第9話
「酷いわ!どうしてそんな嘘を……」
一呼吸置いて我に返った私はサムに詰め寄った。
「だって……可哀想じゃないか、お腹の子が。父親がいないなんて。それにこんな小さな村では、誰の子かも分からないなんて、子どもが後ろ指さされちまう。なら最初から俺の子って事にした方が、全部丸く収まるだろう?」
「サム……私は恥ずかしい事をした訳でも、顔向け出来ない事をした訳でもないわ。だから、例え父親が居なくても私が二倍……ううん、何倍も愛情を注いで育てていくつもり。確かに、色々噂をする人はいるてしょうけど、後ろ指を指される様な事をした覚えはない。堂々とこの子を私一人で育ててみせるから。だからもう帰って。二度とこの子を可哀想だなんて言わないで!」
私は背中を押して、家の外へとサムを追い出す。
サムは、
「どうしてそんなに怒るんだ?!俺はクレアと子どもの事を思って……」
「とにかく!今はもう話したくないの!出てって!」
私はサムを追い出し、扉をバタン!と閉め鍵をかけた。
「クレア!ここを開けて!もう一度話をしよう!俺は本気で……」
「帰って!」
私がそう叫ぶと、サムは扉を叩くのを止めた。
扉の向こうでサムの足音が遠ざかって行くのがわかる。
私は、大きなため息と共に涙がポトリと落ちるのを感じた。
サムが言いたい事は分かっている。子どもの為に父親が居た方が良い事も。
でも、どうしてもこの子を『可哀想な子』だと思いたくなかった。
私は椅子に腰掛けて、お腹にそっと語りかける。
「あなたを愛してるわ。……強くなるから。あなたを守れるぐらいに」
すると、私の声に反応する様にポコポコと胎動を感じる。
『強くなる』……具体的にどうすれば良いかしら?
とにかく、産後は仕事が出来なくなる。私は母の形見のネックレスを取り出して握りしめた。
これを売ると、母と私を繋ぐ物が無くなってしまうような寂しさがある。でも、そんな事は言っていられない。
私は鏡に映る自分を見た。
鳶色の髪に灰色の瞳。この瞳の色は母親譲りだ。
「ちゃんとお母様が残してくれた物が私の中にあるもの。ネックレス……売ってもいいわよね?」
と私は鏡に映る自分に問いかけた。答えはないが、きっと母なら許してくれる。そんな気がした。
翌日、私はお休みを貰い辻馬車に乗って隣町までやって来た。
ここなら、宝石やアクセサリーを買い取ってくれる店があると聞いたからだ。
私はその店を見つけて、恐る恐る入って行った。
私が店主を探してキョロキョロとしていると、周りの客が話している会話が耳に入ってきた。
「そういえば、隣国との小競り合いは決着がついたらしいね」
「そうみたいだ。結局、我が軍の勝利……いや殿下の勝利と言ったところか。
あとの諸々の処理は陛下がやるんだろ。危ない所は殿下にさせて、いつも陛下は良いとこ取りだ」
「自分は全く動かず指図するだけで国が一つ手に入るんだ。儲けもんだな」
「やっぱり隣国は支配下に置かれるのか?無駄な戦いを挑んだもんだ」
客の会話から、我が国が勝利した事が伺える。
勝利宣言は出されていないが、憂いはなくなったという事か。
……っていうか、国王陛下ってあまり人気がないのね。貴族の中ではそんな話を聞いた事はなかったが、平民はあまり良い感情を持っていないような口ぶりだった。
すると、
「お嬢さん、何か御用ですかな?」
と店の奥から出てきた白髪の紳士が話しかけてきた。
「あ、あの……こちらのご主人ですか?」
「では自己紹介から。この店の店主、トーマスと申します」
「ご、ご丁寧にどうも。クレアと申します。あの……こちらで宝石やアクセサリーを買い取っていただけると聞いたので」
「ええ。物によりますがね。まずはお品物を鑑定させていただいてから……になりますが」
「ええ。もちろん、そうですよね」
「まずはクレアさんがお持ちいただいた物を見せていただきましょうか?」
とモノクルを掛けたにこやかな店主はトレーを差し出した。これに置けという事だろう。
私は持って来たネックレスをそのトレーにそっと置いた。
「ほう。これは見事だ。宝石にも傷はないし、台座の細工も素晴らしい。………しかし、どうしてこんな物を貴女が?」
と店主の顔から笑顔が消えてその表情は険しくなった。
私の姿を頭のてっぺんからつま先まで確認すると、店主は
「失礼ですが、これをどこで手にいれたのです?」
と刺々しい物言いで私に問う。
私は今日の自分の身なりを思い出す。
秋口になり少し肌寒い日が増えてきた為、私は薄手のワンピースにカーディガンを羽織った格好だ。しかしどれも安物で、こんなネックレスを持っているには似つかわしくない。
なるほど。こんな私が何故コレを持っているのか……。私は今、ネックレスは盗んだ物ではないかと疑われているという事か。
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