終末にイモウトをコロしました

らいと

0.ジュウサツ

 先程。ラインは110体目のイモウトの眉間を銃で撃ち抜き、コロした。


 夜闇の中。廃ビルの床に転がったショウジョのカラダ。

 チが床に拡がっていく。


「あ、あぁ……」


 ラインの手から銃が滑り落ちる。


 彼は両手を前に出して、ショウジョの方に歩いていく。

 手が届く距離まで近づくと、ラインは膝を床に突いて、小さなカラダを抱き寄せた。


「あああああああああああ~~~~~~~っっっ!!」


 真っ赤なチに濡れた髪を掻き抱いて、男は泣き始めた。


「あらあら。今回も失敗ですか。これで110体。次で111……記念すべきゾロ目ですね」


 背後でオンナが言った。


 振り返った先にいたオンナは、場にそぐわない白のコートを羽織っている。目を惹く美しい貌。闇に浮き上がる銀色の髪の下で、カノジョは金色の瞳を緩めて嗤っていた。


「……『こんなこと』、あと何回くりかえさないといけないんだ……!」

「おかしなことを言いますね。ソレを作ることを望んだのは、あなたですよ」


 オンナは出来の悪い生徒を相手にするように彼を見下ろした。


「ワタシはいつだって、『こんなこと』は今すぐにお止めになっても構わないのですから」


 ラインはショウジョを抱いたまま立ち上がり、床の銃を拾い上げた。銃口をこめかみに押し当てて、引き金を引く。

 しかし撃鉄が降りても銃弾は発射されなかった。それでもラインは何度も引き金を引く。


「卑怯なヒト。弾は一発しか入ってなかったじゃないですか」

「ぁ……」


 ラインの顔が歪んだ。


 直後、彼は床に蹲ってしまう。ショウジョから伝わる熱の残滓がラインの心臓を抉った。オンナは「あらあら」と柔和に微笑む。


「そんなあなたに朗報です。次のカラダは、うまく出来上がっているみたいですよ」


 ラインは顔を上げた。その目はまるで親にすがりつく子供のようだ。


「ただ……育成が順調だった分、余計なモノまで備わってしまいました」

「余計な、モノ……」

「はい……新しいカノジョは、自我を確立してしまいました。この時点で、既に失敗――」

「どこだ?」

「はい?」

「そのカラダは、どこにある……?」


 ラインは言った。

 オンナは嗤い貌の前で指を組んでしゃがみ、彼の耳元に口を寄せる。


「ワタシの手元です」


 オンナはそれだけを言うと身を放した。ラインの瞳とカノジョの視線が交差する。


「会わせろ。すぐにだ」

「ええ、もちろん……すぐに、会わせてあげます――いくらでも」


 ふふ……、とオンナの微笑が廃墟に木霊する。カノジョはコートの内に手を入れて、保護フィルムでコーティングされたマイクロディスクを取り出す。


「さぁ、頑張ってください。すべてがひっくり返ったこの世界。あなたの望みを叶えるために。ワタシはいくらでも、協力は惜しみませんので……フフフ……」


 ラインはショウジョを抱いて、オンナに銃口を向けた。

 引き金を引く。しかし相も変わらず、銃は何も吐き出さない。


 銃を向けられたオンナは、不気味に微笑むだけだった――

 

 ※

 

 ――200年前。世界が変わった。


 大地が割れた。海が陸を呑み込んだ。大気が荒れた。病が蔓延した。


 後の世で、《転災》と呼ばれる天変地異。


 世界は瞬く間に色を失い、灰色になる。

 命が消えた。多くの命だ。百億を超えた世界人口も、六割が削り取られた。


 人類の栄華は盤面ごと砕かれたのだ。衰亡を始めた文明。一度転がり始めれば、止まることなく落ちていく。


 荒廃した世界。生き残った人類はケモノになった。生きるために。限られた資源を奪い合う。

 道徳も、倫理も、慈悲も、慈愛も、犬に食わせた。

 綺麗な人間性は否定され、汚い生存欲求こそが我が身を助ける。

 殺し、奪い、侵し、喰らう。刃が肉を抉り、引き裂く。火薬が炙り、吹き飛ばす。


 だがしかし。どれだけ殺して奪おうと、今度は自分が奪われる。モノも、命も。


 大地は血と肉の華に覆われる。そんな徒花だけが、灰色の世界を彩った。


 ――《ゼロサム大戦》。


 転災に次ぐ被害を生んだ人災は、世界人口が十億を切った時、ようやく終わりを迎えた。

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