第50話


「妃陛……いや、クレア様が……料理……を?」


「ええ、任せて下さい!」


と私は胸を叩く。

宿屋の厨房で、料理上手のご主人の手伝いを散々してきたのだ。それに、実家でもずっと使用人として働いてきた。大体の事は一通り出来る。……細かい理由をここで述べる事は出来ないが。


驚く院長を尻目に私はマーサを伴って調理場へ向かった。


そこには二人の修道女と……一人の異国の青年がいた。


「こんにちは。炊き出しのお手伝いに参りました」

と私が声を掛ければ、私の正体を知らない二人は、喜んだ。


「助かります!それでは……あちらで野菜を切って貰えますか?」

と大きな鍋を掻き回していた、一人の修道女が場所を指し示す。


私とマーサは一人でじゃがいもの皮を剥いている青年の横に向かう。

青年はじゃがいもの皮むきに悪戦苦闘していた。


「こんにちは。じゃがいもの皮を剥く時は、ナイフはこんな風に持った方がやりやすいわ」

私が青年に自分の手元が見える様にして教えると、


「あぁ、彼はこちらの言葉がわからないんです。というか、私達も彼の話す言葉がわからなくて……。ジェスチャーで何とかコミュニケーションを」

ともう一人の修道女が私に声をかけてくれた。


なるほど。確かに彼の容姿はこの国では珍しい。肌の色は浅黒く、切れ長の目の色は赤。肩より長く伸ばした髪の毛は黒く、無造作に結ばれていた。

椅子に腰掛けてはいるが背もかなり高そうだ。……陛下よりも少し高いかもしれない。

……この容姿は……カルガナル王国の人間に多い特徴だ。彼はもしかすると……



「アナタ カルガナル丿 ヒト?」

私は猛勉強中のカルガナル語で話し掛けた。


カルガナル王国との国交は結ばれて間もない。この国にカルガナル王国の人間が居る事自体、とても珍しいし、我が国でカルガナル語を理解出来る人は平民には殆ど居ないだろう。


するとその彼はとても驚いた様に目を丸くして、


「コトバガ、ワカルンダ。メズラシイネ。ソノトオリダヨ」

と笑顔で答えた。


……良かった。通じたみたい。しかし、彼はそのまま、カルガナル語で私に話しかける。……が、猛勉強しても日常会話を何とかマスターしただけの私には、断片的にしか理解出来ない。


「ゴ、ゴメンナサイ。マダ ベンキョウチュウデ……」

と私が手を広げて彼の言葉を遮ると、彼はまた少し笑って、私が言った事を理解したよ……と言わんばかりに何度も頷いた。



これじゃあカルガナル王国の王太子殿下が来られても、私の語学力ではコミュニケーションは取れそうにないな……。と私は少し落ち込んだ。


すると、彼は


「ハツオン トテモキレイデスヨ」

とゆっくりと話してくれる。

私を励ましてくれている様だ。……優しい。


「アリガトウゴザイマス」

私は笑顔でお礼を言うと、ジェスチャーでじゃがいもの皮を剥きましょうと伝える。


とりあえず今は炊き出しを作る事が優先だ。


すると、修道女の一人が、


「彼の名前はサリム。名前だけは何とか聞き取れました。前回の炊き出しに並んでて……とても困った様子でしたので、何とか身振り手振りで会話を。多分……カルガナルで何かあって逃げて来たのではないかと……」

と少し声を落として私に話しかけた。


サリムという青年は、自分の名とカルガナルの名前が出た事で、サッとこちらに視線を寄越したが、直ぐにじゃがいもと向き合っていた。

私に教わった通りのナイフの持ち方で、さっきよりはスムーズに皮を剥いている。


修道女は続けて、


「うちも男手は助かるので、何かと手伝ってもらう代わりに寝床と食事を提供しているのです。異国の民で信仰する神は違えど、きっとここで会ったのも何かの思し召しですから」

と微笑んで、鍋をかき混ぜた。


私も急いで野菜と向き合う。私の包丁捌きを見てマーサが、


「私なんかより全然お上手で……」

と目を丸くしていた。私は少しだけ得意気に微笑んだ。




「さぁ、出来ましたよー!」


炊き出しに並ぶ列はまだまだ続いている。王都でもこんなに失業者がいるのか……と私は少し胸が痛くなった。

どうも鍋は底をついている様で、炊き出しを提供していた修道女は振り返ると、私の声にホッとした様な表情を浮かべた。


新しい大きな鍋を運ぶのはサリムだ。


空の鍋を修道女が調理場へ運ぶ。入れ替わる様にその場所にサリムの持って来た鍋を設置すると、私は直ぐに皿に具沢山のスープを注いだ。



一人、一人に笑顔で皿を配る。すると、列に並んでいた白髪交じりの髪を振り乱した女性が


「お前のせいだー!!!!」

と叫びながら、私を目掛けて何かを振りかざした。

その何かは鈍い光を放つ。それが刃物だと認識する前に、私は誰かの腕の中に居た。

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