第62話

「過保護です。ザックの時には、臨月近くまで働いていたんですから」


「駄目だ!安定期に入ったからと油断は禁物だ」


「だからといって、移動する度に陛下に抱きかかえられるのは御免です!」


こんな言い合いも日常茶飯事だ。


安定期に入ったからと公務に戻ろうと思ったのだが、陛下が猛反対だ。その上、私が歩いているのを見かけると、私を抱きかかえて移動し始めるのを止めて欲しい。



「ほら、これも食べると良い。美味いぞ?」


「もう私の分はいただきましたから」


「お前は元々細いのだから、もっと食べたほうが良いだろう?」


「ですから何度も言うように、あまり太り過ぎては難産になってしまうのです。医師の皆様が適正な量と栄養を考えた献立を料理長に渡して下さっていますので、これ以上は食べる必要はありません」


「そうなのか?俺には少ないように見えるが……」


ガタイの良い陛下の食べる量に比べれば、少なく見えるかもしれないが、ごく普通の量だ。


こんな調子で私の妊娠が分かってから、陛下の心配が留まる所を知らない。

もう少し放っておいて欲しいとも思うが、必死な陛下を見ると可愛らしく思えて何も言えなくなってしまうのだ。


そして、日中言い争いをした夜でさえも陛下は私を抱き締めて眠る。

このお陰でお互いのわだかまりもリセットされているのだと思うと、この時間を愛おしく思う。


「少し膨らんできたな」

私のお腹をそっと撫でながら陛下はそう言った。


「もうそろそろ胎動を感じ始める時だと思うのですが……」


「胎動?」


「お腹の中で赤ちゃんが動く事です。そろそろ、それを私が感じる頃になるのですが……」


「それは……俺は感じる事は出来ない?」


「ちょうどの時にお腹を触れば、陛下も感じる事が出来ますよ」

と私が言えば、


「アイザックの時は側に居る事が出来なかったからな。こうしてずっと側で変化を見られるのは、何とも神秘的だな」

と陛下は目をキラキラさせた。


「確かに妊娠は不思議ですよね。この中に一人の人間が入ってるんですから」


「あぁ。凄い事だ。お前のお陰でそれを一緒に体験出来る。嬉しいよ」


「私も陛下が側に居て下さいますから、安心して出産に臨めそうです」


「そうか」

と陛下は嬉しそうに微笑むと、


「出来ればその胎動とやらを感じてみたいな」

と言いながら私のお腹を撫でた。すると……『ポコン』とお腹を蹴る赤ちゃんの動きを感じた。


「陛下!今!」

「ああ!凄いな!今お腹を蹴ったぞ!」

と陛下は嬉しそうにもう一度お腹を撫でた。


そして二人で顔を顔を見合わせて


「やはり俺の子だな」「やはり貴方の子ですね」

と微笑み合った。


私達の気持ちを汲んでお腹を蹴るなんて……間違いなく陛下の子だ。


お腹がどんどんと大きくなって、もう少しで産み月という頃、私はやっと王妃教育を終えた。


「これで私が教える事は全て終了です。しかし、王族というのは、日々勉強。これからも精進なさって下さい」

とサイラス女史は自身の眼鏡をクイッと上げた。


「右も左もわからぬ私をご指導下さりありがとうございました。私は決して出来の良い生徒ではありませんでしたが、何とか王妃として陛下の横に並び立つ事が出来ているのも、根気よくお付き合い下さいましたサイラス女史のお陰です」

と私が微笑めば、


「妃陛下の頑張りが全てです。最初はどうなる事かと思いましたけど」

とサイラス女史は少しだけ口角を上げた。……笑っているのかしら?笑顔なんて、初めて見たかもしれない。





「先日、王妃教育が終了したと聞いた」


「はい。やっとですが」

と私が苦笑すれば、


「これは内緒にしておけと言われたんだがな、王族の教育というのは、本来なら何年もかかるものなんだぞ?」

と陛下はいたずらっぽく笑った。


庭を陛下と腕を組んでゆっくりと散歩していた私は、陛下のその言葉に思わず立ち止まる。


「え?そうなのですか??私はてっきり自分の出来が悪く、人より時間がかかっているものだとばかり……」


「お前は決して出来が悪かった訳じゃない。だが、褒めると調子に乗るからとサイラス女史が」


「『根性だけはある』と言われたので、てっきりダメダメな生徒だとばかり思っていました。すっかり騙されましたわ」

と私が口を尖らせば、陛下は


「まぁ、サイラス女史流のやり方なのだろう」

と笑った。


「でも厳しくしていただいて正解だったと思います。私、こう見えても負けず嫌いなので」

と言いながら、私と陛下はまたゆっくりと歩き始めた。


庭のガゼボにたどり着くと、マーサが待っていた。


「さぁ、さぁ少し休憩して下さいませ」

と果実水をグラスに注ぐ。


私と陛下は椅子に座りそれを飲み干した。


「さて、お前が喜ぶものを持って来た」


陛下が懐から封筒を差し出す。


「これは……ローランドからね!」

と私は差出人の名前を見て、声を上げた。


「元気にやっている様だ」

という陛下は穏やかに微笑む。私は早速手紙を開いた。


「ふふふ。毎日野山を駆け回っているって書いてあるわ。随分と体が丈夫になったのね」


「ローランドに必要だったのは、勉強ではなく日の光を十分に浴びて体を動かす事だったのかもしれないな。ローランドを病気がちにしたのは他でもない、この環境だったのかもしれん」

と陛下は王宮を眺めた。


「二人とも仲良くやっている様ですね。……良かった」


「ラッセルもスーザンもローランドをとても可愛がってくれている様だ。そう言えば友達が出来たとも書いてあったな」


「まぁ、本当ですね。手紙からも嬉しさが伝わってくる様です」


「今まで友と呼べる存在など居なかったからな。……ローランドをラッセルに預けて良かったよ」


「確かに。ローランドはあまり王の座に興味はない様でしたから、こうして子どもらしく過ごしている様子を見ると、あの時のローランドの決断は正しかったのだと思えます」


「俺だって別に王の座に興味はなかったけどな」

という陛下の手を私はそっと握る。


「今、陛下は陛下にしか出来ない事をやろうとしています。それだけでも陛下が国王になった意味があると思いますよ」


「そうだな。この国を大きく変えていきたい。そう強く思う様になったのは、お前と、アイザックの存在が大きい。アイザックに残すこの国を、平和で豊かな国にしなければな」

と陛下はもう一方の手で私の手を包み込む様に握った。そして、


「苦労をかけるかもしれないが、これからも俺と共に歩んでくれ」

と私に言った。


「もちろんです。ずっと側におります」

と言った私の手に力が籠もる。


「痛てて、どうした?そんな強く握って」

と不思議そうにする陛下に、


「えっと………陣痛が始まったかもしれません」

と私は告げた。








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