第14話
首が座ると、私はアイザックをおぶって仕事をした。
女将さんの言う通り、アイザックは大きくグズる事もなく、お乳を良く飲み、そして良く寝るとても良い子だ。
「クレア、何故かアイザックは俺に懐いてくれないけど、それでも俺はアイザックを可愛いと思ってるし、二人を守ってあげたいとも思ってる。結婚してくれないか?」
サムから二回目のプロポーズをされたのは、そんなある日の事だった。
正直、村人には私とアイザックについて面白おかしく噂話をしている人がいる事は分かっているが、それ以上に私達に親切にしてくれる人がたくさん居る。私はアイザックに父親が居ない事を気にする間もないぐらい充実していた。
それに……私はあの夜、私に敵意を見せたアリスさんを思い出していた。
私はサムをそんな風な目で見た事がない。そんな気持ちで結婚するのはアリスさんにも申し訳ない。
「サム。貴方の申し出を受け入れる事は出来ないわ。それに、貴方を始め女将さん達に私は守って貰ってる。それで十分よ。本当にありがとう」
「クレア、そうじゃないよ!俺はクレアが好きだから……!」
好意を持って貰えるのは嬉しい。しかし、やはりその気持ちに応える事は出来ない。
「サム!!どこだい?お使いを頼みたいんだけどねぇ!」
と女将さんのサムを呼ぶ声が聞こえた。
「はい!!ここに居ますよ!直ぐに行きます!」
とサムは大きな声で返事をすると、私に、
「クレア、この続きはまた今度」
と言って去って行った。
正直、困る。彼の気持ちには応えられない。私が少し俯くと、背中でスヤスヤ寝ていたアイザックが目を覚ましたのか、ホニャホニャと泣き出した。
私の気持ちを敏感に察知する息子に苦笑してしまう。
「アイザック……あなたって、本当に私の気持ちが分かるのね」
と言いながら、私はあやす様に背中のアイザックを揺すった。
私も休憩を終えて、部屋の掃除に戻ろうとしていると、女将さんから
「クレア、ちょっと受付手伝って貰えないかい?お客様が多くてね」
と声を掛けられた。出立するお客様とこれから宿泊するお客様で、受付が混雑している。私は急いで受付に向かった。
受付をしながら、お客様の会話が耳に入ってくる。
「なぁ、知ってるか?王太子殿下に薬を盛った馬鹿がいるんだとよ」
「は?……もしや王妃様の実家……とか?」
「違う、違う!お前、それ、あんまり大声で言うなよ?デリケートな問題だからな。それとは別の奴だ。それに、今回盛った薬ってのは媚薬だとよ、媚薬。毒薬じゃない」
『媚薬』その言葉を聞いて私は思わずイライザを思い出していた。
『王太子殿下に媚薬を盛る』
その言葉に、私は自然とあの夜を思い出していた。
イライザは王太子殿下と関係を持つ為の媚薬を私に見せびらかした。
結局、あの夜会には王太子殿下が参加しなかった為、コンラッド様に媚薬を……。そしてその結果がこれだ。
お客様の会話はまだ続いている。
「でな、その犯人ってのが……名前何だったかな……えっと…ドーバンとか、ドノバンとか……」
私はその名前に思わず息をのむ。
『ドノバン』……私が捨てた実家だ。私は黙ってその会話に全神経を集中し、耳を傾けた。
「何だかな、そこの娘が媚薬を王太子殿下に飲ませたらしくてさ。何を考えてるのかねぇ。殿下を体で籠絡しようとでも思ったのかな。結局、お家は取り潰しだとよ。伯爵だったって話だがな」
「まぁ、仕方ねぇよな。てか、そんな馬鹿がいるんだ。あの王太子殿下だぞ?命も危ないんじゃねぇか?」
「当たり前だろ!処刑されるに決まってるさ。噂では家族全員皆殺しって話だ」
私はそこまで聞いて、立っていられなくなる程に動揺した。
しゃがみ込んだ私を見て、同じように受付をしていた女将さんが慌てて私に駆け寄る。
「クレア、どうしたの?大丈夫かい?顔色が真っ青だ」
と私を抱える様にして立たせると、
「少し休んでおいで。アイザックは私が見てるから」
と私が纏ったおんぶ紐を解いてアイザックを抱っこした。
「……いえ、大丈夫です」
と言う私に、
「大丈夫な人はそんな死にそうな顔はしてないよ。さぁ、奥に行って休んだ、休んだ」
と私の背を押して奥へと引っ込めた。
私は受付奥の従業員の部屋に入って長椅子にポスンと腰掛けた。ショックで力が入らない。
……イライザはとうとう実行してしまったのだ。あの媚薬はあの夜で全て使い切ったと思っていたのに……また買ったのだろうか。
いや、それより……ドノバン家が取り潰しとは……。あの人達への情はないが、それでも私は大きなショックを受けていた。
思わず頭を抱えて俯く。
馬鹿だ、馬鹿だと思っていたが……まさか本当に殿下に薬を盛るとは。
十分程経って、アイザックをおぶった女将さんが現れた。
「クレア、どうだい気分は?」
「女将さんすみません、忙しい時に。アイザックも……面倒見て貰って」
「そんな事はいいんだよ。まだ顔色悪いけど大丈夫なのかい?」
と心配してくれる女将さんに、私は自分の実家について今聞いた話をしようかと口を開きかけた……が、思い留まる。
この話をしてどうするというのか。私が出来る事は何もない。
私は気持ちを切り替える様に笑顔を作って、
「もう大丈夫です。少しお腹がすいちゃって……」
と誤魔化した。
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