第54話
「サーレム殿下!」
私はこの場の空気を変える様に、明るく殿下に声を掛けた。
「ん?何だい?」
殿下は私に優しく微笑みかける。
すると私の肩を抱く陛下の手にますます、力が籠もった。
「失礼ながら……あの教会にいらっしゃったのは……殿下でお間違いありませんの?」
「あぁ。騙す様な真似をしてしまい申し訳なかった。身分を明かす訳にはいかなくてね」
「ですが……何故?とお尋ねする事は許されるでしょうか?」
「もちろん。僕はこの国を知りたかったんだ。王太子として来たら、こうして恭しく扱われ、上辺だけの付き合いにしかならないだろう?私はこの国の本当の姿が見たかったのだ」
……だからと言って、平民に混じって炊き出しに並ぶ必要はないだろうに。
「では、あの教会にいた『サリム』という男性は殿下であった……とそう言うのだな?」
と言う陛下に、
「その通り。そして……クレアに出会った」
陛下の質問に答える間もずっと、私から目を離さない殿下に、陛下がイラついているのがわかる。
陛下の様な特殊能力のない私にもわかる程だ。
きっと目の前の殿下にも伝わっている筈なのだが……殿下は全く陛下の方を見ようともしない。
「私が『これ』と言った事に文句を言う前に、我が国の王妃を名前で呼ぶのも如何なものかと思うがな」
陛下はトゲトゲしい物言いで殿下にそう言った。
空気を変えたかったのに……ぜーんぜん変わらない。私、どうしたら良いのかしら?でも、ここは私が頑張らねば!
「殿下、あの時はきちんとお礼も言えず、申し訳ありませんでした。改めてお礼を」
と私が言えば、殿下は、
「クレア妃陛下がご無事ならそれで良いのです。あの犯人の女はどうなったのかな?もちろん処刑されてる筈ですよね?」
と殿下は初めて陛下の方に顔を向けた。
良かった。見られすぎて、そろそろ私の顔に穴が空くかと思った。
「処分については決定しているが、それは殿下には関係ない。だが、妻を助けていただいた事には、私からも礼を言おう」
「別に大したことはしてないよ。まぁ、犯人を生かしておく様な馬鹿な真似をしないのなら良いさ。ところで、クレア妃陛下」
殿下はまた直ぐに私に視線を戻す。
「は、はい」
「お礼……と言うのなら、この王都を案内して貰えないだろうか?」
と殿下は私にまたまた優しげに微笑んだ。
「案内なら、私がしよう」
と言う陛下の言葉を、
「いや、僕は妃陛下にお願いしたい。陛下は
騎士でもあると聞いた。騎士と言うのは大体馬に乗っているだろう?基本的に上から眺めるだけだ。しかし、妃陛下は違う。国民と同じ目線で物事を見ている。それはこの前の教会での立ち振舞いでもわかったよ。私はこの国をちゃんと理解したいんだ。案内役としては妃陛下が適役だろう?」
と速攻で拒否した。
私はついこの間まで平民だっただけで、特別に国民の立場を理解しようとしている訳ではない。買い被り過ぎだ。
「……騎士に何か嫌な振る舞いでもされたのか?」
陛下の声は低い。THE・不機嫌を隠そうともしていなくて、私は内心ドキドキだ。
しかし、サーレム殿下は意に介さず、
「とんでもない!我が国でも騎士は優秀だ。いつも感謝している。それに僕だって騎士……とは名乗らないが、剣は扱える。……体術の方が得意だがな」
と言う。
私は、サーレム殿下が、素手で守ってくれた事を思い出していた。
殿下は続けて、
「僕は単に、陛下には見えていないものが、妃陛下には見えているのではないか?と思っただけだ。だから、この国に滞在する間、出来れば妃陛下をお貸し願いたい」
「『貸せ』だと?」
不穏。めちゃくちゃ不穏。もう私ではどうにも出来そうにない。
「別に夜まで借りるつもりはない」
とサラッと訳のわからない事を言うサーレム殿下に恐怖を覚えた。何を言ってるんだ?この人は。
「当たり前だろう?そんな事許す訳がない」
「怒らないで下さい。僕は案内役をお願いしたいと言っているだけですよ。クレア妃陛下、お嫌ならそう言って下さい」
おっと……急に話を振られてしまった。私は思わず
「嫌というわけでは……」
と口に出してしまっていた。
「妃陛下からは許可をいただきましたよ?」
と笑顔の殿下は陛下にそう言うと、陛下は舌打ちをした。
……しまった。と思った時にはもう遅い。私は明日からこの王都をサーレム殿下に案内する事となってしまったのだ。
殿下は一旦離宮へと案内された。他国の王族が滞在する時の為に用意された離宮だ。
どうしても王族は護衛も使用人も多く連れて来る傾向にあるが、サーレム殿下に付いて来たのは護衛が十数人と、メイドが三人だけだった。
サーレム殿下が退出した途端、
「あいつは何だ?!」
と陛下が吐き捨てる。
「わかりません……。カルガナル王国について分からない事が多いのも事実ですが……軽いというか、何と言うか。この国に数日前から潜伏していた事を考えても、何とも食えない人物の様ですな」
と宰相も困り顔だ。油断できない相手だという認識だろう。……私も同意だ。
「クレア、お前……」
と陛下が私に苦言を呈する。
「申し訳ありません。つい。拒否するのもどうかと思いまして……」
「……仕方ない。明日だけだ。明日だけあいつを案内する事を許可する」
と渋々了承した陛下に、私は心の中で『……いつの間にかすっかり、あいつ呼びになってるわ……』と私はため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます