第55話
その夜の歓迎会は盛大に開かれた。
「この料理は美味しいですね。スパイスの複雑な味が興味深い」
私の提案で作られた料理をサーレム殿下はいたく気に入った様だ。
酒もかなりいける口の様で、随分と飲んでいるのだが、全く変化はない。
我が国の上位貴族の限られた者だけが招待されたこの歓迎会。
謎の多いカルガナル王国の王太子殿下に、皆が興味津々だ。
カルガナル王国は随分と広大で強大な国だ。大まかな事しか分からないが、どうにか繋がりを持ちたいと思っている貴族は殿下にゴマをするかの様に、彼を持ち上げていた。
招待客の列が途切れた瞬間、殿下に、
「少し疲れました。ちょっと抜けられませんかね?」
と耳打ちをされた。
私は、
「控室をご用意しております。そちらで少しお休み下さい」
と言ってロータス様に合図を送った。
すると、殿下は私の手を掴み、
「妃陛下、案内して貰えませんか?」
とにっこり微笑んだ。
陛下は少し離れて、宰相と何やら話している。許可を取りに行っても良いだろうか?
私が少し困っていると、
「この国の女性は男性の顔色を見て過さなければならないのですか?」
と殿下は眉を顰めた。
「いえ……そういうわけでは。ただ、私はこの国の王妃です。勝手に持ち場を離れるのは職務怠慢ですわ」
と私は手をすっと離して微笑んで答えた。
殿下はそれを聞いて明るく笑う。
「職務怠慢か……。確かに。王族にとって歓迎会も夜会も公務だ。平民から見れば贅沢で毎日豪勢な食事や豪華なアクセサリーに囲まれて、遊んでいる様に見えなくもないが、全て仕事。
王妃も大変だな。私の母は側妃だったからあまり表には出る事がなかったせいで、失礼をした。すまない」
殿下は今度は素直に謝罪してみせる。……中々掴めない人だ。
そして彼が側妃の息子だという事が分かった。……他には王子は居ないと聞いていたが、側妃の……。では正妃には息子は居なかったという事だろうか。少しだけ、その姿が陛下と重なった。
殿下は大人しくロータス様に連れられて控室へと下がっていった。私がその姿を見送っていると、
「名残惜しそうに見ているな」
と不機嫌そうな声が私の背後から掛かる。
私は気づかれぬ様にそっとため息をついて振り返る。
「別に名残り惜しいのではなく、無事にこの会場を抜けられるのか、見守っていただけです。殿下とお近付きになりたいと手ぐすね引いて待っている貴族が多くいるので」
「なるほど。確かにカルガナル王国は未知の可能性に溢れてる。取引出来れば巨万の富を得られる可能性はある。だが、全く無駄な場合も」
「皆様、そのリスク込みで殿下にお近付きになりたいんですよ。未知という事は可能性も無限大。ただし、殿下は一筋縄でいく相手ではなさそうです。皆様の思惑には全てお気づきかと」
陛下は私に並び、肩を抱く。そして……
「すまなかった。最近の俺はどうかしてたな」
陛下が自分を『俺』という時は、陛下としてではなく、自分の言葉を語る時。
「いえ……。私も少し意固地になっていた様です」
と私は自分の肩に置かれた陛下の手に自分の手を重ねた。
陛下は、
「明日の案内だが……俺は付いて行く訳には……」
と言いかけた彼に、
「陛下は私の分までしっかりお仕事なさって下さい」
と釘を刺す。
「……わかったよ。くれぐれも気をつけろ」
と陛下は渋々頷いた。
「ねぇ、あれは何だい?」
「この食べ物は?どうやって食べたら良いんだろ」
「あそこは何を売っている店なのかな?」
これでは案内というより……殆どデートだ。
きっと私に付いて来ているロータス様もそう感じているのだろう。……苦虫を噛み潰した様な顔だ。
サーレム殿下ははしゃいだ様に私との王都を楽しんだ。
「これだけ王都が栄えているのに……失業者が多いのは不思議だな」
馬車の中で殿下がふと漏らした。
「今、王都に溢れている失業者の大半が……戦で食べていた者だそうです。前国王陛下は……武力で国を拡大、強固にするお考えでしたが、陛下は違います。私もこの事実を知らず、この前の炊き出しの際に驚いて陛下にお話を聞きました……自分の不勉強を反省した次第です」
「なるほど。国としては頭の痛い問題だな。平和が一番だが、それで食べていた者達もいる。どの国も多かれ少なかれ抱える問題だろう」
「……殿下はこの国で、何を知りましたか?わざわざ平民に紛れてまで知りたかった事とは、何だったのでしょう?」
私は疑問をぶつける。
「騙した事を根に持ってる?」
と殿下は少しはぐらかす様に笑った。
「いえ。びっくりはしましたが、私が怒る様な事ではありませんから」
「そうか。……この国はまだ発展途上だ。前国王陛下のお考えは国を広げ強くする事にあった様だが、国民全体を豊かにするにはまだ時間が掛かるだろう。王都はそこそこ栄えているが、領主の力量に差があるのか、地方は格差が酷そうだな」
……これは陛下も頭を悩ましている所だ。
「これから、私達が努力していかなければならない部分ですね」
「王族だけが努力しても仕方ない。腐った貴族はどの国にも一定数存在する。領民の事より、自分達の身ばかりが可愛い奴らだ」
「カルガナル王国にも?」
「あぁ、もちろん。だが僕はそれを是正しようと画策している。僕が国王になった暁にはカルガナル王国はもっと豊かになっている筈だ」
そう言ったサーレム殿下は自信に満ちあふれている様だった。
私はふと、
「共通言語もお話出来たのですね」
と思いついた事を言った。あの時はカルガナル語だけを喋っていたから。
「もちろん。王族として当たり前の事だからな。だが、僕がカルガナル語しか理解出来ていないと思えば、周りは自ずと口が軽くなる。『こいつの前でなら、何を言っても大丈夫だ』ってな」
私はそれを聞いて、
「もしや……我が国だけでなく、他国でもこの様な真似を?」
「あぁ。国交を結んだ後、どんな付き合いをすればカルガナルの利になるか……それを自分の目で確かめる為だ」
やはり彼は、一筋縄ではいかない人物の様だ。
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