6.ヒソム、マチ

 セハイズ北西部の街『オーベット』――


 昨晩からキャタピラーを走らせ、正午を回った頃。AT小隊はオーベットに入った。

 草木一本生えない荒涼とした大地がひとの生活圏を侵食している。


 しかし遠目に窺えるその街並みは、白い壁に赤い屋根の家々が並び、景観だけは優れているように見えなくもない。


 が、それも蜃気楼のような錯覚でしかなく、町に入った途端に可視化された綻びは、この場所の荒廃具合を明確にした。

 整備が行き届いていないのか、街を走るストリートは好き放題に荒れ果てている。隆起したアスファルトを踏み越える度にキャタピラーの車体は大きく揺れた。


 しかしオーベットは外周部こそ閑散としているが、町は中央に近付くほどに人口密度が増して生活の活気が見え始める。

 オーベットは南部に商店が並び、東部に行くにつれて工業地帯となっている。そこから先に一歩踏み出すと隣接した廃都が見えてくる。しかし他の廃棄都市と違い、町が隣接している関係からかゴロツキたちのたまり場と化していた。町の北西部は居住区が多く、オーベットは用途で土地が分離した構造となっている。


 人口は2万弱。廃都が隣接する関係もあって、時に有用な資源を回収できることもある。ただ、最近は廃都を根倉にしているゴロツキがギャング化し、回収が難航しているという話だ。


 キャタピラーは住民の関心を引きつつ中央通りを抜け、一件の建物の前で停車した。

 商店街と工業地帯との間に建つうらぶれた二階建築。数年前に閉鎖された、工場就労者のための社員寮、ギルマン寮である。

 風化した煉瓦の外壁。切妻の建物が横一列に並ぶ区画にあって、この建物は円屋根である。赤茶けた煉瓦の表面に浮き出た赤土がまるで錆のようだ。風雨に晒されてきた年月を思わせる。


 或いは、この姿こそが、オーベットがこれから辿る未来がであると、そう暗示されているようでもあった。


 白い塗装が剥げた扉の前に一行は立ち、ラインが呼び鈴を鳴らした。

 しばらく待つと扉が開き、中から一人の女性が姿を見せる。


「……どちら様でしょうか?」


 閉鎖された建物に女性……彼女は長い前髪で瞳を隠していた。三角巾にエプロンとハウスキーパーのような恰好をしている。

 彼女はラインたちを警戒するように半身だけを出して応じる。ラインは懐から白地に『何も』書かれていないカードを取り出し、女に手渡した。


 途端、彼女の雰囲気が切り替わる。


「少々お待ちください」


 女はラインが手渡したのと同じカードを取り出すと、二枚を重ね合わせる。

 すると、先程まではなにも書かれていなかったカードに文字が浮き上がる。それはラインがWDCの実働部隊所属であることを示す内容だった。彼女はそれを目でなぞり、ラインたちを見渡すと「失礼しました」と腰を折り、扉を開けて一堂を中へと招き入れる。


「お待ちしておりました。どうぞ中へ」


 女性に促され、ラインたちは建物の中へと入って行く。

 床に積もった埃の幕に足跡を刻み、彼女の背中を追いかけて奥へ進む。

 かつて寮の利用者たちが使っていたリビングルーム。すぐ隣がダイニングになっている。ここに来るまでの通路と違い、この部屋は清掃が行き届いている。


「先ほどは誠に失礼しました。AT小隊の皆さまですね」

「そういうお前は、WDCのエージェントか?」

「はい」


 彼女はラインのものとは違う、クリアブルーのカードを取り出してラインに見せた。やはり何も書かれてはいないが、それだけでラインは納得したように頷く。


「早速ですが、状況の引き継ぎをさせていただいても?」

「構わない」

「ありがとうございます」


 エージェントは頭を下げ、全員がダイニングのテーブルに腰掛けたところで彼女から町の現状を知らされる。


「インスマン社のプラント稼働状況については外から見た限り、特に変化はありません。これまでに何度かWLPOが視察の名目で製造品を確認しましたが、全て一般的なVR機器の半導体でした」


 WLPOやWDCに目を付けれていることを察知しているのだろう。かなり慎重に動いているようだ

 臆病になった対象を相手にするとなれば持久戦となる。長期的に相手の動向を警戒し続けるのは精神を摩耗する。

 この任務に他の部隊が合流してくる予定はない。実働部隊は表向きには存在しない部隊であるにも関わらず、その稼働頻度は多忙の一言だ。


 つまりは、それだけWLPOのやり方に反感を持つ人間が多いという事だ。


 しかしそうなると隊員のメンタルケアが面倒そうだ、とラインは内心で嘆息する。

 特に今回はまだ実地任務の経験に乏しい人材が一人いる。

 ラインは少し離れた位置に座るアイを横目に盗み見た。


「住民の中でインスマン社に務めている者は皆無です。全ての職員が外から出向してきた者たちとなっています。社員寮で、既婚者はなし。おかげで配偶者に接触する手段はとれそうにありまりません」

「身内だけで行動か。外から探られる危険性も排しているとなると、随分と徹底しているな」

「それだけ規模の大きい企てがあるのかと……私も資料は拝見しましたが、製造されている武器の数や種類の豊富さはいささか異常です。まるで……これから『本物の戦争』でも始めようとしているとしか思えません」


 まぁ、相手が誰かはまるで分かりませんが、とエージェントは言った。


 資料には銃火器類の他、かつてゼロサム大戦で猛威を振るった半人半獣の機械人形、《P・T》の姿が撮影された画像データも散見された。

 半人兵器P・T。

 百年前のゼロサム大戦時、人類はその一機で戦局を覆すほどの戦略兵器の開発に着手した。それが人型兵器の開発プロジェクトである。


 しかし人材・資源に乏しかった各国は実際の人型を完全に模した兵器は開発コストのわりに戦局に合わせた汎用的な運用――特に不整地などでの使用――が困難なこと。または完全な人型であることでのデメリットとして、脚部を片方でも喪失すれば自立が難しく歩行はほぼ不可能などの理由で開発は見送られた。


 それでも単騎で複数の戦術を取れる人型兵器の開発は半ば強引に推し進められ、従来の兵器に人型の上半身をとり付けるなどして問題を無理やりクリアしたのだ。

 例えば戦車に人型の上半身をとり付ける、あるいはクモのような他脚構造を用いるといったものである。他にも、飛行ユニットを背部・下半身に搭載するなど、半分『しか』人型でないことから、ソレは半人兵器と呼ばれることになる。


 多数の武装を同時に扱うことができるという汎用性の高さもあり、P・Tは戦場で多くの命を奪ってきた。


 故の《テイカーズ》。略奪者の異名を与えられたのだ。


 現代においては武装を解除し、《ギガントアルバドロイド》、通称 《ギアロイド》という名の重機として運用されている。

 かつて兵器として破壊と殺戮を振り撒いた兵器が、今では物を作り出す重機として姿を変えた。それを皮肉と取るか、平和な世の象徴とするかは捉える人間で変わるだろう。


「……仮に物的証拠を持ち出せたとして、WLPOが動く前にこれを稼働されてしまえば面倒なことになるな」

「はい……P・Tの再度の出現は世界に大きな影響を及ぼすと考えていいでしょう。自衛と称して、各国で兵器を開発する流れが生まれかねません」

「そうなれば――」

「またどこかで、本物の戦火が上がる可能性は高いかと」


 WLPOとしては最も避けたい事態だ。人類は確かに現状でも苦しい生活を強いられている。それでもこれまで、大きな諍いもなく、人口もこの百年余りで着実に増えて来た。

 食糧供給、土地不足など、解決しなくてはならない問題は確かに山積みではあるが、人類の再生の道は、確かに進みつつある。


 エージェントの女は胸に手を当て、ラインを真っ直ぐに見つめた。


「個人的なことを言わせてもらえば、WLPOの理念の体現、人類維持の観点から見れば、このプラントはすぐにでも破壊すべきと考えます」


 彼女は言った。

 だがエージェントとして感情で考えて行動することは推奨しかねる。


「君は高潔なようだが、あまりエージェントには向いているようには見えないな」

「……自分もそう思います」


 彼女は苦笑した。

 己の未熟さを理解している。それでも今の職務にホコリを持っているようだった。


「こちら、侵入したエージェントが記したプラントの見取り図です。かなり限定的ではありますが、ないよりはマシかと」


 エージェントはラインにひとつのマイクロディスクを手渡した。


「感謝する」

「いえ……それと、直接関係があるかは分かりませんが、プラントが稼働してから、廃都のギャングが姿を消しました。私も実際に現地を確認しましたが、確かにひとの気配はありませんでしたね。同時に、町の住人が一時的に姿を消す、という事件も起きました」

「失踪事件か……一時的、というのはどういうことだ?」

「厳密には、失踪事件と言っていいかどうか……というのも実際は、

 ――誰も失踪はしていないのです」

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