第61話


「ジャニス殿は、逞しい女性だったな」

夜の寝室で陛下はそう言った。


「本当に。でもまさか側妃が二十三人も居るとは……驚きました。殿下はとても女性を敬っている様に見えたのですが……」


陛下が私の事を『これ』と呼ぶ事を注意したり、言葉の端々から女性を敬愛している様子が窺えたのだが、そんな殿下のハレムの存在に私は驚いていた。


「ハレムを持つ王族が居るとは聞いていたが、それにしても二十三人とは……。報告書には二十と書いてあったんだが、どちらにせよ、よく体がもつな」

と呟く陛下の脇腹を私は抓った。


「痛ててっ」

と顔を顰める陛下を私は睨む。


「下品な想像はよして下さい」


「分かってるよ。でも何故正妃を持たぬのだろうな。不思議だ」


「あの時ジャニス様は『ルール違反だ』とおっしやっていましたから、何か事情があるのかもしれませんね」


「報告書には側妃について数名の記載があった。一番上に書かれていたのが、あのジャニス殿だ。元々は公爵令嬢で、殿下の幼馴染。そして……元は正妃候補だったが、何故か側妃になったらしい。理由については書かれていなかった」


……あの時の悲しそうなジャニス様を思い出すと少し胸が痛くなった。


すると陛下は私に、


「お前が俺を……この国を選んでくれた事、嬉しかったよ」

と私の頬を撫でた。


「正直、自分の気持ちは決まっていたのですが、王族とは自分を犠牲にしてでも国民を守るべきだと言われ悩んでしまいました」


自分としてはアイザックの……そして陛下のそばにいつまでも居たいと思う気持ちしかなかったのだが、サンダース公爵の言葉に心が揺れた。


「王族がこの身を犠牲に……と言うが、では議会に出ている貴族はどうだ?父の代から私腹を肥やし、ブクブクと太った体を持て余して……情けない」

と陛下は顔を顰めた。続けて、


「惰性で議会の役員貴族を継続させていたが、今後は一新していこうと考えている。それに人数も減らす」

と言った。


「反対されませんか?」


「されるだろうな。だが、あいつらの報酬だけでも随分と使ってるんだ。浮いた分を失業者の支援に充てる」


「失業者を減らすお約束をされましたが、これからどうされるのです?」


「とりあえず失業者に職を斡旋する。橋の修復や農業に林業。領主に任せていても埒が明かない。国主体の事業を展開していくつもりだ。そこに予算を上乗せする。全ての失業者を救うのは難しいが、少しずつでも成果が出れば良い」


「陛下……私も嬉しかったです。色々と考えて下さった事。そして……陛下が私を手放さないと言ってくれた事」

そう言った私を陛下は抱き締めた。


「お前は俺の奇跡だ。お前の心は美しくて、側に居ても疲れる事がない」


「私はそんなに綺麗な心の持ち主じゃありませんよ」


「それも知ってる。だが、お前は温かい」

そう言ってくれた陛下を私もギューッと抱き締めた。



翌日から役割を果たしていない貴族への処分が始まった。処分と言っても、爵位を剥奪する訳ではない。

ただ、議会の役員は減った。減った所で現状困った事態は起きていない。そう考えると何と無駄の多かった事か。



「荒れましたね」


「あぁ。だが無能にやる給金ほど惜しいものはない」


いの一番に解雇されたのは、議長であるサンダース公爵だった。

他にも自分の保身に忙しい貴族からの反発は凄まじかったが、領主としても無能であれば領地の縮小を考えると陛下が言うと、直ぐ様今度は自領を守るために動き始めた。……最初からそうすれば良かったのに。


「やっと少し落ち着きましたね」


「そうだな。王都にも職業訓練施設を作った。失業者の職業の選択の幅が広がるきっかけになれば良い」


私達はいつも通り、その日あった事を寝室で喋りながら休む。これも結婚してからずっと続いている事だ。……ぎくしゃくしていた期間を除いて……だが。


「王妃への予算を減らしたと聞いた」


「ええ。私には華美な装飾は似合いませんから。それに重すぎる宝石は肩が凝ります」

私の胸をいつも彩っているネックレスは母の形見のあのネックレスだ。

あの時、陛下に守って貰ったお陰で、今も私の側にある。


「お前自体が美しいのだから、宝石などあまり必要ない……という事か?」

とからかう陛下に、


「そんな自惚れてはおりません!ただ、ザックを抱っこするにも邪魔なだけです」


私は王族には珍しく、自分も子育てに参加している。平民の母親程ではないが、自分が出来る範囲の事は積極的にやっているつもりだ。


そんなやり取りをしていると、つい欠伸が出てしまった。最近は眠気が強くて困る。

欠伸を噛み殺している私を見て、


「そろそろ休むか」

と陛下は私の手を引いて寝台へと向かった。


横になった私に陛下は腕枕をする。私はそっといつもの様に陛下の胸に頭を乗せた。


「お前は俺の胸に頭を乗せるのが好きだな」


「はい。陛下の鼓動を聞いていると落ち着くので。それに、こうして胸から響く陛下の声を聞くのが好きなんです」

そうして、私は目を閉じた。


「そういえば、最近少し調子が悪いと言っていたな。どうだ?医者には診てもらったんだろうな?」


もう既にウトウトしていた私の耳に心配そうな陛下の声が届く。

あぁ、そう言えば、今日医者に診てもらった事を陛下に言うのを忘れていた。医者には私から話すと言っていたのだった。

私は目を閉じたまま、


「ええ、今日診てもらいました。病気ではありませんでしたよ。妊娠しているだけでした」

私はそこまで言い終わると、既に夢の入口へと片足を突っ込んでいたのだが、


「何!!!妊娠?!どうしてそれを最初に言わないんだ!」

と陛下がガバッと起きてしまった為に、私の頭は陛下のお腹辺りまで落ちてしまった。

……折角、寝ようと思ってたのに……

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