第63話
二人目は初産より早く産まれると聞いていたが本当だった。
アイザックの時に比べると随分と早く、私は愛しい子どもに会う事が出来た。
「可愛いなぁ~。おい、見てみろこのほっぺた。赤くてぷくぷくだな」
陛下はデレデレとしながら、娘であるリーファを腕に抱いていた。
「おっぱいをたくさん飲んで良く眠る良い子ですよ。ザックの時も育てやすかったのですが、リーファは更に育てやすいです」
私はまだ寝台の上だが、安産だったお陰か、結構元気だ。しかし、
「私も随分と元気なのですが、サーレム殿下をお迎えする事は難しそうです……」
と私が言えば、
「当たり前だ。それにこちらの事情は話してある。向こうも理解を示してくれたし、逆に絶対に無理をさせるなと釘を刺されたよ」
「相変わらず女性にお優しい方の様で。でも律儀でいらっしゃいますね。本当に一年後、我が国の様子を見に来るなんて」
「失業者をゼロにする事は出来なかったが、なんとか約束を守る事が出来た」
と陛下は眠っているリーファを私の腕へと戻した。
眠りながら小さな口で欠伸するリーファを見ていると私も少々眠くなってきた。
その様子に気付いた陛下から、
「眠たそうだな。少し休んだらどうだ?」
と声を掛けられる。私は、
「では、少し休ませていただきますね。陛下、明日の準備もお手伝い出来ず申し訳ありません」
と言ってリーファをダイアナに渡して、私は寝台に横になった。
その日、私は夢を見た。初めてコンラッド様……陛下に出会ったあの夜の事だ。
「あの……先程はありがとうございました」
忙しく働いていた私は、そうコンラッド様に声を掛けられた。
「先程……?」
「ええ。貴女だけだ、私に『是非、夜会を楽しまれて下さいね』と挨拶してくれたのは」
とコンラッド様は言った。
受付で揉めたせいか、それともコンラッド様の容姿のせいかは知らないが、我が家の誰もコンラッド様を出迎える事がなかった。私はコンラッド様から見ればただの使用人だろうが、折角、遠くの地から赴いてくれた彼に誠意を見せたかった。
「いえ。私なんかがお声がけして申し訳ありませんでした。でも、折角足を運んで下さったんですから、出来れば気持ちよく楽しんでいただきたくて。……それに、準備が意外に大変だったんですよ?楽しかったって言って貰いたいじゃないですか」
と私は笑顔を見せた。その時彼は……
「貴女はとても温かい人ですね」
とにっこりと笑ってくれた。
……忘れていた。その後の出来事が強烈過ぎて、今の今まで忘れていた。
私はふと目を覚ます。随分と眠っていたのか、もう外は日が落ちていた。
すると、長椅子に陛下が横になっているのが見えた。
テーブルにはサンドイッチが置いてある。
私が寝台から降りようと、体を動かすと陛下は目を覚ました。
「ん?起きたか?」
と背を伸ばしながら、陛下が起き上がる。
「陛下どうしてここへ?」
「お前が良く寝ていたからな、夕食をここに持って来ようと思ったんだが、寝起きでそんなたくさんは食べられないだろうと思って、サンドイッチを作らせた。一緒に食べよう」
と陛下は言うと、寝台に近づいて私を抱き上げた。
「陛下、私歩けますよ?」
「知ってる。俺がお前にひっつきたいだけだ」
と言う陛下の首に私は抱きついた。
「どうした?具合でも悪いのか?」
「いいえ。陛下の温かさが嬉しくて。陛下は私なんかよりずっと温かい」
「どうした?お前が甘えるのは珍しいな」
「私、思い出したんです。陛下と初めて会ったあの晩。陛下に抱かれながらも、陛下を怖いと思いませんでした。何故だろうって不思議に思っていたんですが、陛下が見せてくれた笑顔のお陰です。あの笑顔が私の心の奥底にあったから、全く怖くなかった」
「………お前は全部忘れているのだと思っていた」
「正直に言えば、さっきまで忘れてました」
「本当に正直な奴だ」
「陛下に嘘はつけませんから」
と私が言えば、陛下は
「俺の力をお前は怖がらないな。普通は気味悪がるだろうが」
と苦笑した。
「驚きましたよ?でも、それも陛下の個性です」
と言った私に陛下は嬉しそうに笑って、口づけた。
カルガナル王国、サーレム殿下は我が国を見て
「国民の笑顔が増えたな」
と言ったそうだ。
「お疲れ様でした。今回は全くお手伝い出来ず申し訳ありませんでした」
「殿下もお前に会えない事は残念がっていたが、子が産まれた事について、祝福していたよ。祝いを貰った。首が凝りそうな程大きな宝石の付いた首飾りだ。王女だと聞いて直ぐに作らせたらしいが、時間のない中であの見事な細工の物を作ったのだとすると、物凄い加工技術だ。カルガナル王国……やはり侮れん」
「リーファが立派な淑女になった暁には、その首飾りが彼女を一層輝かせてくれる事でしょう。心遣いが有り難いですね。で、同盟については如何でした?」
「問題なく締結した。これからは同盟国だ。政治的にも軍事的にも同盟を結んだので、これから二国間の結びつきはさらに強固なものになるだろう」
「そうですか!そう聞いて安心しました」
私はリーファを抱きながらロッキングチェアに腰掛けている。リーファは心地よい揺れの中で、既に夢の中だ。陛下はその顔を覗き込みながら、
「ジャニス殿も妊娠中だそうだ。今回殿下とは腹を割って話す事が出来たのだが、彼が正妃を持って居ない理由がわかったよ」
陛下は私の側に椅子を持って来て自分も腰掛けた。
「ではあの時の『ルール違反』の意味を?」
私が首を傾げると、
「ああ。ずっと抱いていると腕が疲れるだろう?俺が代わりに抱こう」
と陛下は私に腕を伸ばす。私は眠っているリーファをそっと陛下に手渡した。
陛下はリーファに目を細めながら、
「殿下の母君は側妃だと言っていただろう?殿下に姉妹は居ても、兄弟は居ない。妃陛下に居るのは王女二人。これは殿下の異母姉と異母妹にあたる。カルガナル王族は何故か男児が生まれにくい体質なのだそうだ。殿下は待望の王子だったと言うわけだ」
「ですから御側妃がお生みになった殿下が王太子となられたのですね」
「ああ。だが、陛下の横に並び立つのはどうしても正妃である妃陛下だ。随分と殿下の母君は悔しい思いをしていたらしい」
「確かに殿下が『自分の母は側妃だったから表に立つことはあまりなかった』と仰っておりました」
陛下はリーファのお尻を軽くポンポンとしながら、私の話に頷いた。
「で……だ。殿下は側室の中で王太子になる王子を産んだ者を正妃にする……そう決めたそうだ」
「今のところ王子は生まれておりませんものね」
カルガナル王国と国交を結んで約一年。随分とあの国についてもわかっている事が増えた。王族の構成については私達も把握している。
「そうだな。王女は十五人も居るが」
と陛下は肩を竦める。私もそれを聞いた時には度肝を抜かれた。
遠い東方の国にもハレムを持つ王族が居て、王子の後継問題が血生臭い事件に発展している事を聞いた事がある。カルガナルは王女ばかりだから、今のところは問題が起きていないのだろうが……それでも十五人。私には想像も出来ない。
「ジャニス様は初めての妊娠となるのですね」
「彼女も第一側室としてハレムを管理する立場にあったが、子を産んでいない事で、随分と肩身の狭い思いをしていたらしい。……幼馴染という事もあってか、殿下がジャニス殿の話をする時は穏やかそうに笑っていたよ」
「ジャニス様は……きっと殿下を愛していらっしゃるのでしょう。だから、私を正妃にと殿下が言った時にあのような悲しそうな表情を。……何だか申し訳ない事をしました」
「あの男がお前に勝手に惚れたのだ。お前のせいじゃない。だからあの時『ルール違反だ』と言っていたのだろう」
「それは理解出来ました。他のご側室を私が知らないからでしょうが……ジャニス様の想いが殿下に届くと良いな……と思います」
「そうだな。だが俺にはハレムなどさっぱり理解出来んよ。俺にとって愛する女性はただ一人。その心をたくさんの者に分け与える事など、不可能だ」
と言って私に優しく微笑んだ。
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