第53話

カルガナル語はあれから少しは上達した様に思う。サリムに発音を褒められた事がちょっぴり自信になっているのだが、今は絶対に口に出来ない名前だ。


とうとう明日に迫った歓迎会。カルガナルの王太子殿下を迎えるにあたって、宰相から注意事項を聞く。


「カルガナル王国は他人との接触を嫌いますので、握手はなしで」


「ふむ。気をつけよう。酒は勧めても良いのか?」


「はい。カルガナル王国では十五歳で成人。殿下は二十二歳なので、問題ありません」


宰相と陛下の話を聞きながら、心でメモを取る。


「殿下のお好きな物は?」

私が尋ねると、


「実はあまり殿下についての情報は少ないのです。絵姿すら公開されていませんし。年齢とお名前ぐらいしか確実な物がなくて……」


……そう言えばお名前を聞いていなかったわ。


「確か……カルガナル王国は年間を通じて暑い日が多いと聞いた」


私が名前を尋ねる前に、二人の話題は別なものに移っていく。


「そう聞いております。それでなのか、辛い食べ物を好む人が多いのだとか」


「辛い食べ物?余計に暑くなるだろう?」


「暑い中、汗をかきながら辛い物を食べるのだとか……」


「そうなのか?まぁ、辛い物も用意した方が良いだろうな」


「手配済みで御座います。お酒も度数の高い刺激的な物を好むとか」


「それも国民性か?」


「そのようでございます」


辛い食べ物かぁ……。そう言えば宿屋にカルガナル王国に行ったことがあるという商人が宿泊した事がある様な……。私は必死に記憶を辿る。


「あの……参考程度に聞いていただきたいのですけど……」

私は思い出した僅かな記憶を頼りに提案をする。


「ただ辛いもの……というのではなく、確かスパイスを多く使った料理を好まれるのではなかったかと……。可能であればそのような料理を用意しては如何でしょう。過去にカルガナル王国に渡った事のある商人がそう言っていた記憶がございます」


「なるほど!では、その様に料理長に伝えましょう。妃陛下ありがとうございます」

と宰相に礼を言われ、私は少し嬉しくなった。私の僅かな知識でも役に立てば嬉しい。……と思っていたのに、


「それは本当に商人の話か?」

と陛下が私に尋ねる。その顔は何かを疑っている様だ。陛下ったら……この前から何なの?私の気持ちを読めるくせに……。


「もちろんでございます。宿屋に訪れた商人の話を思い出しただけですわ」

と私がプイっと顔を背ければ、私と陛下の間で宰相がオロオロしてしまう。


最近、私達がギクシャクしているのを周りの皆はハラハラしながら見守っている。申し訳ないと思うのだが、私から謝るのも癪に障る。


私達がギクシャクしていようとも、夜は来て朝が来る。


カルガナル王国の王太子殿下をお迎えする日が容赦なく訪れた。


歓迎会を前に、私と陛下で王太子殿下をお迎えする。


大きく開かれた扉に現れた人物は逆光でその姿はまだシルエットとしてしか認識出来ない。


宰相の


「カルガナル王国、サーレム王太子殿下のお着きにございます!」

と言う声を聞いて、その人物は私達に向かって歩き始めた。

数人の護衛がその後を付いて来る。

私はやっと殿下のお名前を知れたわ。と思いながら、その人物がゆっくりと歩いて来るのを見守っていた。段々とその姿がハッキリとしてきて……


「サリム?」

と私は思わず名を呟いてしまう。

あの教会で会った時は、粗末な衣装をまとっていたし、お世辞にも高貴な立場の人間には見えなかったのだが、その顔はあの時に見たサリムで間違いない。


私の姿に気付いた殿下は、


「クレア!元気そうで良かった!」

と流暢な大陸共通言語でそう言うと、笑顔で私に駆け寄って……抱き締めた。


殿下に付いて来ていた護衛は慌ててその後を駆けてくる。

その様子に陛下も宰相も私も思わず固まっていたが、誰より早く動いたのは、ロータス様だった。


ロータス様は殿下にサッと近付くと、


「妃陛下に軽々しく触れてはなりません!」

と鋭い声を飛ばす。すると、殿下に付いてきた護衛がロータス様を睨みつけた。一触即発?


すると、殿下が、


「あぁ、申し訳ない。つい、無事な顔を見ることが出来て嬉しくて」

とパッと手を離して私から距離をとる。

すると、金縛りが解けた様に陛下が動き出し、私の肩を抱いて、自分の方に引き寄せた。


ちなみに私は今のところ『サリム』と呟いただけで他の言葉を発する暇がないぐらいに驚いている。殿下に抱きしめられた事も、今、陛下に抱き寄せられている事も。


殿下は明るく、


「はじめまして。いや……クレアは二度目だ。カルガナル王国のサーレムと申します」

と挨拶する。


陛下はそれを受けて、


「………サーメル王国のエリオットだ。これは妻のクレアだが……」

と言いかけて、


「エリオット陛下……『これ』は良くないな。大切な奥方を『これ』呼ばわりはいただけない。サーメル王国では普通の事なのかもしれないが……」

と陛下の言葉を遮った。


うちの国の近衛がピリつく。それに反応してカルガナル王国の護衛もピリつく。……何これ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る