第13話
私は顔を上げて
「でも……私には貰う理由がありません」
と女将さんにそう言った。
この子を産んだのは私の意思だ。それにこの子は私の子。コンラッド様には関係……ない。
「そんな頑なにならなくても良いんじゃないのかい?下世話な話をする様だが、子どもを育てるのには金が必要だ。今すぐ……でなくても良い。本当に困った時に使っちゃどうだい?さっきから言ってる……そのネックレスだが、あんたの大切な物だろう?それを売るぐらいに追い詰められていたんじゃないのかい?」
そう優しく私を諭すように女将さんは言った。続けて、
「あんた……元は貴族なんじゃないのかい?このコンラッドって人はクレアの父親かい?」
と尋ねた。
私はゆっくりと首を横に振る。
「……確かに、私は貴族……と呼ばれる類の家に生まれました。しかし、そのコンラッド様は父親ではありません。私の父親は……私が居なくなった事すら気にしていないでしょう。いや、喜んでいるかもしれません」
そう言った私に、女将さんはとても悲しそうな顔をした。
すると、アイザックがフニャフニャと泣き始めた。
「おやおや。あんたに辛いことを思い出させた様だ。お母さんが悲しいと子どもも悲しくなっちまう。母親と子どもは例えお腹から出て別々になったって、何となく通じてるもんさ。まぁ、この感覚は大きくなるにつれて、薄れちまうがね。嫌な話は後にしよう。時間はあるさ。クレア、あんたが話したくなったらいつでも聞くよ」
「女将さん、ありがとうございます。私としては出来ればその小切手を使わずに暮らせるよう努力したいと思っています。なるべく仕事にも早く復帰したいと考えていて……」
と私が言えば、
「まぁ、慌てる事はない。しかし、仕事には早く復帰してもらえると嬉しい事も確かだ。あの呑気な旦那とばかり顔を突き合わせてたら、イライラしちまう。それにお客の皆もあんたに会いたがってるよ」
と女将さんは言ってくれた。気を使ってくれているのが痛いほど分かる。私は素直に感謝した。
私は程なくして、宿屋の仕事を再開した。
アイザックをゆりかごに寝かせて目の届く場所で仕事をさせて貰っている。
皆の好意にどっぷり甘えている形だが、やはりコンラッド様からの援助を素直に受け入れる事は難しかった。
サムは進んでアイザックの面倒を見てくれるのだが、何故かサムが抱くと息子は大泣きするので、サムは大きな体を小さくして落ち込んでいた。
宿泊客からも相手をして貰えて、アイザックはいつもご機嫌だ。女将さん曰く、『こんなに育てやすい子も、そうそう居ないよ』と言われた。
そんな中、驚く様なニュースが飛び込んで来た。
「国王陛下が?」
「あぁ、既に意識がなくなってから二ヶ月程になるらしいよ」
「二ヶ月……」
それはアイザックが生れた時期と重なっていた。
「はっきりと原因は発表されていないが、ご病気らしいね。なので現在は王太子殿下が陛下の公務を代行してるらしいけど……実はね」
と女将さんは声を潜める様にして、
「王太子殿下を引きずり下ろしたい勢力があるんだよ」
と私に耳打ちした。
「……もしかして、王妃陛下が……?」
と私も小さな声で返答した。
「あんた、良く知ってるね」
「噂話で聞いた事があります。ローランド殿下を王太子にしたいのだと」
「そうそう。ローランド殿下はまだ四歳。エリオット王太子殿下が立太子した頃には、まだ生まれても居なかった。
一度立太子してしまえば、本人が辞めると言うか、取り返しがつかない程の事をやらかすか、国王陛下が王命を下すか……王太子自身が亡くなるかのどれかがなければ、簡単には王太子を入れ替える事は出来ない。
ローランド殿下はまだ幼い上に、病弱らしいからね、陛下も正妃の子だからといって、簡単には頷かなかったみたいだね。
今でも王妃は我が子に跡を継がせたいのさ。今、王太子殿下は身動きが取れない程忙しくさせられてるらしいよ。ほら、隣国との色々とかをね。慣れない仕事で殿下も疲弊しているんだとさ。噂だけど」
「それで、大きなミスをするのを待っているとでも?あまりに不確定要素が多すぎて上手くいくとは思えませんけど」
「陛下が亡くなってしまったら、王太子殿下が陛下になっちまうからね。どちらにしろ焦ってるんだろうよ。王妃陛下は」
と女将さんは顔をしかめた。
王族も大変そうだな……とつくづく思う。
うちも伯爵家でそれなりに血の繋がりと言うのは面倒なものだと感じていたが、王家ともなればその比ではないのだろうと考えると、私も思わず眉間に皺が寄ってしまった。
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