1.カイニュウ

――ネットニュースの記事より一部抜粋――


『セイレム、ウォーゲームを中止』

10月31日。17:00。セイレム連邦共和国 (セイレム)はブリトン帝国 (ブリトン)に宣戦布告。


世界人類維持機構 (WLPO)は翌11月3日14:00にこれを承認。戦争管理委員会(WDC)監督の元、ウォーゲーム(ゲーム)の実施が決定した。終戦期日は11月30日。20日間と設定された――


同月十日8:00に開戦をWLPOが宣言。同日、サーバー6にてセイレム、ブリトンの両軍は戦闘に入った――

戦闘から5時間後の13:00にて戦闘は終了。中継映像も切断された。これにWDCは「ゲーム中にシステムの不備が発見された。改善しだいゲームを再開する」と回答――


翌11日10:00。WDC及びセイレム政府は、システム復旧の目途が立たない、などと説明。政府はゲームの中止を正式に発表した――



 

――セイレム地方紙より一部抜粋――


『ウォーゲーム参戦者七名が死亡。新システムによる不具合が原因か?』


 11月10日に開戦したブリトン帝国 (ブリトン)とのウォーゲーム(ゲーム)に参戦していた200名の内、7名が戦闘中に死亡したことを政府が公開した。


 これによりゲームの中止が政府より正式発表されたが、原因については「調査中である」とのみ回答された――


 先のゲームにはインスマン社製の新戦術システムが採用されていたが。専門家はこのシステムによる不備が原因で起きた事故ではないのかとする意見が出ているが、詳細は明かされていない――


 なおシステム開発元であるインスマン社側は「テストプレイ時における問題はなかった」とシステムと事故との関連を否定している――

 

 ※

 

 現実世界での戦争はコスパが悪い。


 投入したリスクに対してリターンが等価である保証もなく、失うことが前提だ。

 しかもその規模は、算術級数的ではなく、幾何級数的に戦火が拡大していく。


 故に、人類は消耗のリスク軽減を図るため、戦争の舞台を――電子の海へ変えた。

 

 ※

 

・AT小隊:作戦参加六名【以下コードネーム(C):参照】

・【Ⅽ:ヴォーグ】――《GE社潜入・制圧》

・【Ⅽ:トロイ】――《GE社潜入・制圧》

・【C:テルー】――《サーバー88強襲・停戦》

・【Ⅽ:ホーネット】――《サーバー88強襲・停戦》

・【Ⅽ:ラッヘ】――《サーバー88強襲・停戦》

・【Ⅽ:オーズ】――《サーバー88強襲・停戦》



 

 再生歴157年・7月上旬――


 デオス連合王国とアルカ共和国。双方の勢力が衝突するVRの戦場。


 荒野を模したステージ。砂塵のエフェクトを引き裂いて、一発の弾丸が軌跡を描く。


『――ヒット』


 反動で揺れるコクピット。アヤネ【Ⅽ:ホーネット】は対象をスコープ越しに観察する。

 大口径スナイパーライフルから発射された弾が、デオス側の強襲用軽陸戦車の側部を捉えた。


 しかし、アヤネは口の端に引っ掛かった赤い髪を払うと、左右で色の違う青と緑の瞳を細めて口角を歪めた。


『ちっ……ダメージ無し。冗談でしょ』


 呆れた声音でアヤネは言った。

 対艦砲クラスの威力を持つスナイパーライフルの一撃を受けてなお、戦車は健在であった。


『これはもう確定ね』

「ああ、確実に違法なツールを使ってる。完全な条約違反だ。ホーネット、ドローンに捕捉される前にB12エリアへ移動を開始しろ」

『了解』


 アヤネと通信を接続したヴェイン【C:テルー】は眉を潜めると、短い黒髪を乱暴に掻いた。黒い瞳が閉じられて、溜息すら漏れてくる。


『で、どうするよ副隊長殿? あれじゃ突っ込んでも攻撃なんて通らねぇぜ?』


 別の通信窓がカイン【Ⅽ:ラッヘ】の顔を映し出す。

 彼の緑の瞳は皮肉気に曲がっている。普段は無造作にまとめられただけのダークブラウンの髪も、VRだとデフォルトされて多少はまともに見えるから不思議だ。


 ヴェインは『外』との回線を開き、リオ【Ⅽ:トロイ】と接続する。


「トロイ。そっちの状況は? こちらは証拠映像を確保した」

『OK! こっちはさっき隊長と一緒にGE社のサーバールームを制圧したよ!』


 窓の向こうでリオが親指を立てた。短めのハニーブロンドがポニーにまとめられ元気に揺れている。彼女は青い瞳は笑みを形作り、上がった口角の隙間から八重歯が覗く。


「なら――」

『うん! いつでも状況開始して大丈夫! 装甲値をぺらっぺらの紙にしてあげるから!』

「だ、そうだぞ、ラッヘ」

『そいつはいい。これでこっちは相手を一方的に取れるってわけだ』


 カインはパンと手を打ち鳴らした。その隣に表示された窓でリン【Ⅽ:オーズ】は姉の姿を前に破顔する。


『さすがは隊長とトロイです。仕事が速いですね』


 合わせ鏡のような二人の顔が通信窓に並んだ。姉よりも長い髪とその顔立ちにいつも性別を勘違いしそうになる。


『ここは一気に殲滅してやろうぜ』

『ラッヘ、油断は禁物ですよ。ボクたちの活動は非公式なんですから。デオスはともかく、アルカ側はまともに相手をしないといけません。戦力は両軍合わせて戦車が六十、ドローンが二百以上です。しかもこの戦場にも、例のシステムが紛れてる可能性だって……』

『分かってるよ。相変わらず真面目だな、オーズは』


 緊張感のない部下たちに苦笑するヴェイン。ふと全員のコクピットに新たに窓が開かれる。


『――こちらヴォーグ。テルー、応答しろ』


 通信にその男……ライン【Ⅽ:ヴォーグ】が顔を出した瞬間、無駄口が止まり全員の顔が引き締まった。伸ばされたグレイの髪の隙間から覗く鉄色の瞳に見つめられ、全員の緊張感が高まる。


「こちらテルー。現在デオス側が違法ツールを使用しているのを確認した」


 ヴェインの報告に窓の向こうでラインは頷く。


『よくやった。引き続き作戦行動を継続。両国の司令部を潰して強制停戦させろ』

「了解! ラッヘ、オーズ! インビジブルコート解除! 戦闘準備!」

『ラッヘ、インビジブルコート解除、戦闘準備よし』

『オーズ、インビジブルコート解除、戦闘準備、よしです』


 二人の喚呼と同時にアヤネから通信が入る。


『ホーネット。B12エリアへ到着。追跡なし』

「よし。ホーネットはアルカ前線の重戦車を狙撃。隊列に穴を空けろ。俺とオーズでアルカ軍司令部を叩く。ラッヘは一直線にデオス軍司令部へ侵攻、無力化しろ。ホーネットは第一射後、ラッヘのサポートだ」

『『『了解』』』

「作戦開始!」


 ヴェインの号令と同時に、荒野フィールドの一角に揺らぎが生じた。

 岩場の陰から、サンドベージュの装甲を持つ人型……否、半人半獣の異形が姿を現す。


《パワード・テイカーズ》――通称P・T

 機体識別――《AA―MA3・アトラック》


 上半身には両の肩部から伸びた二重の多積層防御装甲、マニピュレーターには『アーマーブレイク』の異名を持つ長銃身ライフル《TB―Ⅱ》を装備。頭部で光る四つのカメラアイが敵機を捉え、節足動物を模した下半身が機体を支える。


 その威容は神曲に登場する蜘蛛の怪物。


 背面と脚部に内蔵された推力スラスターに火が入り、《アトラック》は進行を開始した。

 かつて、《ゼロサム大戦》で猛威を振るった力を、カレらは電脳の戦場で遺憾なく発揮。


 敵を一方的に蹂躙していった――

 

 ※

 

 同時刻。深夜11時。


 真っ暗な企業オフィスの一室。床に数人のスタッフが昏倒している。


「トロイ、AT小隊の状況は?」

「五分前に介入行動を開始。もう少しで両軍の司令部を制圧できるはずです」

「よし。GE社本部のサーバールームは制圧した。ツールの開発データを監査班に流しておけ。どうせ今も外で待機しているはずだ。さっさと連中に仕事をさせてやれ」

「了解!」


 リオは空中投影されたモニターを視界にデータを送信していく。


 彼女が作業に入ったのを見届け、ラインは床に転がった男の一人に近づく。

 血走った眼でラインを見上げる彼の名は、ティーボールド=T=ゴードン。

 VRウェポンクラフト、GE社の代表取締役である。


「ちっ! 《人維(じんい)の犬》が……なにが人類救済だ! 所詮は世界を支配したいだけの独裁者共ではないか! 国家の威信を掛けた聖戦を土足で踏み荒らすなど、恥を知れ!」


 拘束されながらも、ゴードンはラインに向かって唾を飛ばした。


 GE社はセイレムに本部を持ち、ウォーゲームにおける兵器データ、戦術システムの開発と販売を手掛ける企業だ。


「もうすぐここにWDCの管理部門監査班が雪崩れ込んでくる。お前たちはデオスに違法ツールを流した罪で拘束される。企業の全ては差し押さえられることになるだろうな」

「違法だと! 兵器のスペックを上げただけじゃないか! それの何が問題だというのだ!」

「新規兵器データ、システムおよびツールは、WDCの承認なしにはその運用をしてはならない。それを知りながら開発したツールをデオスへ流し、あまつさえ開発支援と称して賄賂を受け取っていたな。これはれっきとした条約違反だ。貴様らには法の裁きを受けてもらう」


 激昂するゴードンにラインは淡々とした態度だ。ゴードンは自分を見下ろす男の様子に不気味さを覚えた。


「ぐっ! お前らの認可を待っていては間に合うものも間に合わなくなる! デオスは!」

「貴様がデオス出身なのは既に調べがついている。あの国が電子部門の開発に遅れを取り、他国の介入を許さざるを得なかった事実には同情もしよう」


 言葉とは裏腹に、ラインの声に抑揚はなかった。彼は後ろを振り返り、リオを見る。

 彼女はラインの視線に気付き、「転送完了しました!」と敬礼する。


 ラインは頷き、再びゴードンに視線を戻す。


「終わりだ。どんな理由であれ、母国のためと抜かすならお前は手段を間違えたな。あの国は人類維持の名目で、WLPOがすぐにでも吸収するだろう。お前たちは自ら俺達に付け入る隙を与えたんだ」


 ふと、窓の外がにわかに騒がしくなってきた。


「ふん……リオ、例のシステムの痕跡は?」

「ありました。ちゃんと回収もできてます。ただ、マスターデータではないようで……」

「今はそれでいい。これで俺達の任務は完了だ。すぐに撤収するぞ」

「了解」と、リオは引き上げの準備を始める。ここからは自分たちの仕事ではない。


 ラインとリオはゴードンをそのままに、サーバールームを後にした。

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