第2話

継母はどうしても私にこの家を継がせたくなかった為、二人の義姉も婚約者が決められずにいた。

しかも、イライザには狙っている人物がいて……


「私、王太子妃になりたいわ!」

彼女はよくそう言っていた。

だから、自分に婚約者が居ない事に異を唱えていなかったのだろう。


普通の貴族令嬢なら、二十歳にもなって婚約者が居ない事に危機感を覚える筈だ。


イライザは華やかな美人だったので、そんな夢を持ったのかもしれない。伯爵家なら、王太子妃も夢ではないが……ドノバン家にそこまでの力があるとも思えなかった。


父は継母と親戚との板挟みで、結局私にも誰にも婚約者を決められずにいた。

……気弱なくせに、母にだけは強気だった父を私はこの頃は嫌悪する様になっていた。


しかし、継母はこの状況に危機感を持っていたようだ。

ある日、婚約者の居ない貴族の子息を集め、夜会をすると言い始めた。


それが……あの夜だ。



「ねぇ、どうして王太子殿下が来てないの?!」

と私に詰め寄るイライザに、


「中流の伯爵家が主催の夜会などに、王太子殿下がお見えになるとは思えません」

と私は答えた。当たり前だろ?考えなくてもわかる事だ。


「あーあ。もう!媚薬まで手に入れたのに!」

と言うイライザに私は目を丸くした。


「まさか……王太子殿下に薬を?」


「そうよ!殿下って、もう十九歳になるのに、結婚どころか婚約者も居ない。ってことは女に飢えてるって事でしょう?若い男なんだもん、普通は……ね」

とイライザの真っ赤な唇が弧を描く。

そんな俗物的な考え方をするイライザに恐怖を覚える。


「そんな事をすれば、只では済みませんよ?!」


「既成事実を作ればこっちのものよ。私の体に夢中になれば、文句は言わないわ」

とイライザは溢れんばかりの胸の谷間を強調したドレスで微笑んだ。


「でも、来てないならしょうがないでしょう?私、ここで誰かに見初められたいわ。もう十八よ?婚約者が居ないって馬鹿にされたくないの」

とジョアンナは少し膨れっ面をした。


「私は王太子妃になるから、ジョアンナ、あんたがこの家を継げる男を見付けなさいよ?!」

と言うイライザに、


「もちろんよ。狙うは、公爵家と侯爵家の次男、三男よね。お母様にもそう言われてるから」


二人の頭に、私がこの家を継ぐ……などという考えはない。それは私もよく理解していた。……それを親戚一同が許すとは思えないが。


この夜会には婚約者の居るご令嬢とそのお相手、それと婚約者が決まっていないご子息が招待されていた。

何故か王太子殿下にも招待状を送ったらしいが、身の程知らずにも程がある。


「すみません、私は仕事がありますので」

メイドのお仕着せを着た私には、この夜会での仕事が山ほどある。

二人の愚痴を聞いいる暇など全くない。


「ふん。せいぜい働いて頂戴ね。殿下が来ていないのは残念だけど、ジョアンナの未来のお婿さんがいるかもしれないんだから、丁重にね」

とやたらと上から目線でイライザに命令されるが、これが日常なので、私は全く気にならなかった。




夜会は意外にも盛り上がった。頑張った甲斐もあって、成功だと言えるのではないか。少しずつ招待客も帰り始める中、私も忙しく働いていた。


そんな私にイライザが、


「ねぇ、コンラッド子爵のご子息が気分が悪くなったらしいの。飲み過ぎたのね。今、二階の客間で休んでいただいてるわ。お水を持って行って貰えない?」


「コンラッド子爵……」


私はその名を聞いて、今日の受付での出来事を思い出していた。

確かに招待状を持って現れた彼を私達は全く把握していなかった。

コンラッド子爵の名は招待客の中に無かったからだ。


「私の家は王都にはなく、この国の外れに小さな領地があるだけです。皆様がこの名を知らなくても無理はない」

そう言う彼に、私は、婚約者が居ないご子息を集めたいからと、誰彼構わず招待状を送った継母に少し怒りを覚えた。


しかし、彼の姿を見たイライザもジョアンナも顔をおもいっきりしかめたのだった。


彼の名は「スティーブ・コンラッド」

その顔は痘痕で覆われており、分厚いレンズの眼鏡をかけたその容姿に彼女達は嫌悪感を示した。

確かに、優れた容姿とは言いがたい。しかし、物腰の柔い物言いの彼はとても紳士的だった。

そんな彼が飲みすぎた?私は何となく信じられない思いだったが、イライザに言われた通り、水を持って、教えられた客間へと向かった。


「失礼いたします」

ノックをしたが、返事が無かった為、私はそっとドアを開いた。

部屋に明かりは灯されておらず、真っ暗だ。今日は曇り空。月明かりも届いていない。


私はいつも掃除をしている客間という事もあって、記憶の中にある部屋の間取りを思い出しながら、その暗闇を進む。

段々と目が慣れてきて、寝台に男性が横たわっているのが見えた。


「コンラッド様、大丈夫ですか?」


私はそこに近寄ろうとするも、


「近寄るな!!!」

と怒鳴られてしまい、足がすくんだ。

しかし、コンラッド様の呼吸は荒く、とても苦しそうだ。

私は何とか足を動かし、また彼に近付こうとするも、


「ダメだ!離れてくれ!……媚薬を盛られた」

と苦しそうな呼吸を繰り返しながらもコンラッド様はそう言った。


媚薬?まさか!?

私はイライザが王太子殿下に使うつもりの媚薬を私に見せた事を思い出した。

しかし、彼はコンラッド子爵のご子息。何故、彼に媚薬を?

私が混乱していると、


「クソッ!耐性がある筈なのに……」

とコンラッド様が悔しそうに枕を壁に投げつけたのがわかった。かなり苦しいのだろう。耐える様にシーツを握っているのか、その拳は震えていた。


私は寝台の横のナイトテーブルまで近付き、水差しとグラスを置いた。グラスに水をつぎ、


「お水を置いておきます。それでは失礼します」

と急いでドアへ向かう。苦しそうなコンラッド様には申し訳ないが、私に出来るのはそれぐらいだ。


「早く出ていけ……っ!」


その言葉に急かされる様にドアノブを回すも

『ガチャガチャ』

全くもってドアが開かない。

というか、鍵をかけられている。私は、咄嗟に、


「誰か!誰かいませんか?ここを開けて下さい!」

とドアを叩きながら叫んだ。

招待客を送り出している最中だ、使用人達はそちらに駆り出されている事はわかっているが、藁をも縋る思いで私は声の限り叫び、ドアを叩いた。

すると、廊下から、


「アハハハ!ここには誰も来ないわよ?この先の廊下ではジョアンナが見張ってるし」

と高笑いするイライザの声が聞こえた。


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