第52話
「え……?どうして?」
私は思わずロータス様に尋ねていた。だって彼は……
「他の者に危険が及ばぬ様、参加者を別の場所に移動させていた所までは姿を確認出来ていたのですが……全てが終わった後、改めて話をと思い探したのですが見当たりませんでした」
「でも……彼は行く所が無くてあの教会でお世話になっていたと……修道女の皆様にそう聞いていたのよ?そんな彼が何処へ……?」
「院長もそう言っていたのですが……申し訳ありません」
とロータス様は頭を下げた。
「ごめんなさい。貴方を責めたわけではないの」
無意識にロータス様を責めた物言いになってしまった事を私は詫びた。
「誰もその……サリムと言う男が教会を去る所を目撃していないのか?」
陛下もロータス様に訊くのだが、
「はい。確かにあの時は騒然としていて……。ですが人目は多くあったはずなのです。しかし、誰もサリムの姿を見た者はおりませんでした」
忽然と姿を消したサリム。彼は……何処へ行ったのだろう……。
その夜。
「そんなに気になるのか?」
夜着に着替えて、ベランダで月を見ていた私に、陛下は肩からガウンを羽織らせた。
「陛下……」
陛下に嘘を付くことは出来ないので、私は素直に自分の気持ちを話す。
「彼は……カルガナルの出身でした」
「あぁ……そうらしいな。ブルーノも院長に話を聞いた様だが……言葉が通じなかったから、あまり情報を得ることは出来なかった……と」
「カルガナル語を理解出来る者は数少ないと思います。特に……平民では」
「確かにな。だが……不思議な男だ。数日前にあの教会にフラリと現れ……今回の騒動の隙に忽然と姿を消した」
陛下の物言いに少し引っかかりを覚える。
「……陛下、まさかサリムを疑っているのですか?」
「うーん……。何とも言えんなぁ。タイミングが良すぎる……とも思えるし。ドーソン公爵ならカルガナル王国と繋がりがあってもおかしくないし、言葉だって……」
と言い出した陛下に私は思わず、
「お待ち下さい!彼は私を助けてくれたのですよ?狙いが私だったのなら、彼にはもっと別の方法があった筈です!」
調理場にはたくさんの刃物があったし、ロータス様は調理場には入って来なかった。
私を襲うつもりなら、あの時が一番チャンスだったのではないか?
「落ち着け。お前と調理場に居る時に襲ったりしたら、逃げ場がないだろ。別に直接手を下す必要はなかったのかもしれない。
お前が来る事を何処かで知って情報を流す役割を担っていたのかもしれないし、あの炊き出しの場所にお前を上手く誘導する役目だったのかもしれん。はたまた、この件には全く無関係だが、カルガナル王国で何かを仕出かして逃げて来たから、この騒動に巻き込まれる事を嫌がったのかもしれん。全ては可能性の話だ」
と言う陛下の言葉を理解は出来るが、私はどうしても納得出来なかった。
それが陛下には丸っと伝わった様で、
「今日初めて会った男に、そこまで肩入れする理由はなんだ?」
と陛下は不機嫌そうにそう言った。
「……言葉で伝える事は難しい様に思いますが……彼がそんな悪人には思えなくて……」
「ほぉ。では、何故姿を消した?後ろめたい事があるからではないのか?」
そう言われては、返す言葉も見つからない。
でも、私は……
「確かに彼が姿を消した事に理由はあるのでしょう。しかし……彼が私を害そうとする気配は感じませんでした」
と言って、ベランダを後にした。もちろん陛下を置いたまま。
その夜、私達は結婚して初めて寝台の端と端で眠ることになった。
「大変……申し訳ありませんでした」
床に付きそうな勢いで頭を下げた男性……ハワード侯爵だ。
「頭を上げろ。で?会ってきたか?」
「はい。……少しは落ち着いた様で私に謝罪をしておりましたが……」
と言葉を切ったハワード侯爵は私の方をチラリと見た。
「どうせ、クレアへの謝罪の気持ちはないと、そう言う話だろう?」
と陛下が呆れた様にそう言うと、
「申し訳ございません!私がきちんと管理出来ていなかったばかりに!」
とハワード侯爵はまた勢い良く、頭を下げた。
「侯爵が何度謝ったところで、あの女がした事が消えるわけではない。侯爵の気持ちがどうであれ……極刑は免れない」
陛下の言葉にハワード侯爵は、
「……仕方ありません。折角陛下に賜った温情を無下にしたのは、妹です。こんな事なら、ドーソン公爵と共に国外追放になっていた方が……」
とハワード侯爵は肩を震わせた。
前ドーソン公爵夫人……スーザン・ハワードは、娘であるアナベルが王妃になる事は至極当然の事であるとアナベルが子どもの頃より常々思っていた。
家柄、身分、教養全てにおいて自分の娘は誰よりも王妃に相応しいと信じて疑わなかったし、何より彼女の思惑通りアナベルは王妃となった。
しかし、アナベルに中々お子が出来なかった事が唯一の懸念材料であった様だ。アナベルにプレッシャーを与え続けていたのは、他ならぬスーザンだったと言う訳だ。
前国王陛下のご病気が発覚し、子を授かる事が難しいと判ると、ドーソン公爵はとんでもない手段を取る事になるのだが、それもこれも、スーザンからのプレッシャーを可哀想に思う親心だったのかもしれない。
アナベルの気性はスーザンのそれを色濃く継いでいた様だ。
今回の件で、夫と離縁し、娘共々失った事で彼女の精神は不安定になってしまった。
私を殺害しようと思ったのは、単なる八つ当たりだったのかもしれない。私が現れるまでは、まだ期待していた部分も多くあったのだろう。
地下牢に居る彼女は多くを語らない。ただ、私と陛下が憎いと繰り返しているだけだ。
彼女の処刑はカルガナルの王太子殿下の帰国を待って行われる事になった。
先ずは王太子殿下の歓迎会を成功させることが優先だ。
カルガナル王国の話題が出ると、つい考えるのはサリムの事だが彼の名を出す事は憚られる。
私と陛下の仲はギクシャクとしたまま、王太子殿下を迎える日が刻一刻と迫っていた。
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