「波音ノイズ」(二人声劇台本)
深海リアナ(ふかみ りあな)
「波音ノイズ」
═ 登場人物(その他)═
所要時間:約20分 男1・女1
〇菅原拓海(すがわらたくみ)
〇凪沙(なぎさ)
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拓海:(M)たとえば俺が今、
この世界から消えてしまうとして。
それでも君の毎日は、何も変わらないのだろう。
ちょっとだけ涙を流して、ちょっとだけ君は
塞ぎ込んでくれるのかもしれない。
けれど涙は海の水と同じ。
太陽の光が降り注ぐ限り、
段々蒸発して跡形もなくなってしまうんだ。
拓海:え···癌···ですか?
拓海:(M)それは突然の話だった。
それなりに仕事も頑張って、沢山の友人にも恵まれ、
これからって時に俺は余命宣告をされた。
俺は···何てことはない、
その辺によくいるただの男だ。
こんな男にも思いがけないドラマの
どんでん返しみたいな事態は起きるらしい。
だが、思ったより冷静でいられるのは、
冷めた性格のせいだろうか。
俺はいつもの砂浜に足を運び、
徐ろに煙草をふかした。
拓海:(煙草を吸う)癌····ねぇ。どうするか。
とりあえず死ぬギリギリまで皆には黙っておくか。
普通なら気が動転して、煙草なんて
ふかしてる余裕もないだろうな。普通は···。
拓海:(M)仕事も友人関係にも、
何一つ不自由してないはずなのに、
何にも執着しないことが仇となり
毎日がつまらないとさえ感じていた。
灰色の街。それがこの目に映る
俺の心の状態なのだろう。
凪沙:独りで死んでいくのって、寂しくないですか?
拓海:(M)そんな時だった。君にであったのは。
拓海:······。
凪沙:ごめんなさい。独り言が聞こえてしまって。
拓海:······。いや。···寂しくないですよ。
俺はそういう男なんです。
凪沙:へぇ、そんな人いるんですね。
初めて出会うタイプの人です、あなた。面白い。
拓海:そうですか。
凪沙:もっとお話したいです。
聞かせてください、あなたのこと。
拓海:別に、面白くも何ともないですよ。
ただのつまらない男なんで。
凪沙:失礼ですが、お名前は?
拓海:···菅原ですが。
凪沙:下の名前は、何ておっしゃるんですか?
拓海:拓海。
凪沙:拓海さん。素敵なお名前ですね。
私のことは凪沙って呼んでください。
拓海:呼ぶことはないと思いますがね。
凪沙:本当に冷めてらっしゃるのね。
拓海:ですね。
凪沙:人を好きになったこと、あります?
拓海:ありませんね。自分の事にも興味ないんで。
凪沙:それなら私を、好きになってみませんか?
拓海:は?
凪沙:素性のしれない女になら、
思ってること話せるかもしれませんよ?
話せるようになったら、
もしかしてもう少し知りたいと思うかも。
拓海:何言ってるんですか、
こんな得体の知れない男に。
凪沙:どうぞ、私を好きになってください。
拓海:おかしな人だ。
初めて出会うタイプですよ。あなたみたいな人は。
凪沙:気が合いますね。
拓海:たしかに。だけど、さっきも言った通り、
俺は自分にも他人にも興味ないんです。
だからあなたを好きにはならない。絶対に。
凪沙:この世に「絶対」なんてありません。
あるとすればそこには何かしらの
意思が働いているはずです。
拓海:嫌な人だ。
凪沙:よく言われます。
拓海:あなたは不思議だ。初めて会うのに
すべてお見通しって顔で話を進めてくる。
凪沙:私の悪い癖なんです。
拓海:聡明な人だよ。
凪沙:あら、他人を褒められるんですね。
拓海:いや、人を褒めたのは初めてだ。
興味深い人間がいたもんだと思ってね。
凪沙:それなら少しでも、
私のことを知りたいと思いませんか?
拓海:そうだな、少し興味が沸いたかな。
凪沙:意外に素直な人なんですね、拓海さんって。
拓海:自分でも驚いてるよ。
凪沙:ふふ、そんな顔してませんけどね。
拓海:無表情なのは勘弁してくれ。
凪沙:気づいてます?
私に対する喋り方が少しずつ変わっていってるの。
拓海:ん?
凪沙:大分くだけた喋り方になってくれて、
嬉しいです。
拓海:あぁ、そういえば。
凪沙:その調子ですよ。ここから、ここからです。
拓海:君は···何者なんだ。どこから来た。
何故そんなふうに俺に構う。
凪沙:さぁ、運命なのでは?
拓海:不確かなものは信じない方なんだが···
君にそう言われるとそうかもしれないと思える。
不思議だな。
凪沙:ふふ。···あら、
もうすぐ夕日が沈む時刻ですね。帰らないと。
拓海:どこへ。
凪沙:内緒です。
拓海:また、君に会えるか?
凪沙:あなたが願えば。
拓海:俺は今、初めて誰かに「また会いたい」と
思っている。これは···これが、願うというものか。
凪沙:そう、それが「願う」ということ。
覚えておいて 。
拓海:ああ。
凪沙:じゃあ、目を閉じて。3回波の音を聞いたら
ゆっくり目を開けてくださいね。
拓海:わかった。
拓海:(M)言われた通り、波が寄せる音を3回聞いて
目を開けると、女の姿は消えていた。
俺の心をこじ開けてくる不思議な女。
けれど自分のことは何ひとつ語らず、それなのに俺は
そのあともずっとあの女の事が頭から離れなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
拓海:(煙草をふかす)
【回想】
拓海:『 また···君に会えるか。』
凪沙:『 あなたが願えば。』
拓海:何をやってるんだ俺は。
まさかこんなに誰かに執着するとは。
おかしな話だ。
凪沙:なにが、おかしな話なんです?
拓海:凪沙くん···!
凪沙:凪沙でいいのに、おかしな人。
拓海:いや、どう呼ぼうかと···突然だったもので。
凪沙:名前、咄嗟とはいえ呼んでくれましたね。
拓海:あぁ、そうだな。つい。
凪沙:毎日ここに来てるんですか?
拓海:前は······
凪沙:······前は?
拓海:前はたまにしか来なかった。
君にあの日出会ってからは毎日来るようになった。
凪沙:私に会えるかもと?
拓海:そうだな。
凪沙:それは嬉しいですね。
拓海:この三日間、ずっと待っていた。
人に会えずに寂しいと思ったのは初めてだ。
凪沙:私に、会いたかったですか?
拓海:あぁ。君が現れてから初めてづくしだ。
凪沙:いい感じですね。
拓海:なにか、
手のひらで転がされてるような気がしてならないが。
君は自分のことを語らないな。
凪沙:聞けば答えるかもしれませんし、
答えないかもしれませんね。
拓海:ずるいな。聞いてもいいか。
凪沙:どうぞ。
拓海:君は人間か?
凪沙:···!?あはは、人間ですよ、
足、あるでしょう?
拓海:そうだよな。すまない。
凪沙:どうしてそんな事を聞くんです?
拓海:何でも知ってそうで、不思議で、
そうだな、見た目も透けるような肌をしているし、
君はこの世のものとは思えないほど綺麗だ。
凪沙:まぁ!
拓海:これは···いわゆるセクハラになるだろうか。
凪沙:なりません。ベタ褒めしてくれますね。
正直嬉しいです。
拓海:それはよかった。
凪沙:私からも質問いいですか?
拓海:俺が答えられる範囲であれば。
凪沙:拓海さん、何か過去に失いましたか?
拓海:え···
凪沙:この間、「絶対なんてない、
あるとすればそこには何かしらの
意思が働いているはず···」と言いました。
拓海:したな、そんな話。
凪沙:あなたが何にも執着しないのも、
自分や他人に興味がないのも、
元からってわけではないですよね。
だとすれば、自分に言い聞かせてるのではないかと。
拓海:······。
凪沙:執着や興味は前提としてそこに
「好き」という感情が生まれるはず。
それを回避するのはその感情で
傷ついたことがあるから。違いますか。
拓海:······。
凪沙:何か心当たりが?
拓海:······君は、エスパーだな。
凪沙:あるんですね?
拓海:話してもいい。だが、その前に
君に言わなければいけない事がある。
凪沙:なんでしょう。
拓海:俺は···自分でも信じられないが、
君に惹かれている。この話を聞いて、
君は俺を軽蔑するかもしれない。それが多分···
怖いんだ。
凪沙:どんな話を聞いても、
私はあなたを受け入れます。話してください。
拓海:···幼い頃、両親が大好きだった。
本当に良くしてくれて、仲のいい家族だったんだ。
凪沙:······。
拓海:だが、幼い頃から俺の人への愛し方は
どこか歪んでいた。
凪沙:歪んでいた?
拓海:そう、両親から愛されれば愛されるほど、
それでも足りなくて いつしか両親の愛を
疑うようになっていったんだ。
凪沙:そうなんですね···それで、どうしたんです?
拓海:両親を燃やした。
凪沙:え?
拓海:満たされない思いに耐えられず、
両親を疑い···そんな両親ならいらないと思ったんだ。
凪沙:·········。
拓海:その頃は本当に幼くて、誰もこんな子供が
実の両親に火を放ったなんて思わず、
俺の罪は誰にも知られないまま時は過ぎた。
凪沙:············。
拓海:その次は大人になってからだ。
初めて好きと言われ、何となく付き合った女がいた。
だが、やはり愛情を疑った俺はいつの間にか
その女を追いつめ、結果、その女は···
···自ら命を絶った。
凪沙:·········。
拓海:俺の感情は、人を殺す。
そう思ってからだ。今みたいになったのは。
凪沙:······。
拓海:俺は犯罪者だ。
誰にも裁かれず、ある程度仕事にも友人にも
恵まれている。でも俺は···
犯罪者の俺は、苦しんで死ぬくらいが丁度いいんだ。
いや···癌なんてありふれた死に方、
まだ生ぬるいのかもしれない。
凪沙:···拓海さん。
拓海:軽蔑してもかまわない。
怖いと思ったら今すぐ逃げてくれ。
俺は異常だ。自分でも分かっている。
凪沙:拓海さん、私が好きですか?
拓海:ああ、多分自分が思うよりも
君のことが好きなんだ。
凪沙:私も、あなたが好きです。
拓海:こんな話を聞いてもか。
凪沙:狂うほど愛を求めているんですね。
それは生まれつきとかそういうものでは
ないのかもしれません。
もっと昔、あなたではなかった時からの因縁です。
拓海:意味がよくわからないな。
凪沙:あなたが生まれる前、前世で傷ついた記憶から
今のあなたが生まれてしまったんです。
拓海:いきなりおかしな事をいう。
生まれる前とか前世とか、俺は信じていない。
凪沙:私はあなたの「今」を知りません。
でも、前世は知っています。
一目見て、あなたがその人だと分かりました。
私の魂が震えるこの事実に間違いはないと。
拓海:何を言っているんだ。
凪沙:今のあなたを作ったのは、きっと私だから。
拓海:···え?
凪沙:私には記憶があります。
ここに生まれる前に私はあなたを酷く傷つけ裏切って
あなたから去ったんです。
その結果、あなたは自害した。
拓海:······。
凪沙:あなたはその時受けた傷を
未だに忘れていない。
だから生まれた時からその歪んだ感情に
悩まされていれんです。
私は···そんなあなたに償いをしたくて
声をかけました。
拓海:そんな話、さすがに信じられない。
凪沙:それでも構いません。
どうぞ、私を愛してください。
そして···私の心を今度はあなたが壊してください。
拓海:な···!
そんな事出来るわけないだろう!
凪沙:お願いです。
私はあなたにそれほどの事をした。
拓海:何故、去ったんだ。昔に何があった。
凪沙:他の人を愛してしまいました。
拓海:······。
凪沙:あんなに大事にしてくれた
昔のあなたを、私は···
拓海:覚えいない。それが本当だったとしても
今の俺には関係のない話だ。
今の俺はそいつじゃない。
凪沙:でも······。
拓海:俺は君を愛している。
君は愛してくださいと言った。
それで話は終わりだ。
凪沙:私には···待っている人がいました。
凪沙として生きてる今、幸せでした。
けれど、記憶が蘇ってからは、
その人とも別れました。そして、
あなたにすべてを捧げようと···。
拓海:償いのために···そんなことを···
凪沙:それしか、出来なかったんです。
だから、愛して、壊して、
その手で私を消してください。
拓海:俺を···好きで「愛してくれ」と
言ってたわけではないのか···。
凪沙:ごめんなさい···。
拓海:いつの間にか···、
こんなに好きになっていたのに!
(拓海、凪沙の首を絞める)
凪沙:ぐっ·········
拓海:くっ······!はぁ···はぁ···はぁ···。(手を離す)
凪沙:···拓海さん?
拓海:······出来ない。
一度死んだ心を救ってくれた人を
この手で葬るなんて·········俺には······。
凪沙:いいんです、それでいいんです、拓海さん!
拓海:ダメだ!俺は君に生きていて欲しいんだ。
今度こそ、間違うことなく、
君に幸せであって欲しい。
凪沙:ダメです···!
拓海:俺は凪沙に出会えたから、
これからはちゃんと人を愛する努力をする。
もう二度と同じ失敗はしない。
凪沙:でも、私は···
あなたにすべてを捧げると誓ったんです!
拓海:じゃあそんな俺の最初で最後の願い、
聞き届けてくれないか。
凪沙:最初で···最後······
拓海:待っている人のところへ帰るんだ。
凪沙:···でも···。
拓海:君に出会えて良かった。
もう大丈夫な気がするんだ。
俺は···君を愛せてよかった。
凪沙:···そんな···。
拓海:帰れ!!!
凪沙:············!!!拓海さん···
拓海:···さようなら。
凪沙:ごめんなさい···ありがとう。
(凪沙、去っていく。)
拓海:これで、よかったんだ。
ありがとう···凪沙。
(拓海のアパート)
拓海:···ただいま。
拓海:(M)いつもの部屋···いつものにおい。
なのに何故か、いつもと違う感情がそこにあった。
海に近い寂れたアパート。窓の外からは、
波の音が鳴り止まない。
凪沙:(声)独りで死んでいくのって、
寂しくないですか?
拓海:寂しいよ···凪沙···。
けれど、俺はもうすぐ死ぬ。
そんな男の事は忘れて
幸せになってくれ。
それが俺の、最後の「願い」だ。
悲しみと、狂気の狭間で君を想うよ。
それが俺の過去への償い方だ。
命が尽きる、その日まで。
拓海:(M)たとえば俺が今、
この世界から消えてしまうとして。
それでも君の毎日は、何も変わらないのだろう。
ちょっとだけ涙を流して、ちょっとだけ君は
塞ぎ込んでくれるのかもしれない。
けれど涙は海の水と同じ。
太陽の光が降り注ぐ限り、
段々蒸発して跡形もなくなってしまうんだ。
隣で笑う俺の知らない誰かが君を包むから、
きっと君は涙の理由を捨てて、誰かのために生きてゆく。
そんな想像をした、潮風の吹く午後。
窓の外から聴こえてくる波の音に、
鈍い頭痛が止まない。
静けさと波音は時に、
よからぬ妄想を させるんだ。
[完]
「波音ノイズ」(二人声劇台本) 深海リアナ(ふかみ りあな) @ria-ohgami
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