていた。それによると、どうやらワレワレは――


 午後8時だ。今日は入浴する日となっている。内部温度を考慮して湯の温度は低めに設定。

 15分ほど湯船に浸かった。バスタオルだけ巻いて部屋に戻る。


「――」


 途端、異変に気付く。

 ――玄関のロックが、外から解除されていた。

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