第11話

「ふぇ……ふぇぇえん、ふぇぇぇ!」

と赤ちゃんの泣き声が部屋に響く。

う、産まれた………。疲れた、もうヘトヘト。今すぐ眠りたい。


「さぁさぁ、良い子だ。良く頑張ったね。ほら、お母さんだよ」

と産婆さんは、今、産まれたばかりの赤ちゃんを私に見せて、


「クレアも良く頑張ったね。可愛い男の子だ」

と私も労ってくれた。


私は、少し震える手を伸ばしてそっと赤ちゃんに触れた。


「……私の赤ちゃん……。凄い。生きてる……」

掌から温もりが伝わってきて、思わず涙がこみ上げてきた。

私のお腹の中で…今の今まで一心同体だった子どもが、こうして私の目の前に居る事に信じられない思いがした。


「当たり前だろう。ちゃーんと元気だよ。綺麗な青い瞳だねぇ。髪の毛は……きっと明るい金色だろうね。まだ殆ど生えていないがね。どっちもお父さん似かねぇ」

という産婆さんの言葉に、私はコンラッド様の綺麗な海の様な青い瞳を思い出した。

だけど……明るい金髪?私は必死にコンラッド様の髪色を思い出す。確か……彼はくすんだ金……アッシュブロンドだった筈だが。

成長するに従って変化したりするのだろうか?


「疲れただろう?少し休んでも良いよ」

と言われた途端に私のまぶたが重たくなる。

私はそのまま深い眠りについた。閉じたまぶたの裏には今見た息子の青い瞳が焼き付いていた。



目を開いた私を覗き込む顔がある。


「お、女将さん?」


「目が覚めたかい?知らせを貰って驚いたよ。まさか隣町に居るなんて思ってなかったから、ビックリしちまった」

と早口で捲し立てる女将さんに、寝起きの私の頭がついていかない。


「え?女将さん、何でここに?って、知らせって誰が?」

と目を白黒させて尋ねる私に、


「わたしの娘が知らせに行ったんだよ」

と産婆さんが私の赤ちゃんを抱いて現れた。


「え?私、女将さんの事をお話しましたっけ?」

と困惑する私に、


「いや。王太子殿下が子どもが産まれたら知らせるようにと宿屋の名前を書いて置いていったんだ」

と産婆さんは笑顔で答えた。


思わず私と女将さんは


「「王太子殿下が?!」」

と声を揃えて驚いてしまった。


「何で王太子殿下が?」

と私に尋ねる女将さんに、


「実は……」

とネックレスの一件を話し始めようとして、私はハッとした。


「あ、あの私……持ち合わせが無くて……」

と寝台の横のテーブルに置いてあった私のカバンに手を伸ばして中を探り、ハンカチに包まれたネックレスを取り出した。

私はハンカチを開き、ネックレスを産婆さんに見せながら、


「あの……今、現金は無くて。これを差し上げますので売って下さい。……あまり良い値にはならないかもしれませんが……」

と言う私を遮って、


「あー。お金の心配はいらないよ。殿下が金貨を置いていったんだ。『貰い過ぎです』って返そうとしたら『彼女がここに居たいだけ居させてやって欲しい』って言われちゃって……なんなら、あんたがここに一ヶ月滞在しても問題ないぐらいのお金だよ」

と産婆さんは少し困った様にそう言った。

私は驚いて、


「な、何故王太子殿下が?」

と、つい産婆さんに訊いてしまった。


「さぁ……?そりゃ、私にもわからないよ。でも噂ってのはあてにならないって事かねぇ」


「噂……?」


「あぁ。ほら殿下は冷酷無比だって噂だろ?剣の腕は天下一品らしいが、笑顔も殆ど見せないし。あんな人が国王になったら、この国はどうなっちまうんだろうねって、皆、心配してたのさ。

まぁ……今の国王陛下よりマシかもしれないがねぇ……おっと、誰かに聞かれたら不敬罪で捕まっちまう。くわばら、くわばら」

そう言った産婆さんは、私に赤ちゃんを抱かせると、


「だから、あんたは心配せずゆっくり休んだら良い。家に帰るのはそれからだって遅くないよ」

と微笑んで赤ちゃんの頭を軽く撫でた。


黙って私達のやり取りを聞いていた女将さんは、


「殿下とどこで会ったかは追々聞くとして、言葉に甘えてゆっくりさせて貰ったら良いんじゃないかい?あんたが家に帰りたくなったら、また迎えに来るよ」

と私に言うと、赤ちゃんに視線を移して


「まぁ、まぁ、まぁなんて可愛い顔をした赤ん坊だろうね。こりゃ、将来が楽しみだ。名前は何にするんだい?」

と目が流れそうな程笑顔になって私にそう訊いた。


「名前は……アイザックです」

私の頭の中にふと思いついた名前は、母方の祖父の名前だった。


母が亡くなった時、誰よりも私に寄り添ってくれた優しい祖父母。

母が亡くなった半年後に二人共事故で亡くなってしまった。

自分を大切にしてくれていた人が相次いで亡くなった事は、まだ子どもだった私に大きな影響を与えた。あの一年の間に一生分の涙を流した気分だ。

あの時、父親にも継母にも義理の姉にも辛く当たられ、私の味方だった使用人達も全て去って行った。

私は強くなりたくて、もう泣かないと決めたのだ。……たまにそのルールを破ってしまう事はあるが。



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