第2章 玄街の暗殺小僧だった彼
艦長も情報部副長も同じ事を考えていた。
「ワイズ・フールが適任だ。彼は断れない理由がある」
フールは独立遊撃部隊の臨時小隊長を渋々勤めていた。彼は「長」の付く仕事が大嫌いだ。ゆえに単身で挑む難題の方が得意だが、今回ばかりは命令を素直に受ける気がない。
「紋章人の救出!
ハッ、捕まる方が間抜けです。戦時ってことを忘れてやしませんか。紋章人がテネ城守備隊をきっちり締めておかなかったせいです。小生の出る幕じゃござりません」
エーリフは巨体で道化にずいと迫った。
「君は自分が何者か忘れたのか。与えられた名と立場を今すぐ消してガーランドから吊ってもいいのだぞ」
「ふふん、小生以外に完遂できる者がおりましょうや。その貴重な人間を吊るおつもり?」
「完遂すると言ったな、ワイズ・フール!」
「小生が腹立つのは紋章人を特別扱いするマリラさまですよ。方々でヴィザーツの要人が攫われたというのに、そちらは打つ手なしですか」
「やかましい! 地上は総動員体制だぞ。お前の醜い嫉妬なんぞ山羊の糞だ。装備も人員も都合をつけてやる。紋章人の居所を突き止めて脱出させろ!」
道化は厭らしく笑った。
「色ボケマリラさまに忠義を尽くす哀れな道化でありますれば、エーリフ殿、成功の暁には報酬をはずんでくだされ」
「1000ドルガなら私のポケットから持って行くがいい」
「3000は欲しい」
「紋章人を連れ帰るのが先だ。情報部と参謀室に協力するよう言ってある」
ワイズ・フールは艦長室を出て、左舷天望回廊でくるくる回った。
「カレナードなんぞ死んじまえ! 女王と乳繰りあった玉の肌も花のかんばせも血まみれになれば、小生、大満足!
でも不手際があればマリラさまが小生をウーヴァに喰わせる。それはマズい、因果な商売だこと。
ま、面白くは出来ますな。作戦成功と見せかけて、ちょっとした事故でもあればいいのです。脱出前に物言う花をズタズタにしてやる手もありますれば。ひょっひょっひょ!」
参謀室ではヨデラハンが把握中の玄街戦力を念頭に考えを巡らせていた。
情報部が全力を挙げた情報戦で、ミセンキッタ大河以東の玄街拠点は壊滅に追い込んだ。広大なアナザーアメリカをガーランド・ヴィザーツだけでカバー出来ない以上、戦火をミセンキッタ大河以西まで退ける作戦を取ったのだ。
「おかげでミセンキッタと大山嶺東麓の領国は苦難の連続だ」
参謀室に積み上げた書類は各地からの救援依頼だ。
「大山嶺に抜け道がある。トペンプーラが言うとおり、その先に玄街の都市がある。紋章人は既にそこに居るだろう。ワイズ・フールを派遣するのが最善策か。彼は貴重な玄街ネイティブだからな」
「お呼びになりましてェ?」
フールは黒い作業服を着て、髪を短く刈っていた。
「小生の玄街潜入チームを選抜してよろしいでしょ」
「何人かいる手下で我慢しろ。ところで君は大山嶺の拠点を全く知らないらしいが、改めて話を聞きたい」
フールの口元がひん曲がった。
「浮き船に飼われて早や15年。小生、13歳までの記憶は無くしてござる。性根が曲がった小汚いガキにグウィネス・ロゥが吹き込んだのは憎悪と暗殺技法のみ。ガーランド女王への刺客だった小生が何を知っていると?」
「承知の上で頼んでいる。君は玄街の現場にいたのだから」
「思い出したくないでござる」
「古巣に触れれば思い出さざるを得ないだろうよ。その時に備えておかないか?」
「小生、悪知恵が回るでござるよ」
「記憶のすり換えも承知の上だ」
「3000ドルガ持ってます?」
「それは艦長のポケットマネーだな。私は彼と違って倹約家だ。10000ドルガある」
玄街の少年だった者は大袈裟に頭を抱えてみせた。
「所詮は哀しき道化の身なれば、忌まわしき記憶も飯のタネ!」
彼はべらべら喋りはじめた。
「玄街は浮浪児や家出娘に飯や寝床を与えて遊ばせたあげく、いきなり奪って脅すんです。極楽から地獄。小生みたいな鉄砲玉、将来有望株に売春宿行き。皆、どこへ消えるか分からない。
あれは川が何本も流れる町の外れでしたな、夜の牧場でグウィネスは待っていた。
彼女からは硫黄と塩と残酷の匂いがしましたぞ。白皙は美しい男の褒め言葉でしょうが、グウィネスはまさに白皙、恐ろしいほどの白い顔。闇の女王です。
小生は蛇に睨まれたカエルでしたよ。一発で洗脳されちまい、熱に浮かされたようにガーランド滅ぶべしと唱えつつ、完璧な武闘派暮らし。この小柄な体は成長期の激しすぎる鍛錬のおかげ。それからは旅人を襲い、町で夜更けの窃盗強奪、誘拐の手引きまで。悪事が楽しみになっちまいました。
グウィネスは月に2度現れて小生の肝を冷やしました。飴と鞭を使うのがお上手で。玄街の支配は恐怖に基づいておりまして、ま、ガーランドと変わりゃしません」
ヨデラハンは道化の言葉を否定しなかった。
『マリラ女王とて恐ろしい存在だ。彼女と玄街頭領は似ている……が、信念は真逆だ。マリラ女王が人の尊厳を大切になさるからこそ、我々は支える気になるのだ』
「なるほど。グウィネスが現れたのはベアン市で、硫黄の香りはポーで湯治だ。1500歳の体を癒やす必要がある」
道化はさらに喋り続け、最後に愚痴を言った。
「小生、貧乏くじを引いたでござる」
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