第56話

「うーーん」

寝台の上で私は大きく伸びをした。


「お疲れ様だな」

陛下は私の背後に周り肩を揉んでくれる。


「些か。でもさっきザックの笑顔に癒やされましたので、大丈夫です」

と私は微笑んで答えた。


殿下には朝から晩まで付き合わされた。移動は馬車とはいえ、なかなか骨が折れた。


「どうだった?」


「殿下は他の国にも渡って調査をしている様ですが……言っている事は的を得ていました」


「なるほど。うちだけではないって事だな」

陛下は私の肩を今だ揉みながら、頷いた。


「その様です。殿下には何かお考えがある様で、とても……自信に満ちあふれていましたわ。……陛下ありがとうございます」

私は自分の肩にある陛下の手にそっと触れた。私も殿下と過ごした一日で肩に力が入っていたのだろうが、陛下のお陰で随分と解れてきた。


私達は寝台に並んて横になると、二人向かい合った。

ずっとギクシャクしていたので、随分と久しぶりに感じる。私は何だか照れくさくて、話を続けた。


「あ、そう言えば……殿下はご側妃の御子息の様です」


「そうなのか?正妃の子ではないのか。ふむ。俺と同じだな」


「その様です。カルガナル王国にも側妃制度はあるのてすね」

と私が言えば、


「俺には必要ないからな!」

と陛下は焦った様にそう言った。私はその様子が少し可笑しくてクスクスと笑ってしまった。


そんな私の頬に陛下は手を添えた。


「その……クレア……ひ、久しぶりに……」

少し緊張している陛下には申し訳ないが、


「陛下、明日の朝も早いのですよ?来客に疲れた顔を見せる訳にはまいりません」

と私が笑顔を見せると、


「す、直ぐに終わらせるから」

と陛下はとんでもない事を口走った。私はそんな陛下を愛おしく思うが、


「これで我慢して下さいね」

と軽く口づけた。


「いや……逆に我慢するのが難しいんだけど」

とブツブツ言う陛下を無視して、私は疲れから直ぐに眠りに落ちた。


翌日は陛下も殿下もテーブルに付き、今後の二国間の話し合いをする。政治的な話だ。


私は久しぶりにザックとゆっくり過ごす時間が取れた。


「ザック、おいで!」


腕を広げた私に、ザックはヨタヨタと歩きながら飛び込んで来る。


「随分とあんよが上手になりましたね」

とダイアナが目を細めていた。


「かぁー」

私の事を『かぁ』と可愛らしく呼ぶアイザックを抱きしめる。あ~癒やされる!!


……しかしそんな時間は長くは続かなかった。


「あいつ!ふざけやがって!!」

と陛下は執務室へ戻るなり、大声で吐き捨てた。


後ろから困り顔の宰相が付いてきている。

私は一足先に、陛下の帰りを持つために執務室を訪れていたのだが、私に付いていたロータス様もその様子に目を丸くした。


「どうかされたのですか?」

と尋ねる私に答えず、陛下は執務机の椅子にドカッと腰掛けると、不機嫌そうに腕を組んで、口をへの字に結んだ。……答えたくない……という事だろうか。


その様子を宰相はチラッと見たかと思うと、私に向かって、


「実は……」

と切り出そうとしたのだが、陛下に


「言わなくて良い!!!」

と遮られて、押し黙った。


陛下が怒っている。サーレム殿下と何かあったのだろうか?


すると、執務室をノックする音が聞こえ、護衛から


「サンダース公爵がお見えです」

と声がかかる。サンダース公爵は貴族議会の議長を務める方で、今回の話し合いの場にも立ち会っていた人物だ。


陛下の「入れるな!」の返事の前に、宰相は扉を開けてしまった。


「陛下!先程のお話ですが……」

とサンダース公爵は部屋に入った途端に陛下に訴えかける様に声を掛けるも、陛下は、


「煩い!却下だと言っただろ!」

と一刀両断した。


しかしサンダース公爵は食い下がる。


「お、お待ち下さい。もう少し話し合う余地が……」


「ない!失礼なのはあっちだ!国交断絶も厭わない」


「まだ潜ませた調査隊の報告も上がっておりませんし、報告を待ってからでも……」

とサンダース公爵は額の汗を拭きながら陛下を何とか説得している様だった。


国交断絶?!何があったと言うの?


すると、サンダース公爵はガバッと私の方へ方向転換すると、ズンズンと近づいて、


「妃陛下!!この国の為、カルガナル王国へ行って下さい!!」

と体を半分に折って頭を下げた。


「え?!」

と私が声を上げるのと、


「黙れサンダース!叩き切るぞ!!」

と陛下が剣に手をかけるのは同時だった。


ロータス様と宰相が慌てて陛下を押し止める。


私はその隙に、


「公爵、どういう意味?」

と尋ねると、公爵は縋るように、


「我が国の未来のため、妃陛下に犠牲になっていただきたいのです」

と再度頭を下げた。


それだけ聞いても、何が何だか分からない。だけど、陛下が騒いで、今にも本当にサンダース公爵を斬りつけようとしているのを見て、私は慌ててサンダース公爵をこの部屋から避難させた。

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