第8話

「もうすぐだね。そろそろ仕事は休んじゃどうだい?」

私のお腹はもうパンパンだ。

村の人の中には、私についてヒソヒソと噂話をする人もいたが、丸っと無視している。

どこから流れ着いたかもわからない女のお腹が大きくなってるのだ。そりゃ、興味も湧くだろうが、直接私に聞いてくる人は居ない。

女将さんのお陰かもしれないと思うと有り難い。


「家に居ても暇なので。それに、こうして座って出来る仕事しかしてませんから」

そう言いながら、私はじゃがいもの皮を剥く。


そのじゃがいもを見ながら、私は何故か王太子殿下がビーフシチューを美味しそうに食べていた顔を思い出していた。


村に王太子殿下が訪れてこの宿屋に宿泊した翌朝、私は結局、寝台の住人になってしまった。その様子は女将さんから聞いただけだが、特段、殿下は私の事を尋ねたりはしなかったと言う。

あんなに理由のわからない絡みをされたあの前日は何だったんだ!と思わなくは無いが、また無駄に絡まれていても困るだけだったとは思う。……まぁ、悔しいが美丈夫だった事は認めよう。つい思い出したくなる程には。


「送る」

と言うサムを断って私は家路に着く。

医者からも無理のない程度の運動は必要だと言われていたから、家と宿屋との往復は丁度良い。


「ちょっと!クレアちょっと待ちなさいよ」

後ろから誰かに呼び止められて、私は振り向いた。


「アリス……さん?」

私は薄暗い道に立っている女性の顔を目を凝らして確認した。


そこには、雑貨屋の娘である、アリスさんが立っている。しかも何故か不機嫌そうだ。


「クレア、あんたに訊きたい事があるの」


「はい。何でしょう?」


「あんたのお腹の子……サムの子って本当?」


は?どういう事?私は驚いて口をぽかーんと開いたまま黙っていたら、アリスさんはズカズカと私に近付いて来て私の肩をポン!と押した。


「答えなさいよ!どうなの?」

押された勢いで少し私はよろつくも、足を踏ん張って耐える。


「とんでもない!誰がそんな事を?」


「あんたに気を使って訊かないけど、私の周りは皆噂してるわ」


アリスさんの周り……村の若い女性達だろう。アリスさんはその中のボス的存在だ。


「それは皆さんの勘違いです。サムは関係ありません」


「じゃあ、だれが父親なのよ?!」


……コンラッド様の事を誰にも言うつもりはない。私が口籠っていると、


「答えられないの?……まさか不貞でもして相手に捨てられたとか?」

と何だかアリスさんは皮肉っぽく、口角を上げた。

こんなに悪意をぶつけられるのは久しぶりだ。懐かしい感覚……んな訳ない。実家を思い出してムカッとする。


「貴女に答える義理はないけど、誰かに迷惑をかけたり、誰かを傷つけた事はないわ。それにこの子は私の子よ。他の誰の子でもない」


「そんな理屈が通る訳ないでしょう?でも……サムの子ではないのね?」


「違います」

きっぱりと言い切った私にアリスさんは、


「……ふん。ならいいわ。でも、あんたさぁ。少しぐらい顔が可愛いからって、調子に乗らない方が良いわよ。何だか理由ありっぽいからサムだってあんたに優しくしてるだけなんだから、あんまり勘違いしないことね」

と捨て台詞を吐いてから、クルリと私に背を向けて、向こうへと歩いて行った。


……なんだったんだ?あれは。



翌日から、サムをよくよく観察してみると、色んな女性から声を掛けられているのを目にするようになった。

サムは優しいし、穏やかで、顔もなかなかイケてる。なるほど。私が気がつかなかっただけで、サムは意外と女性に人気があるようだ。

その中でも、アリスさんはサムを見る目が完全に恋する乙女だった。これに気づかなかった私が鈍感という事だろう。


しかし、何故お腹の中の子がサムの子だという話になるのか……その謎は直ぐに解ける事になる。


「けっこ……ん?」

目を丸くする私にサムは真っ赤な顔をして花束を差し出した。


「あぁ。良かったら俺と結婚して欲しい」

と言うサムに私は困惑してしまった。


「サム、知っていると思うけど……私妊娠してるの」


「知ってる」


「貴方の子どもじゃないわ」


「それも分かってる」


「そんな私と結婚するの?」


「うん」


「同情なら必要無いわ」

私は少し不機嫌そうにそう言った。


「同情じゃないよ。ずっとクレアが好きだったから」

とサムは私の目を真っ直ぐに見てそう言った。


「……好き?私の事が?」


「うん」


……サムが私を好き……。考えた事もなかった。


私は自分の事に精一杯で、他の事を考える余裕もなかったし、サムの気持ちにも全く気づいていなかった。


「……ごめんなさい。サムの気持ちは嬉しいけど、プロポーズを受ける事は出来ないわ」

そう言って私が俯くと、


「俺の事が嫌い?」


「まさか!貴方を嫌いな人なんて居ない」


「……じゃあ、忘れられない人が居るの?……子どもの父親とか」

そうサムに言われて、ふとコンラッド様の事を思い浮かべた。だが、私は首を横に振り、


「そんな人居ないわ。この子は私の子どもよ。私だけの子ども」

そう言ってそっとお腹に手を当てた。


「だから、その子の父親に俺がなるよ。女が一人で働きながら子どもを育てるのは大変だ。俺がクレアとその子を守るから」


サムの気持ちは嬉しいし、言っている意味も理解している。確かに誰かに頼れば自分が楽になるのは分かってる。でも、そんな気持ちでサムと結婚するのは、彼に失礼だ。


私が返事に困っていると、


「実は……もう皆には言ってるんだ。お腹の子は俺の子だって……」

というサムの言葉に私は驚いて声も出なかった。




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