第49話

「明日はバザーだってな?」


「はい。収益は孤児院に。初めて参加するので少しワクワクします」


「前王妃は参加した事は無かったからな。国民にとって、あまり印象は良くなかった」


「アナベル様以前の王妃も、少し顔を出す程度だったと聞きました。ですので、私に出来るお手伝いがあれば……と思います」


「まぁ、無理はするな」


「はい。でも私としては机に座ってお勉強をするより、体を動かす方が好きなので」


「ははは。だが、サイラス女史は褒めてたぞ?『根性だけはある』と」


「それって……褒めてますか?」

と私が口を尖らせると、陛下はまた笑って私に向かって手を広げた。


私はその腕の中にすっぽりとおさまる。

お互いの気持ちが通じ合ってからというもの、私も素直に陛下に甘えられる様になった。


私達は家族の愛というものをあまり知らずに育った。夫婦と言うのは結局は他人かもしれないが、私達は血の繋がりが全てではないと分かっている。


そして私達が決めた事。それは自分達の寂しさをアイザックに味合わせない事だ。


時間がある時にはなるべくアイザックと過ごす。王族には珍しいかもしれないが、私達はその時間を必ず取る様にしていた。


陛下は私に口づけると、


「そろそろアイザックに兄弟をつくってやらないとな」

とにっこり私に微笑んだ。




「何でしょう……どうしても隠せない気品が……」


私が平民風のワンピースを着込んだ姿を見て、マーサは首を傾げた。


「え?そう?私としてはいつものドレスより、しっくりきてるんだけど?」


「クレア様……。ご自分では気づいていらっしゃらないかもしれませんが、既にクレア様の身のこなしや雰囲気は王族のソレですよ。前のクレア様とは確実に違うのです」

と言うマーサに、


「そうですよ。それに最近ではますます、お美しくなられましたしね~。愛されてるって女の自信に繋がりますもんね」

とアイザックをあやしながらダイアナが同調した。


私は少し顔が赤くなるのを感じる。

陛下との関係が良好な事はどうも周知の事実らしい。……恥ずかしい……。



「王妃陛下!今日はよろしくお願いいたします」

教会の修道院長に挨拶をされた私は、


「今日は王妃としてではなく、クレアとしてお手伝いさせていただきたいと思います。是非、名前で呼んで下さい」

と微笑んだ。


恐縮する院長には申し訳ないが、マーサにも今日は名前で呼ぶ様に伝えてある。マーサは日頃から「クレア様」と呼ぶことも多いが、『様』だけは付けさせてくれと頼まれた。……呼び捨てでも構わないのに。


「今日はバザーと……炊き出しもありますので」

私はバザー会場に案内されながら説明を聞く。


「炊き出し……?」


「はい。最近、失業者が増えましてね。教会では週に三回程、炊き出しを行っているんです」


私は院長に説明を受けながら、自分の無知さに恥じ入っていた。

家を出てからは自分が生きていく事に精一杯だったのは仕方ないとしても、これからはこの国の王妃として生きていくのだ。

語学やこの国の歴史を学ぶ事も大切だが、もっと学ぶべき大切な事があるのだと、ここに来て良く分かった。


「もっと回数を増やしてやりたいんですが、教会としても今は週に三回が精一杯でして……」


「それは……お金の問題?それとも人手の問題?」


「どちらもですね……。あ!もちろん王家からの寄付には大変感謝しておりますが……前陛下の時に……その……減らされてしまいまして」

と院長は口籠る。……知らなかった事実だ。

帰ったら陛下にご報告しておかなければ……。


「それは知らなかったわ。教えてくれてありがとう」


「いえ……。前王妃陛下はこちらに顔を出す事もありませんでしたから……」

と院長は少し顔を顰めた。



バザーが開始され、同時に炊きだしへの列に人も並び始めた。私は炊き出しの鍋をチラリと横目で見る。

……これでは足りなくなるかもしれない。


「院長、これでは炊き出しの量が足りなくなりそうだわ」


「実は今日は調理場の者が少なくて。追加で今作らせてはいるのですが、間に合わないかもしれませんね」

と言う院長に、


「では、私、調理場を手伝って来ますね」

と言えば、院長は目がこぼれ落ちるのではないかと思うほどの驚いた表情で私を見た。

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