第21話


あの後、マチルダさんとどうやって別れたのか思い出せない。

私は別れ際、ちゃんと笑顔を作れていただろうか?



あの時マチルダさんははっきりと『コンラッド子爵』と言った。

そして、今はもうその家は存在しないとも。しかも二十年前に。


では、あの時私を抱いたのは誰?アイザックの父親は?彼の正体は誰なのか。


私は無意識の内に辻馬車に乗り、またもや東へと向かっていた。

ふと我に返って辺りを見回すが、やはりと言うか近衛の姿は何処にもない。

これ以上東に行くと、王都に近づいてしまう。私は適当な所で辻馬車を降りて、そこからはまた南へと向おうと心に決めた。



気を抜くと、コンラッド様の事を考える。……というか、あの人は誰だったんだろう。

あの時、招待状は持っていた。しかし……招待客のリストに名前がなかった事は事実だ。

そう言えば……宛名をしっかりと確認していなかった事を思い出す。招待状は本物だったから、誰かに譲って貰った物だとすれば辻褄が合うが、誰が何の為に?ドノバン伯爵家と繋がりを持ちたかった誰か?

しかし……あの日のコンラッド様の姿を思い出す。イライザにも、ジョアンナにも無視をされていたが、彼がそれを気にしていた様子は無かった……様に思う。私も給仕で忙しく、彼の姿をずっと目で追っていた訳ではないが。

誰かに譲って貰ってまでうちと繋がりたかったのなら、もっと積極的に動くのではないだろうか?彼は逆に目立たぬ様過ごしていた。


あ~考えても全然わからない。私はブンブンと頭を振った。


辻馬車が目的地に着いて、ゆっくりと停まる。

頭には入って来ないが、耳には国王陛下が亡くなったという話題がひっきりなしに乗客から齎されていた。

しかしながら、国王陛下はあまり敬われていなかったのだろう。悲しんでいる声は殆ど聞かれなかった。


私は荷物を持ち直し、アイザックをおぶって辻馬車を降りた。

私の目的地である町まではあと少し。今日はこの町で宿泊をしようと、宿屋を探す。


キョロキョロとしている私に、


「おい。クレア・ドノバンだな」

と背後から声がかかる。……近衛?

私の心臓が煩い程音を立てている。

私は『あぁ、終わった……』と思いながら後ろを振り返った。



「おう……太子…殿下?」

振り返った私の目に飛び込んできたのは、不機嫌そうに腕を組んで私を見ているエリオット殿下……その人だった。



「やっと見つけたぞ。さぁ、付いてこい」

と殿下は私の手から荷物を奪うように引ったくると背を向けて歩き出した。


……当然、私は逆向きに走り出す。何故、殺される為に付いて行かなければならないのか。荷物なんてどうでも良い。命あっての物種だ。


しかし、アイザックをおぶった私の走る速度など高が知れてる。殿下は直ぐに追いついて私の腕を掴むと、


「おい!付いて来いと言っただろ?!何故逃げるんだ?」

と驚いた様に私に詰め寄った。


「私は殺されても構いません!家族の責任を取れと言うのなら、私だけを!アイザックには全く関係ないんです!この子だけは助けて下さい!」


「ほう……アイザックという名を付けたのか。良い名だ。……ではなく!何故お前を殺さねばならんのだ?」


「確かに私はドノバン家の者。しかし私は家を捨てた身です。それなのに、わざわざ王太子殿下自ら捕まえに来る程ドノバン家が憎いですか?

今って国王陛下がお亡くなりになったばかりで、お忙しいのでは?私一人ぐらい見逃して下さっても良いではないですか!!!」

私は思わず叫んでいた。


だって理不尽じゃないか。捨てた家族の罪まで背負うなど。最初は私もドノバン家に生まれた者として、仕方ないのかもしれないなどと考えていたが、私みたいな小娘一人をわざわざ捜し出す為に此処に現れた殿下に無性に腹が立ってきた。


「お、おい。落ち着け。大声を出すな、子どもが驚いているだろう?」

と私を宥める様に言う殿下に、


「貴方にアイザックを心配していただく義理はありません!」

と私は怒鳴った。その声に反応するように、アイザックが泣き始める。


「ほらみろ、泣き出したじゃないか」

と殿下は困り顔だ。


「……誰のせいだと思ってるんですか」

と私が体を揺らしてアイザックをあやしながら殿下を睨むと、殿下は肩を竦めて、


「何を勘違いしているのか知らんが、ドノバン家のでお前を罰するつもりはない。今は時間がないからな。直ぐに来い」

と今度は私の背中からアイザックを奪い去ると、片手でアイザック、もう片方の手に私の二つのカバンを持った殿下は私にクルリと背を向ける。

そして、さっさと歩き出した。


殿下に抱かれたアイザックはまた泣き始めると、私に必死に手を伸ばした。


私は急いで、その後に駆け寄ると、


「アイザックを返して下さい!」

とその背に声を掛ける。


しかし殿下はその声にも足を止める事なく、


「ならば付いて来い」

と言うだけだ。私は仕方なくその後を小走りで付いて行った。

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