第12話


「お世話になりました」

私はそれから五日間滞在し、自分の村へと帰る事になった。

産婆さんにはおしめの替え方や抱っこ、ゲップのさせ方など、全てを教えて貰った。母の居ない私には本当に有り難い存在だった。


「はい。これ」

と産婆さんが渡してくれたのは、数枚の銀貨。


「これは?」


「子どもがある程度育つまでは仕事も出来ないだろう?これは殿下が置いていった金貨の残りだ。申し訳ないが、必要経費だけは引かせて貰ったよ」

と産婆さんは笑顔を見せた。


「そんな……これは元々私のお金じゃあ……」

と私が返そうとするも、


「逆に私のお金でもないさね。そうだねぇ……この子がもう少し大きくなったら、顔でも見せにまた来ておくれよ。それでチャラだ」

と産婆さんは息子……アイザックのほっぺをつついた。それにアイザックは『キャッキャッ』と声を上げて喜んでいる。


「何から何まで、本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」

と私が頭を下げれば、


「大袈裟だよ。私は産婆だ。赤ちゃんを取り上げるのが仕事。私は報酬を貰って仕事をしただけ。恩なんて感じる必要はないさ。礼なら王太子殿下に言う事だね。……機会があればだけど」

と産婆さんは苦笑した。


私が産院を出るとそこには、女将さんと……サムが居た。

サムは私を見て、


「クレア……この前は悪かった!」

とガバりと頭を下げる。私は慌てて、


「頭を上げて!私も言い過ぎたわ。サムの気持ちが有り難かったのは本当よ。……でも……」

と言う私の言葉に被せるようにサムは、


「いや!俺が悪かったんだ。クレアの気持ちも考えずに」

と言うと、その言葉尻を捉えた女将さんが、


「本当にそうだよ。クレアの気持ちを丸無視して自分勝手に赤ん坊が自分の子だって、言いふらしていたって言うじゃないか。それを聞いてあたしゃビックリしてさ。サムに説教したところだったんだよ」

と腕を組みながら、呆れた様にそう言った。


「本当にごめん。でも俺諦めるつもりはないから、これからクレアに俺の事を……」

と必死な様子で私に訴えるサムに、


「ストーップ!クレアは子どもを産んだばかりで、そんな一編に色々考える事が出来る訳ないだろ!

口説くなら場所と時期を考えろってこの前言ったばかりだろう?少し落ち着いて!とりあえず、一緒に帰ろう。ね」

と女将さんはアイザックに話しかけた。



女将さんが、今日は私達を迎えに来る為に馬車を借りてきてくれたと言う。その御者役としてサムは付いて来てくれた様だ。


「お仕事中なのに、二人もお迎えに来て……大丈夫だったのですか?」


「今は閑散期だからね。心配しなくても大丈夫」

と馬車の中で私にそう言った女将さんは殊更声を小さくして、


「本当は、御者も雇うつもりだったんだけど、サムがどうしても!って聞かなくてさ。

あんたに謝りたいって言うから、理由を聞いたら馬鹿みたな事言っててビックリさ。

……サムがクレアに好意を持っているのは何となく分かってたけど、まさか子どもの父親が自分だなんて言ってるなんてね。

……まぁ、この子を見ればサムの子ではない事は一目瞭然だろうがね」

と女将さんは私の腕の中でスヤスヤ眠るアイザックを見てそう言った。


アイザックの中にサムの要素は一つも見つからない。この子を見れば誰も『サムの子だ!』とは言わないだろう。

……ちなみに私の要素も全く持っていないアイザックは丸っと父親似だと言うことだ。……そうコンラッド様の。


「辻馬車で帰るのは少し不安だったので、迎えに来て頂いて、本当に嬉しかったです。でも、色々と申し訳なくて……。あの……私の持っているネックレスを……」

と私が言えば、女将さんはそれを制して、


「実は……あんたに確認しなきゃならない事があってね。クレア……『スティーブ・コンラッド』という人物を知っているかい?」

と尋ねられ、私は息が止まる程驚いた。

まさか、彼の名前が誰かから語られるとは思っていなかったからだ。

咄嗟の出来事にポーカーフェイスを貫く事は不可能だった。

そんな私の表情から、


「やっぱり知ってるんだね。実はその人から小切手が届いたんだ。びっくりする様な金額だ。それをあんたに渡して欲しいと。

もしクレアが受け取らなければ私にそれを使ってあんたや子どもを援助してあげて欲しいって手紙が入ってた。この男……誰だい?貴族なのは間違いないだろ?」

私の頭の中は混乱していた。コンラッド様が何故私の存在を?

タリス村に居る事も、子どもを妊娠……そして出産した事も、彼にバレる筈がないと思っていた。コンラッド様にとって私は、ドノバン伯爵家の使用人の一人に過ぎない。媚薬の影響で私を抱いたが、その後私はあの家を出た。捜す価値もない存在の筈だが。


黙り込んだ私に女将さんは、


「何か事情があるんだろう?無理に訊き出そうとは思っていないが、あの金……どうしようかと思ってさ。

あんたとその男がどんな関係なのかは分からないが、少なからず関係があるんなら、有り難く受け取っちゃどうだい?どのみち直ぐに仕事をするのは難しいだろう?」

と私の顔を覗き込む。

私はいつの間にか俯いてしまっていた様だ。

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