9.コンセキ
オーベットの廃都をAT小隊のバギーが走り抜けていく。
ひとは廃都を見ると灰色と表現する者が多い。
だがそれは人間をみたらぜんぶ肌色と言ってるのと同じだ。
廃都は廃都で個性と色を持っている。
東中華の廃都はくすんではいるが騒がしく鮮やかで、豊かな色彩の名残が見て取れる。
セハイズの廃都は磯臭く青味がかっている。いや、青白い、か……とにかく寒気がするのだ。
そしてここ、オーベットの廃都にも、そんな肌で感じられる程度には個性がある。
西洋文化を彷彿とさせる煉瓦づくりの建物に、漆喰の白が混じった薄い赤とのコントラストがまず目をひく。
高層ビル群がない代わりに、教会や聖堂といった建物の尖塔が上に伸びていた。
この廃都は、かつてここに住んでいた人間の生活様式を感じさせる。
しかし建物を見るに、最近まで何者かに荒らされた真新しい痕跡が見て取れる。
通りの壁には品のないグラフティーアートが描かれ、容器などのゴミが散乱していた。
「うわぁっ!」
瓦礫を踏んでバギーの車体が大きく跳ねた。後部座席でアイはピラーにしがみ付く。
「ちゃんと捕まってないと落ちるかもね」
「は、はいぃぃ……」
アヤネに言われ、アイはへなへなとした顔で、しかし座席をしっかりとつかんだ。
「はははっ。ベルトを巻いてればそうそう落ちんさ」
運転席でヴェインがアイに振り返る。彼女は車体の揺れとは別に小刻みに震えていた。
「うぅ……この車、なんで屋根がないんですかぁ……」
「そりゃ、こういう車だからな」
カビ臭い風が髪を靡かせる。
オーベットの廃都は通りがほぼ整備されておらず、バギーは小さな破片をいくつも乗り超えて都度、跳ねる。
助手席でラインはホルジュムを手に廃都のマップを確認する。
「ヴェイン、次を左だ」
「了解」
ヴェインがハンドルを切る。すると、またしても瓦礫をタイヤが踏み、バギーが衝撃と共に飛び跳ねた。
「ひゃあぁっ――んぐっ!? ……しは、はみまひた(舌、噛みました)」
「それだけ騒げば当然ね」
「うぅ……」
アイは口を押えて涙ぐんだ。
ラインのナビでバギーを走らせること20分。
かつての政府庁舎と思われる大きな建物に到着した。
ここはオーベットのジャンク屋から聞き出したギャングのアジトのひとつだ。
中央に立つシンメトリーの庁舎は四階建てで、正面から左手には時計塔が立っている。しかし文字盤は所々が欠けており、針は二本とも失われていた。
かつては美しい外観を持った建物だったのだろう。
しかし崩壊と戦争、重ねた年月は土地ごと辺り一帯を風化させた。
「なんだか、悲しい建物ですね」
「まともに形が残ってる分、余計にそう感じるのかもしれんな」
「まぁ、だからギャングのアジトにも使われたんでしょうけどね」
ヴェインとアヤネはアイの隣に立って庁舎を見上げた。
バギーの後部の荷台に積まれたコンテナをラインは漁る。
「全員、これを持っておけ」
「っ!? これ、って……」
不意にラインから手渡されたものを前にアイは眉を潜めた。
手の平に伝わる冷たく重い感触。
「これ、本物の銃、ですか?」
「そうだ」
「そうだ、って……いいんですか? だって、こういう武器って」
「たしかに一般人が所持していたなら重罪だ」
今の人間社会における最大のタブーは以下の通りである。
――殺人、
――人間をモデルとしたアンドロイド、及び疑似生命の創造、
――殺傷兵器の研究・開発・製造、
――人体のサイボーグ化、
の四つとなる。
ゼロサム大戦後。世界はWLPO指導の元、兵器の製造、所持を著しく制限されることになった。そしてこれらの製造された武器はその所持を厳しく取り締まられ、WLPOが発行している許可証を所持しない個人、組織の所持は重罪であり、その理由を問わず懲役刑が課される。
包丁、ナイフといった日常品も、鋼やステンレス製の物はほとんど見かけない。一般の商店で扱っているものはその大半がセラミック製となっているくらいだ。
それだけ、武器になりえる物を極力日常から排除しようという動きがあるのである。
そうすることで少しでも、人間を殺しづらくする社会を作ろう、という狙いだ。
だが、どんな道具も武器にしようと思えばできてしまう。
しかしこれは本来の使用用途に寄らない曖昧さである。故に所持そのものを取り締まることはできない。
ただ、今しがたラインが手にしたような銃は『明確武装』と定義され、内包された概念が『殺人・被創造的破壊』を前提として存在する物、として扱われる。
こういったものを取り締まるのが、WLPO、ひいてはWDCの役割の一つなのである。
「確かに俺達は世間的には非公式な部隊だ。当然公に所持が許可されているわけではない。が、身を守るために必要であればこういった物を持たなくてはらない時もある」
「ついこの前、私とあなた、襲われたのよ。またああいった手合いと顔を合わせる可能性もあるわ」
「それは、いざという時はこれで相手を撃てと、そういうことですか?」
「そうよ」
アヤネはマガジンを装填し銃身をスライドさせると、セーフティーを解除した。アイはただ、呆然とそれを見届けた。
「撃ち方は分かるか?」
動揺を見せるアイをヴェインが気遣う。しかしアイは「大丈夫、です」とアヤネの動作を真似る様に銃を目覚めさせる。
……こんなモノ、ずっと寝てればいいのに。
アイは唾を吐きたくなった。訓練の時も、これを撃つたびに嫌悪を覚えたものだ。
と、ラインが彼女を追い越して庁舎に向かう。
「撃たなくていいなら、その方がいい……こんなもの、存在そのものが間違ってるんだからな」
「え?」
アイはラインの背中を見た。彼は真っ直ぐに、なんのブレもなく先を行く。
ほんの少し、彼の銃を扱う手つきが。普段にもまして乱雑なように思えた。
※
庁舎の中は薄暗かった。埃とカビの臭いが鼻をつく。ラインたちはライトで辺りを照らす。庁舎内部は瓦礫が散乱する他、想像以上にひとのいた痕跡が残っていた。
外の壁に描かれていたようなグラフティーが乱雑に壁を汚し、食べ物や飲料の容器が散乱している。ドラム缶が部屋の各所に配置され、中で廃材などを燃やしてたいようだ。灯り代わりか、暖を取っていたのだろう。
ほんの少し前まで、ここで生活していた誰かがいたのは確実だ。
しかも、
「――うっ!?」
アイは咄嗟に口と鼻を腕で覆った。
「こいつは」
「……考えてなかったわけじゃないけど。これは、想像以上ね」
ヴェインとアヤネが眉根を寄せた。
庁舎の入り口から僅かも歩かない内に、ソレを見つけた。
腐敗が進み、強烈な悪臭を放つ、人間の遺骸。
しかも一つや二つではない。視界に収まるだけで、軽く十体以上はあるだろう。
「これ、もしかして全部……」
「おそらく、ここを根倉にしていたギャングたちだろう」
ほとんどの骸が激しい損傷を受けていた。
手足の欠けたモノ、頭部のないモノ、ゾウモツを溢れさせるモノ……
いずれも腐敗が進み、カラダの半分以上が崩れ落ちていた。腐肉には蟲が湧き、逆に血痕は乾ききって、黒く変色している。
アヤネが骸の一つに近付き状態を確認する。
「……これ、どういう死に方よ」
「ア、アヤネさん、平気なんですか?」
「別に。こういうのは見慣れてるの。ただ、今回のちょっと壊れすぎてるわね……銃創はなさそうだし、刃物で斬られたって感じとも違う……」
まるで小型重機にでも無理やり解体されたみたい、とアヤネは分析した。
しかしそれにしては庁舎の中があまり破壊されていない――崩壊の跡は別にしても――ように感じられる。
ギャングたちの死に方と現場の状況が一致しないことにアヤネは気持ち悪さを感じだ。
「隊長、どうしますか? 奥に行ってみますか?」
「そうだな。もう少し調べてみよう。お前は大丈夫か?」
ラインがアイに振り返った。
「……大丈夫。平気です」
とてもそうは見えない顔色だ。しかし庁舎の外でひとり待機してもそれはそれでどんな危険があるか分からない。
明らかにここのギャングたちの死因は自然的なものではないだろう。だとすれば、ナニが彼等を殺したのか――
「行くぞ。ヴェインは後ろを警戒しろ」
「了解」
4人はラインを先頭にアヤネ、アイ、ヴェインの順に建物の奥へと進んでいく。
周囲を警戒しつつ、庁舎の中を見て回る。
各階を時計回りに調査し、階段を上がって同様に次のフロアを調べていく。一階の一部は瓦礫で埋まり、三階部分は一部の壁が崩壊し外気に晒されていた。向こう側に時計塔が見える。
各フロアを調査しつつ、一行は屋上まで上がり、開けた空に一息ついた。
「なにもありませんでしたね」
「そうね。死体以外、これといってなにかあったようには見えなかったわ」
「大将、どうする?」
「……下に戻ろう。この施設、どうやら地下もあるようだ。行けるならそちらも調べてみよう」
「え? でも一階にそれらしい階段はなかったと思いますけど……」
「ここに来るまでに施設のマップを見つけた。どうやら向こうの時計塔から降りられるようだ」
ラインの提案を受け、一行は地下を目指すことにした。
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