11.カゲ
「あれだけの死体があったにも関わらず、庁舎の外にはひとつの痕跡もなかった。よほど周到に包囲網を作っていたんだろう」
ラインたちは庁舎の外に出た。アイはラインに体を支えられている。
庁舎の外は中の惨状が嘘のように静かだ。一見しただけで中の状態に気付ける者はまずいまい。
ギャングたちは一晩の内に皆殺しにされた。先ほどの映像からもそう考えて間違いないと思われた。
「しっかし、さっきのヤツらは一体……」
素手で人間を解体していくなど個人の腕力ではほぼ不可能だ。仮にヴェインがアイに同様のことをしようと考えても再現はできないと思われる。よくて首の骨をへし折れる程度。間違っても手刀でひとの心臓を抉り出すなんて真似はできない。
結局、ギャングたちがナニモノかによって殺された事実は掴めたが、それにインスマン社が関与している証拠は見つけられなかった。
しかしここで生きた映像データが残っていることが判明したのは大きな収穫だ。
リオにデータをサルベージしてもらい、解析すれば更に何か判るかもしれない。
「う~ん……」
「アヤネ、どうかしたか? なにか気になることでもあったか?」
「ええ…………ねぇ、さっき全員で中を周った時に、『女の死体』ってあったかしら?」
ヴェインはハッとなり、ラインは記憶を探る。
「いや、それらしい死体はなかったように思えるな」
監視カメラの映像には、ギャングたちの慰み者にされていたオンナの姿が映っていた。
だが、庁舎の中にはギャングのものを思わしき男性の骸しかなかったはずだ。
「見落としたんじゃないのか?」
「四人で建物の中を全部見て回ったのに? アイ、あなたはどうなの? 隊長と副隊長は記憶にないみたいだけど」
「あ……」
アイはぼうっとする頭を上げる。そしておもむろに、「いいえ」と首を横に振った。
が、アイは「ですが」と言って、アヤネに目を合わせる。
「見つけられなくて、当然かと。だって最初にここのひとを殺したのは――カノジョなんですから」
「え? それってどういう――」
と、アヤネが首を傾げたその時、庁舎の窓に動く人影を見た。
途端、全員に緊張が奔る。
ヴェインとアヤネが銃を抜き、ラインもアヤネを庇いながら銃を構えて庁舎の扉に見据えた。
四人の眼が庁舎の注がれる中、扉がゆっくりと開く。
アヤネとヴェインは銃口を向け、
「――ま、待て! 撃つな!」
中から一人の男が両手を上げて出てきた。
ボロボロの服。髪は乱れ、髭は伸び放題。目に見える肌は黒く汚れ、体はやせ細っている。彼は右足を引きずっていた。
ラインは男の顔に見覚えがあった。
監視カメラの奥で、オンナの髪を鷲掴みにして引き摺って行った男だ。
「た、助けてくれ……お前ら、人間、だよな? た、頼む! ここから連れ出してくれ!」
男は必死の形相を浮かべ、右足を庇いながらこちらに近付いてくる。
しかし、それをラインは男の足元に発砲、動きを牽制した。
「止まれ。動けば次は当てる」
男は喉を引き攣らせて後退する。三つの銃口を一斉に向けられ、男の顔が青ざめる。
「お前、ここのギャングの生き残りか?」
「そ、そうだ! 中にはいったなら分かるだろ! 俺以外、全員殺された!」
「ナニに?」
「女だ! あの女! くそっ、くそっ! ポールの奴があんな女を連れてきやがったせいで!」
男は髪を掻きむしって地団駄を踏む。ギリギリと下唇を噛んで目が血走っている。
「他には? もっといたはずだ」
「ああいたさ! わけのわかんねぇ真っ黒な連中だ! どいつもこいつも気味がわりぃ!」
ラインたちは顔を見合わせる。
相手は錯乱しているようだが嘘を吐いている様子もない。
「どうやって生き残った? 他に生存者は?」
「いねぇよ! 襲われた時はとにかに地下に潜ってた!」
庁舎の中には職員たちが使っていた地下倉庫があり、見取り図にも記載のないエリアだそうだ。そこに男は身を潜めてやり過ごしたという。
「なぁ頼む。足が折れちまってんだ。もう食料もなくなる……助けてくれ……俺を街まで連れってくれ」
男の懇願にヴェインはラインへ振り返る。
「どうする、大将?」
「情報源として使えるかもしれん」
「確かにな。口ぶりからここを襲撃した奴の顔を見ているようだし……おい!」
「お、おう!」
「ここであったことを包み隠さず話せ。それができないならここに置いていく」
「は、話す! なんだって話してやる!」
男は首を何度を縦に振って「話す」と繰り返し言った。
ヴェインは銃口を下し男に近付く。
ラインとアヤネは警戒のために銃口はそのまま、アイはぼうとした様子で状況を見ていた。
「悪いが拘束させてもらう。見ての通りこっちには女もいるんでな」
「なんでもいい! ここから出られんなら、なんでも従う!」
男は自ら両手を差し出す。近づくだけで鼻をつく臭気。歯は黄ばんでボロボロになっている。目の下は真っ黒で、落ち窪んだ瞳は濁り切っていた。
ヴェインが手錠を取り出し、男の手に掛けようとした――直前。
「ヴェイン! 下がれ!」
「なに!?」とヴェインはほぼ反射的に身を引いた。
同時に、頭上からヒトカゲがギャングの男目掛けて降ってくる。
「ぎゃああっ!」
男は降りて来たソレに踏みつけられ、吐瀉物を撒き散らしながら地面に縫い付けられる。
「くっ!」
ヴェインは咄嗟に銃を抜いた。
黒い外套で全身を覆ったヒトガタ。性別も判らない。そもそも、一体どこからこいつは現れた?
「た、助けて――」
男はヴェインに手を伸ばす。
しかし、ヒトガタは外套から細く白いウデを引き絞り、ユビを真っ直ぐに伸ばす――
アイはその光景を前に、先ほど見た監視カメラの映像を思い出し、
「ダメ!!」
アイはラインの腕を払って銃を抜き、
「ごひゅ――」
ギャングの男の頭が、白いユビに貫かれる。
「あぁ……」
後頭部から顔の真ん中に生えた血濡れの白い繊手。
まるで、男の顔を突き破って白い花が咲いているかのようだ。
男は即死だった。
腕が抜かれる。穴の開いたカオ。もう動くことのないカラダ。粘ついた音を立てて、男の頭が地面に崩れる。
「いやあああああああああああああああ――――っっ!!」
アイは頭を抱えてその場に蹲る。
ラインはヒトカゲへ向けて発砲した。ヴェインとアヤネも呼応するように引き金を引く。
ひとの腕が人間の頭蓋を貫く?
なんの冗談だ。
だが実際に目の前で見せつけられればそれを現実として受け止めるしかない。
あのヒトガタ相手に、躊躇しては殺される。
複数の弾丸が迫る。音速を超える弾を認識して回避することは人間の知覚能力と反射神経では不可能。弾が発射されたと認識した時には既に当たっている。
そんな常識を、ヒトガタはあっさりと覆す。
「なっ!?」
ヒトガタは弾丸の描く無色の軌跡を回避し、近くにいたヴェインに向けて突進する。
白いウデが銃身を掴み、破砕音を立てて握り潰された。
「ちぃっ!」
ヴェインは銃から手を放し、ヒトガタに蹴りを放つ。相手は避ける素振りもなくそれをカラダで受け止めると、足首を掴んで一気に引き倒した。
「ぐっ!」
体勢の崩れたヴェインに、血に濡れた白いウデが迫る。
「ヴェイン!」
アヤネが咄嗟に発砲。
狙撃手として正確にヒトガタの頭部を狙い打つ。
だがその一撃もヒトガタはカラダを軽く捻るだけで回避して見せる。しかも、アヤネの射線とヴェインが重なる。
アヤネは奥歯を噛んだ。
しかし、僅かな隙にヴェインは倒れる体で受け身を取り、地面を転がってヒトガタから距離を取った。
ラインとアヤネは間髪入れずに発砲する。
ヒトガタは後方に飛ぶ。
ヴェインは跳ね起きる様にアヤネの隣に立ち、アイの手から銃をひったくる。
三つの銃口を向けられてなお、ヒトガタは怯んだ様子はない。
むしろ、身を低くしラインたちに迫ろうと身構えてさえいる。
「やめて……もうやめてください! なんで殺すんですか!? なんで!?」
アイは顔を上げてヒトガタを睨みつける。
黒い外套の隙間から白いカオの一部が覗く。わずかに丸みを帯びた輪郭。
ヴェインは目を見開き、「女!?」と驚愕する。
アイの眼とオンナのヒトミが交差する。
途端、外套のオンナは構えを解き、
「状況の進行に多大な影響の可能性を検知――」
身をぐっと屈めて大きく跳躍。
ラインたちの頭上を飛び越えて、廃都の方へとその姿を消した。
「待て!」
「追うな、ヴェイン」
「しかし!」
「命令だ」
「……了解」
ヴェインはしぶしぶ頷き、銃をホルスターに収める。
「急いでここを離れるぞ」
「「了解」」
「拠点に帰還する。立て」
「……ラインさん」
アイはラインに振り返った。目元が濡れている。彼女は地面に転がる、さっきまで生きていたギャングの骸を見つめ、ついで背後の庁舎を見上げた。
「あのひと達は、このまま、なんですか?」
アイは言った。それにアヤネの眉根が寄る。
「あんた、まさかあいつらを弔いたい、とか言うつもり?」
「だって、こんな何もない場所で、あんな死に方して」
「そんな時間があると思う? 第一こんな状況で他人を優先なんてしてる余裕はなんかないでしょ。さっきの見てなかったの? 明らかに普通じゃない。あんた、私たち全員、殺すつもり?」
「……」
アイは「ごめんなさい」と俯いてしまう。
アヤネは「はぁ……」と溜息を漏らし、「ほら」と手を差し出す。
「行くわよ。いつまたさっきの奴が戻ってこないとも限らないわ」
「ありがとう、ございます」
アヤネの手を取り、アイはおぼつかない脚に力を入れて立ち上がる。
「ごめんなさい。わがままを言いました」
小さく頭を下げる。
ラインは彼女の頭に手を乗せ、
「その優しさは別のところで使え。今は不要だ」
「はい……」
親に諭される子供のように、アイは下唇を噛む。
「すぐにオーベットへ帰還する」
手掛かりになりなそうな男は殺された。しかしギャングが廃都から姿を消した原因には辿り着いた。
インスマン社の関与に関してはまだ状況証拠すら掴めていない状況ではあるが、あの黒い外套のオンナとの接触が、今後何かしらのアクションに繋がる可能性は高いと思われる。
或いは、既に水面下から、小隊は言い知れぬナニモノかのメによって、動きを覗かれているのかもしれない――
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