第15話
私はそれから、つい時間があると自分の生家……ドノバン伯爵家について考える様になってしまった。
家族……と言っても良いかわからないぐらい関係は希薄だし、彼らに未練がある訳ではないのだが、処刑と聞くと心は沈む。
もう刑は執行されたのだろうか……そう考えていると、女将さんとサムが慌てて私が掃除をしている部屋へと入って来た。
「クレア、今すぐ隠れるんだ」
と女将さんが私の腕を掴む。
「え?え?どうしたんです?」
と私はその勢いに圧倒されながらも女将さんに引っ張られながら、後ろから付いて来ているサムに視線を投げた。
サムは頷いて、
「大丈夫、俺がついてるから。話は後だ」
と私を安心させるように声を掛けた。
訳のわからないまま、私は裏口から荷馬車に乗せられる。二人の勢いにアイザックも泣き顔になると、女将さんは、
「ザック、大丈夫だから泣くんじゃないよ。さぁ、大人しく隠れてておくれ」
と荷台にうつ伏せになった私達に網代を掛けた。
「早く!」
という女将さんの声に急かされるように私達を乗せた荷馬車をサムは走らせた。
網代に隠れた私は得も言われぬ不安に襲われながらジッと荷馬車が止まるのを待った。
どれぐらい走らせただろう。隠れている身としては永遠かと思うほどの時が経ち、荷馬車はスピードを落としてゆっくりと止まった。
「大丈夫だったかい?」
と網代を捲ったサムが私達を気遣った。
「ええ。……ここは?」
と私がキョロキョロと辺りを見回す。
「ここは村の外れの俺のおじいちゃんの家だ。おじいちゃんが亡くなってからは誰も住んでないが、たまに俺が空気の入れ替えと掃除に来てるから、そんな傷んで無いはずだよ。さぁ、入って」
とサムの手を借りて荷馬車から降りた私達を彼は木造の古くて小さな家に案内した。
足を踏み入れると確かに少し空気が淀んだ気配がするが、サムの言う通り手入れされていた。
サムは窓を少し開けて辺りを見回すと、少し頷いて大きく窓を開けた。緑の匂いのする風が心地よい。
サムは私に、
「座って」
と、食卓にある小さな椅子を勧めた。
アイザックを背中から降ろして前に抱いた私はその椅子に腰掛けて、
「何があったの?」
とサムに尋ねた。ここまで来たは良いが、理由は全く知らされていない。
私はサムの答えを待った。
「宿に近衛が数人やって来て『ここにクレア、・ドノバンは居るか』って。
女将さんは『そんな人居ませんよ。他を当たって下さいな』って答えたらしい。
で、女将さんが俺に『クレアを捕まえに来たのかもしれない。あの連中が帰って来る前にクレアは隠そう!!』って慌てて。
俺も実は訳が分からなくて。詳しいことは何にも聞かずに此処に来たんだ。………クレア、クレアがそのドノバンってやつなのか?なんで捕まるんだ?」
とサムは私に尋ねた。
『一家全員皆殺し』
あの客の言葉が私の脳裏に蘇る。
私は今の今まで自分は全く関係ないと思っていたが、お家取り潰し……連帯責任だと言うなら私も対象だと言うことか。
確かに私は家出した。がしかし、除籍されていないとしたら?私は勝手に父が私を喜んで除籍しただろうと思っていた……いや思い込んでいた。
女将さんもあの時、お客様の会話を聞いていたのかも……そして私が自分を『クレア・ドノバンだ』と言った事はないが、もしや!と思ったのかもしれない。
女将さんは意外と勘が鋭いから。
私はゆっくりとサムに自分の過去を話す。
「確かに私はクレア・ドノバンと呼ばれていたけど、それは昔の話。色々あって……家を捨てて出てきたの。
もうすっかり実家の事なんて忘れていたのに……。
私には義理の姉が二人居て……どうもそのどちらかが、王太子殿下に薬を、媚薬を盛ったらしいの。
この前宿屋に来たお客様が話しているのを偶々聞いて初めて知ったわ。実家は取り潰し。一家は連帯責任で全員処刑だとも言っていたの」
と私がそこまで言うと、
「ま、まさか!!それでクレアを探しに来たと?」
「わからないけど……今考えられるのはそれぐらいしか思いつかないわ。だって他に思い当たる事もないし。
まさか家を捨てた私にまで責任が及ぶとは私も思っていなかったけど、実際近衛が私を探しているのなら……」
と私は言葉を切った。
サムはアイザックを抱く私の手を握り、
「クレア、やはり俺達結婚しよう。それなら、もうクレアはその……ドノバンとかいう家とは縁が切れる。そうした方が良い」
「ダメよ!そんな事をしてサムにまで迷惑がかかったらどうするの?私、そんなの耐えられない」
と私は強く首を横に振った。
「そんな事は心配しなくて良い。きっと大丈夫だ」
と私の手をもっと強く握るサムに私は、何も言えなくなった。
サムの好意に甘える?でもそれで私が罪を逃れられるのかは確証がない。しかし……
「サム……もしも、もしもよ?私が捕まる様な事があれば、アイザックだけでも助けて貰える?アイザックは本当に何も関係がないの」
私はイライザが媚薬を殿下に使うつもりなのは知っていた。知っていたが、まさかそんな馬鹿な事をするとは思っていなかったし、あの家を出た私にはもう関係のない事だとも思っていた。
あの時、私がもっと強く彼女を諌めていれば……そう考えると自分には責任があるかもしれないと思える。しかし、アイザックは別だ。アイザックだけは何としても守らなければならない。
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