第18話


「女将さん……」


「いいかい?今のクレアに大切なのは、とにかくアイザックを守る事だ。使える物は何でも使う!」

と言われた私は、


「そうですね。本当にそうです。私、何を意地張ってたんだろ……」


「さぁ、そろそろ出よう。また近衛がこの村に捜しに来るかもしれないよ」

と言われた私は、カバンを両手に持ち、おぶったアイザックに、


「さぁ、行きましょうね」

と声を掛けた。そして、もう一度女将さんに


「またいつか、戻って来ます」

と笑顔で挨拶した。さよならは言わなくて良い。私達は『またね』と再会を約束した。


家を出ると、サムが待っていた。


「ここらへんは辻馬車が通らないんだ。乗り場まで送るよ」

と言うサムに、私は、


「サムも本当に今までありがとう。たくさん助けて貰ったわ。……元気でね」

と笑顔を見せた。サムは何とも言えない顔で私を見ると、


「早く乗って。女将さんも」

と私達を急かす様にサムは言うと、御者の台に向かって行った。私達も荷馬車に乗る。


私達は荷台で並びながら


「サム、泣くのを我慢してんだよ。情けないねぇ。男のくせに」

と女将さんが言うのを私は、  


「シーッ。聞こえますよ。寂しい時に男も女も関係ないですよ。……私だって寂しいです。この村から、皆から離れるのは。家を出る時には感じなかった気持ちです」

と小声で言った。


ガラガラと鳴る荷馬車の車輪の音が響く。私はこの村の風景を目に焼き付けた。



「じゃあ、達者でね」

「クレア、元気でな」

と辻馬車に乗った私を二人が見送る。


「はい。落ち着いたら手紙を書きます」

そう言って私は手を振った。


二人が私の乗った辻馬車を小さくなるまで見送ってくれている。私は涙を必死に堪えた。


私は馬車を乗り継いで南へ向かう。タリス村から三つ程離れた村までたどり着いた時には、既に日が暮れていた。


私は近くの宿屋を訪ねると、空室があるという。少し古い宿屋だが、今日はここに泊まる事にしよう。


私は二階の部屋に案内された。


荷物を置いて、アイザックを背中から下ろすと、ベッドに寝かせた。


「……ふふふ。良く寝てる」

アイザックは殆どぐずる事もなく、ここまで付いてきてくれた。生まれて半年の赤ん坊には酷だと思うが、命には変えられない。


私はアイザックにシーツを掛けてから、何気なく窓の外を見た。


「…………う、そ」

思わず私の口から言葉が漏れる。


暗くなった窓の外、宿屋の前の通りを歩く近衛騎士の姿が見えた。


その近衛騎士がこちらを見上げた気がして、私は直ぐにしゃがみ込んだ。

部屋の中の方が明るいとはいえ、一瞬であれば大丈夫だろう……きっと。


「きっと、ただ見回りをしているだけだわ。ここは比較的大きな村だし……」

私は自分に言い聞かせる様に口に出してそう呟いた。


そう思いながらも、スヤスヤと眠るアイザックの顔を見て、明日の朝早くには此処を発とうと心に決めた。



翌日、朝早く宿屋を出る私に、


「おやおや、まだ眠そうだね」

と私の背中で大欠伸をしているアイザックを見て、すれ違う宿泊客のおばさんが目を細めた。


そして、


「ああ、そう言えば……昨日近衛騎士が人探しをしてたねぇ……あんたみたいな子連れだって話だけど……」

と私の顔を改めて確認する様に見ようとアイザックから私に視線を移そうとした。

私はそれを遮る様に顔を背けて、


「すみません、先を急いでいますので……」

と再びカバンを握り直し、宿屋の扉へと足早に向かう。


宿屋の女将さんが、


「またお越しくださいね~!」

と言う声を背中に受けながら私は急いで宿屋を後にした。


さっきの話……。やはり、あの近衛騎士は私を捜していたのだと分かって私は動揺してしまった。


不安に駆られた私の足は、自然と早くなる。

もう少しで辻馬車の乗り場に着く……そう思ったその時、


「おい。この村には居ないんじゃないか?誰も目撃していないみたいだ」


「だなぁ~。まぁ、もう少し此処で待って現れなければ、次の村に行くか。どうせ使うなら辻馬車だろ」

と2人の男性の会話が聞こえる。


私は足を止め、近くの建物の影に隠れた。


「だが、本当に南に向かってると思うか?」


「んー。だがタリス村にはもう居ない様だったしなぁ。赤ん坊を連れて移動するなら、南じゃないかと思うんだがな」

と2人の会話は続いている。


私はその声から逃げる様に、足早にその場を離れた。


……読まれてる、私の行動を。どうしよう……。やはり南へ向かうのは単純過ぎたのか。


もう辻馬車には乗れない。私は仕方なく、もと来た道を歩いて戻った。



結局私はその村から東側に歩けるだけ歩いて、やっと小さな村にたどり着いた。  


偶にアイザックのおしめを替えたり、お乳を飲ませたりする以外は必死に歩いたのだが、この小さな村にたどり着いた時にはすっかり日が暮れていた。


しかし、この村には宿屋は無さそうだ。私は途方に暮れてしまった。

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