貴方の子どもじゃありません
初瀬 叶
第1話
あぁ……どうしてこんなことになってしまったんだろう。
私は眠っている男性を起こさない様に、そっと寝台を降りた。
私が着ていたお仕着せは、乱暴に脱がされたせいでボタンは千切れ、エプロンも破れていた。
私は仕方なくそのお仕着せに袖を通すと、止められなくなったシャツの前を握りしめる様にした。
そして、部屋の扉にそっと手を掛ける。
ドアノブは回る。いつの間にか
鍵は開いていたみたいだ。
私は最後に後ろを振り返った。そこには裸で眠っている男性の胸が上下している事が確認出来る。深い眠りについている様だ。
外はまだ夜中。月明かりだけが差し込むこの部屋は薄暗い。男性の顔ははっきりとは確認出来なかった。
私は男性を起こさぬ様、最新の注意を払って、部屋の外へと滑り出た。
シーンと静まりかえる廊下は昨晩の喧騒などまるで何もなかったかの様だ。
私は自分の部屋へと急いで向かう。
もうこの家を出て行こう。 これ以上は我慢の限界だ。
部屋についた私はカバンに荷物を詰める。朝が来る前に出ていかなくては。
破れたお仕着せを脱ぎ捨て、一張羅のワンピースを着込む。今は冬。この薄手のワンピースしかないが、贅沢は言っていられない。
私は古くなって、サイズの合わなくなったコートをその上から羽織ると、床下から隠していたネックレスと数枚の銀貨を取り出した。
「お母様、ごめんなさい。もう私にはこの家の為に生きるのは無理だわ」
私はそのネックレスを握りしめる。涙が少し溢れてきたのか、目の前が霞むが、私はそれを乱暴に拭った。
もう二度と泣かないと決めたじゃないか。
カバンにネックレスを仕舞うと、私は部屋を出た。
闇夜に紛れる様にして、私は私の生家を出て行く。そっと振り返ると暗闇に立つ屋敷から、誰かが覗いているような気がして、私は急いでその場を後にした。
あれから約四ヵ月。
私は頭を抱えていた。
「妊娠してますね」
そう私に告げた医師の顔を穴が空くほど見詰めてしまった。……嘘だと言って欲しい。
医師はそんな私を無視するように、今後の注意点を淡々と告げた。
「おめでとうございます」と言われなかったのは、私にパートナーがいないせいだろうか。
確かに月のモノが遅れていたが、環境の変化が激しかったせいだと自分を納得させていた。
吐き気があったが、食べた物が悪かったのだろうと推測するに止まった。
何だかお腹がふっくらしたかな?と思ったが、太ったせいだと思っていた。
……妊娠。正直に言おう。その可能性がある事をあえて考えないようにしていた。
月のモノが無くなり、吐き気が治まったと思ったら、次は過食。
気づけばいつものスカートが「おや?ちょっとキツいかな?」という状況に「もしや……?」と思った事も一度や二度ではない。
私はトボトボと家に戻る。この状況に流石に元気は出ない。
『ギィーッ』
ドアが大きく軋む。油を注し直さなきゃダメだな。そう思うが、今は何もする気がおきない。
私はキッチンの側にある椅子に腰かけた。
「どうしよう……」
呟く言葉に答えてくれる人は誰も居ない。
思い当たるのはあの夜だけ。
ずっと思い出さないようにしていた私は、ここに来て、初めてあの日の事を思い出していた。
私の名前はクレア。この村に来る前はクレア・ドノバンと名乗っていたが、そう呼ばれていたのは母が亡くなるまで……だ。
私が十歳になる頃、母が病気で亡くなった。
父は母の喪が明ける前に、別の女性とその娘を家に招き入れた。
喪が明けて晴れてその女性はドノバン伯爵夫人となった。
彼女の連れ子である、イライザは私より三つ、ジョアンナは一つ歳上だった。
彼女達が屋敷に来た当初から、私は苛められた。
私や母に付いていた侍女やメイド、執事までもが辞めさせられた。
父にそれを訴えても取り合って貰えなかった。
母の喪が明ける前に女を屋敷に連れ込んだのだ。そんな父に期待した私がバカだったのだと、今ならわかる。
私はそれから使用人として扱われた。学園にも通わせて貰えなかった。
そうして悲惨な生活を送り、私は十七歳になった。
本来なら婚約者がいてもおかしくない。なんてったって、この国では十八で成人だ。
ドノバン伯爵家には娘しかいない為、誰かが婿を取りこの家を継ぐしかなかったのだが、イライザもジョアンナも父の子ではない為、彼女達の婿にドノバン伯爵を継がせる事を、親戚一同反対していた。
残るは父の血を唯一継ぐ私だけ。
しかし、それを継母は許しはしなかった。
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