第20話

マチルダさんは話を続けた。


「お嬢様は学園で、とある貴族の御子息から求婚されましてね。その御子息と言うのが……かなり高貴な家柄の方で。その方はお嬢様との結婚を望まれましたがお嬢様は子爵令嬢。しかもその時には既にご婚約者もおられましたので、そのお話はお断りしたそうですよ。

しかし、その半年後………子爵に脱税をしているという名目の逮捕状が。もちろんご当主は否定されましたが……何故か有罪になってしまって。家族全員、強制労働という刑が執行される事になったのです。

その時、お嬢様を助けたのが、求婚をしていた御子息です。お嬢様をある伯爵家の養女にする事でお嬢様に刑が及ぶ事を回避しました」


「では……他の皆様は……」


「ええ。鉱山への強制労働へと。奥様は元々あまり丈夫な方ではありませんでしたから、数年後にお亡くなりになったとか。私も風の便りに聞いただけですが。

私が奥様のお墓参りに行けたのは、そのお話を聞いて5年以上経った時でした。私も体の不調が治るまでに時間を要しましたので」

そうマチルダさんは言うとため息をついた。


「そうでしたか」

私も何も答えられずに少し俯いた。するとマチルダさんは、


「ここからは……私がお墓参りに行った時に墓守から聞かされた話です。彼は……私が働いていた当初、庭師として働いていた者でした。最初に言っておきますが、これは彼の想像です。いや、推測です。何も証拠はないのですから」

と前置きした上で、


「ご当主は『嵌められた』彼はそう言いました」

とはっきりとそう言った。


「嵌められた?」


「はい。その脱税の話はでっち上げだと。お嬢様に懸想していた、かの男性がお嬢様を手に入れる為に画策したものだと」


「……まさか……そんな……」

私はあまりにも非現実的な話に絶句した。



「私も聞いた時はそう思いました。しかし後々良く考えてみて思ったんです。最初に脱税の事を聞いた時だって私は思ったじゃないか『ご当主が絶対にそんな事をする訳ない』と。ご当主はとても領民思いの誠実な方でした。お子様はお嬢様しかおりませんでしたが、お嬢様のご婚約者の方に子爵を譲る予定で。ご家族皆様仲睦まじくて、本当に素敵なご家族だったんです。それを………」

と言ったマチルダさんは涙を流した。


「あぁ……ごめんなさいね。つい。初対面の貴女にこんな話をしてしまった上に泣くなんて。駄目ね、歳を取ると涙脆くなってしまうのよ」

そう言って彼女は涙を拭った。



「それで……そのお嬢様は?」

私は続きが気になってしまって、つい尋ねてしまう。

好奇心……もあったのかもしれないが、何故か心がザワザワしてしまっているからだ。


「その御子息と結婚したそうですよ。しかしその子爵家は取り潰し、もう存在していません。

もう二十年程前の話になります。私も最近はお墓参りに行く体力もなくて、その後の話は誰からも聞いておりません」


「……その子爵家と言うのは……?」

と私が尋ねようとした時、


「フニャフニャ……フェーーン」

とアイザックが泣き始めた。


「あら、お目覚めかしら?」

とマチルダさんはアイザックに視線を移した。

私は急いで立ち上がり、アイザックの元へ行くと抱き上げた。

私はアイザックにお乳をあげるため、他の部屋に案内された。  


「今日はこの部屋を使って頂戴。疲れているだろうから、ゆっくりと休んでね」

と言うマチルダさんに、私は再度お礼を言って、部屋の扉を閉めた。




翌朝、鳥のさえずりと共に外の騒がしさを感じて目が覚めた。


昨日は殆ど人通りのなかった村が俄に騒々しい。

私は身支度を整えて、アイザックを抱くと部屋の外に出た。


キッチンに立つマチルダさんに、


「おはようございます」

と声を掛ける。彼女は私達に振り返ると、  


「おはよう。ゆっくり出来たかしら?」

と笑顔で尋ねた。


「ええ、とても。やはり疲れていた様でグッスリ眠ってしまいました。何かお手伝い出来る事はありますか?」


「そうねぇ。粗方朝食の仕度は終わったのだけど……お茶を淹れてくれるかしら?」

そう言われ、私はアイザックを長椅子へと降ろすと、お茶を淹れ始めた。



「あの……なんだか外が騒がしい様な……」


「あぁ。どうも国王陛下が亡くなったみたい。ずっと病に臥せっていたみたいだけど、とうとうね」


「え!?」


そう言えばアイザックが生まれた頃に陛下が倒れたと言う話を聞いた。

自分の生活に必死で、すっかり失念していた。

だけど、平民にとってはそんなモノなのかもしれない。誰が国王であっても、自分達の生活が脅かされなければ良いのだから。


「それって……大変な事ですよね?」

私がお茶をテーブルに並べながら言うと、マチルダさんは


「……私には関係ないね」

と低い声でそう答えた後、


「さぁ、朝食にしましょう!」

と吹っ切る様に明るくそう言った。

私はそんなマチルダさんに違和感を持ったが、その理由を尋ねる事は出来なかった。


食事が終わり、私はマチルダさんにお礼を言ってこの家を出る準備を済ませた。


国王陛下が亡くなった今、近衛騎士も私を捜すより、もっとやるべき事がたくさんある筈。移動するなら、今だ。


「もう少しゆっくりしていっても良いんですよ?久しぶりに誰かと一緒に居るのは楽しかったもの」

と言うマチルダさんに、


「落ち着いたら、また訪ねて来ても良いですか?」

と私が答えれば、マチルダさんはとても嬉しそうに微笑んでくれた。


「では、失礼します。本当にありがとうございました」

と再度頭を下げる私に、マチルダさんは


「気を付けてね」

と声を掛けてくれた。去ろうと足を一歩踏み出して、私はふと思い出した事を口にした。


「あの……昨日聞きそびれてしまったのですが、マチルダさんが仕えていた御屋敷と言うのは……」

何故かとても気になった私は尋ねた。


「……私が仕えていたのは『コンラッド子爵』という御屋敷ですよ」

と悲しそうに答えたマチルダさんの声がとても遠くで響いてる気がする。

私はその答えに息を呑んだ。

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