10.サツリクエンブ
来た道を戻り、一度外に出て時計塔に向かう。
外から改めて見上げてみると、本来は一階と三階でそれぞれに時計塔と渡り廊下で繋がっていたようだ。しかし、三階部分の連絡橋が落ち、一階の通路を潰れてしまったようだ。
時計塔に入ると、上を目指す階段と、下へ口を開けた階段がすぐ視界に入ってきた。精算機の筐体が残っているところを見るに、地下はおそらく駐車場だと思われた。
庁舎以上に外からの光が入ってこないため、ライトの灯りがなければまるで先が見えない。
地下への道中にも、惨殺死体は転がっていた。踊り場には転がり落ちた複数の骸が折り重なっている。
「なんだか、うつ伏せで倒れてる方が多い気がしますね」
「まるで、ナニかから逃げてたみたいだな」
アイとヴェインは骸を見下ろす。
「やっぱり、インスマン社が関係してるんでしょうか?」
「さぁな。それを調査しに来たわけだが、今のところ連中に繋がりそうな痕跡はないな」
階段を下り切ると、広い空間に出た。
周囲を照らしてみると、朽ちた旧車の残骸がいくつか転がっている。手前には警備室、柱が等間隔に並び、床には薄くなった白線の跡が見て取れる。やはり、ここにもギャングたちの骸が打ち捨てられていた。
「どこに行っても死体ばかりね」
アヤネがライトに照らされた骸を前に嘆息する。
「……」
ラインたちはそれぞれ別の方向にライトを向けて周囲を見渡す
「え? あ、あの!?」
と、アイがある一点を注視する。
「どうした?」
「あの、警備室の中!」
「警備室……」
アイの指さす先の全員の眼が移動する。
「? ないもないわよ?」
「いえ! えと、ライトを消してみてください!」
興奮した様子のアイ。ラインがまず灯りを消し、アヤネとヴェインも首を傾げつつもそれに倣った。
再び、全員の視線が警備室に集中。
すると、
「え? 何か、光ってる?」
アヤネとヴェインが目を見開いた。
真っ暗な空間の中で、薄っすらとではあるが、確かに光源が確認できたのだ。
再びライトを点け、一行は警備室の中に入る。
壁に並んだ複数のモニター。その下に見える操作パネルのLDEが、ほのかに緑色に発光していたのだ。
「これ、もしかしてまだ動いてるんじゃないですか!?」
「ああ……驚いたな。まさか廃都で生きた機械を見かけるとは。だが、電源はどこから」
「おそらく自家発電システムとバッテリーがまだ動いてるんだろう」
太陽光か風力か、はたまた水力かは不明だが、とにかくこの庁舎の機器は、かつての災害や戦争を経てなお、無事に稼働を続けていたようだ。
「これ、もしかして監視カメラの映像とか表示できたりしないでしょうか?」
「どうだろうな……? バッテリーが生きてても、カメラまで無事かは……」
顎に手を当てるヴェイン。
ラインはパネルを見下ろし、モニターのスイッチと思われるピンを弾いてみる。
途端、モニターのいくつかが明滅しつつも、映像を映し出す。ほぼ砂嵐のようなノイズが奔る画面ばかりの中に、なんといくつか不鮮明ながらも外の様子が確認できるカメラ映像が残っていた。
「嘘だろ。こんな廃墟で、まだ生きたカメラが残ってたのかよ」
「驚いたわね」
映像はこの地下駐車場や、庁舎の一部を映したものだ。
数あるモニターの中で三つだけ。だが、これはかなり有力な情報を得る手掛かりになる。
「これ、映像データを遡れないでしょうか!?」
記録データを読み込めれば、あるいはこの庁舎で起きた出来事をについて何か判るかもしれない。
「いや……それはおそらく無理だ」
「え?」
「見ろ」
ラインはパネルを指さす。
それを目で追ったアイは、「あ……」と気付かされた。
興奮で見えていなかった。この操作パネル、電源スイッチは確かに無事だったが、それ以外は中の基盤が剥き出しになるほどに破壊されてしまっていたのだ。天井から瓦礫がパネルに落下したようだ。
これでは映像を切り替えることも、過去の映像データを読み込むこともできない。
「残念だが、これではどうしようもな――」
「いいえ。多分、これなら『大丈夫』だと思います」
次へ向かおうとするラインに、アイは言った。
「大丈夫って……これじゃどう考えても操作は無理でしょ。この時代の機器にはダイブ機能なんてないし、内側から操作することもできないのよ?」
「はい。本来であれば、そうだと思います。でも、『わたし』なら」
アイはパネルに右手を乗せた。
何をするつもりなのかと訝しげにアイを見つめるアヤネとヴェイン。
ラインはアイの隣に近付き、彼女の横顔を見下ろす。
彼女はなにか迷いを覚えているかのように俯き、空いた左手で胸を抑えている。
「やらなきゃ……怖がっちゃダメ……大丈夫、大丈夫……慣れてるもん……わたしがどう見られるかなんて……だから……やるの……」
ようやく、こんなモノが役に立ちそうなんだから……とアイは意を決したように目を開く。
隣に立つラインに目をやり、彼女は「驚かないでくださいね」と言った。
「ちょっと、あなたさっきからなに言って――」
「行きます!」
アヤネがアイの肩に手を置こうとした瞬間、アイの眼がほのかに光を発した。
その時には、アイの意識は、電子の海へダイブしていた。
途端、これまでずっと同じ場所を映し続けていたモニターに変化が起きた。
「――PASS解析――タイプログ参照――セキュリティ解除――監視システムへ侵入――記録閲覧モードに切り替え――」
モニターに表示された、旧暦の時間表示が、徐々に遡って行くのが見て取れた。
「なによ、これ……?」
アヤネが呆然と映像を見上げた。
巻き戻っている。映像は昼間から夜に、夕方に、また昼間に――
「――(どこ? この建物に異常が起きた時間……)」
アイは監視カメラのジャンプ機能を起動させる。
1か月前の映像を呼び出す。ここじゃない。もう中は事が終わった後だ。
2か月前……映る骸の鮮度が上がった。血も乾ききってない。この辺りだ。
1日おきにジャンプする。
3日前……変化なし
5日前……変化なし。
1週間前……深夜――
「「っ!?」」
不意に、映像の中で動くモノを四人はそれぞれの視点で捉えた。それは、生きた人間。ギャングたちの姿であった。
音はない。映像の中で、彼等はドラム缶に火を入れ、その周囲に集まり酒を煽っていた。
そんな彼等の背後。映像の端には。手足を縛られて床に転がされている、裸身のショウジョの姿も見て取れた。
どこからから攫ってきたのか。カノジョは口に布を噛ませられ、肌は随分と汚れている。
「どうなってるのかはよく分からないけど、これ、過去の映像ってことよね」
「だろうな……あと、ここにリオとリンを連れてこなくて正解だったな。こんなもん、あいつらには見せられねぇ」
「……そうね」
ヴェインは苦虫を噛み潰すように画面を注視する。対してアヤネは、冷めた目つきで画面を見上げていた。
映像の中で、ショウジョは不意に男に髪を掴まれて引き摺られていく。僅かに抵抗するような素振りを見せつつ、男に腹を蹴り飛ばされると大人しくなった。画面から姿が消え、しばらくすると他のギャングたちもぞろぞろと画面外に移動を始める。
映像の外でなにが行われようとしているのか、考えなくても予想ができた。
「っ――映像を、早送り――」
アイは咄嗟に唇を噛んだ。パネルに乗った手の指に、力が入ったのがわかる。
映像の中では絶えずギャングたちの動き回る姿があった。
3時間ほど早送りしただろうか。
ふと、映像に変化が生じ始める。画面内のギャングたちの挙動が慌ただしくなってきたのだ。
ラインたちは画面を注視する。
直後――それは起きた。
先程、ショウジョが消えていった画面から、数人の男がナニかから逃げていく様子が映し出されていた。
すると、彼等の背後から、真っ黒な外套を纏ったヒトカゲが出現。僅かに覗いた白い二本のウデが、若いギャングの首を掴み、
「「「っ!」」」
頭を体から捩じ切った。
間欠泉のように血が噴き出し、白かったウデと黒い外套を鮮血に染めた。
それを皮切りに、映像には黒い外套のナニモノかの姿がいくつも現れ、逃げまどうギャングたちを追い回し、捕らえたそばから惨殺していく。
銃器やナイフなど用いることなく、外套から伸びたウデだけでギャングを無様な肉細工へと変えていった。
無音の映像の中に、悲鳴と怒号、慟哭が坩堝する光景が広がる。
「はぁ、はぁ、はぁ――っ!」
「む?」
ラインが異変に気付く。アイの体がカタカタと震え始めていた。徐々に呼吸も荒くなり、膝が笑っている。
「いや……いや、いや……」
アイは目を見開いたまま、首を左右に振って床に崩れ落ちる。
しかしその手はパネルに触れたまま、まるで張り付いてしまっているかのようだ。
額には夥しい汗が噴き出し、べったりと肌にまとわりつている。
「やだ、やだ、やだ――っ!」
アイの視界は現在、複数のモニターと同化していた。画面越しに見ているのとは違う。さながら透明な自分が、間近でその光景を傍観しているかのような。
しかもその数は、実際に表示されているよりも多く。
アイはこの瞬間、計『九つ』の映像が同時に網膜へ投影されている状態だった。
ラインたちには見えていない。
しかしこの襲撃前にはそれだけのカメラが残っていたのだ。騒動の中、少しづつカメラが破壊されていく。
映像が消滅するまでの間、アイは俯瞰する視点で、死を視続ける。
人間が解体されていく、さっきまで生きていた人間が、次の瞬間に肉塊となる。
子供が無邪気に蟲を踏み潰すような気軽さ。
肉を裂き、潰し、骨を砕き、臓腑を弄び、血を浴びる。
オトはない。怒号も怨嗟も悲壮も慟哭も狂気も苦悶も絶叫も、カノジョのミミには届かない。
股を裂かれてシんだ。心臓が背中から飛び出してシんだ。顔を潰されてシんだ。腹をバックリと開かれてシんだ。壁をヤスリ代わりに磨り潰されてシんだ。四肢を一斉にもがれてシんだ。ウデが後頭部を貫いてシんだ。火の薪にされてシんだ。下半身を引っこ抜かれてシんだ。
死ぬ、シぬ、しぬ――全部。
尊厳はなく、倫理もなく、道徳なく、慈悲なく、容赦なく、
殺して、コロして、ころし尽くす。
いっそ、壁や床、天井に描かれる血のアートが美しいとすら思えてくる。前衛的ではないか。秩序から生み出される無秩序の芸術。ギャングの描いたグラフティーのなんと陳腐なことか。
なんて生命力に満ち満ちた光景であろうか。生き足掻こうと逃げまどう人間たちの躍動はまさしく命の火そのもの。
舞い散る血肉に強く、強く――魅入られる、嫌悪する。
もしもここのカメラが全て生きていたなら、いったいどれほどの死が視界を埋め尽くしたのだろう。
アイは瞳から涙を溢れさせてえづき、
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――っっ」
内にあるものを吐き出した。何度も何度も。食べた物を全て出し切ってなお、腹が痙攣して胃液が喉を焼く。
「おい! アイ!」
「ちょっと! どうしたのよ!?」
ヴェインとアヤネがアイに駆け寄る。
尋常でない様子のカノジョをパネルから引き剥がそうとする。
しかし、
「待て」
ラインは二人に制止を掛け、吐瀉物で汚れた床に膝を突き、ショウジョの頭に手を乗せる。
「――カガミ」
「――……あ」
アイが、ぐちゃぐちゃになった顔を上げる。
今の自分の意識は、監視カメラのシステムの中にある。なのに、ジブンのメに、見覚えのあるような……黒髪のショウジョの幻影を見た。カノジョはコチラに手を伸ばし、頭に触れてくる――瞬間、アイの意識はシステムからはじき出された。
視界は警備室へと戻り、自分の顔を覗き込んでくる三つの貌を認識する。
「ライン、さん……」
「戻って来たか」
「はい……」
虚ろな瞳。異常に重い体。痛む目元、焼けた喉。ギリギリと締め付けられるような頭。
すごく、疲れた。
すぐに目を閉じたい。でも怖い。まだ網膜にさっきの光景が焼き付いている。意識を手放したいのに、アレを思い出したくない。
警備室のカメラには、全てが終わったあとの、死の残り香だけが映り込んでいた。
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