第2章 怒れる少女、ラーラ
ラーラはまるで看守だった。
「ベッドの横まで下がって! 勝手に動いたら朝餉は無しよ」
シーラ家の食卓に椀を並べた後、格子の間から腕を入れてカレナードの机に椀を置いた。置く間、彼女は囚人から目を離さなかった。
「父さん、母さんの部屋を使うことないのに」
「アガンさまのご意向だ。お客さんと思ってくれ」
「格子を見たくないの」
「カーテンを引いておきなさい。それとも学舎の宿に行くか?」
「ここにいる。父さんが心配だもの」
カレナードは呼びかけた。
「ミス・ラーラ・シーラ、お手数をかけます。私は」
「裏切り者が産んだ子でしょ。知ってるんだから」
「母は私を産んでから、それほど長く生きませんでした」
シドは椅子を引いた。
「父さんは腹ぺこだ。ラーラ、座ってくれ。カレナードも」
彼は手を卓上で組んだ。
「大山嶺の精霊に申す。恵みを受け、今日一日の平安のあらんことを」
ラーラは口をへの字に曲げたまま、父の隣に座った。卓上の椀から粥と香辛料が匂い立ち、チーズと幾種類の乾し果物が添えられた。
シドが言った。
「ラーラ、ジュノア様がカレナードの滞在費用を持つそうだ。現物支給か特別会計か、どっちがいい?」
「特別会計ならうちで臨機応変に使っていいでしょう」
「購入品目は記録に残るのを忘れるな。それにジュノア様は囚人を奥院に召すつもりだ。領国主殿も」
少女はカレナードをちらっと見た。
「それで冷宮区の牢に繋がずに、ここで特別扱いなの。なんて良いご身分かしら」
カレナードはシドにカレワランのことを訊いたが、彼はそのうちにと断った。
朝餉が終わると格子の前に分厚いカーテンが引かれ、父と娘は家を出た。
カレナードは格子を掴んでみた。固い栗の木だ。試しに脚や腕をシーラ家側に伸ばしたが、カーテンにさえ届かない。ベランダに出ると風が強くなっていた。嵐の壁から分流した強風が天蓋の隙間から入り込んでいた。
「ジュノアさまは風が毒を含むと仰っていた。それが本当なら、北メイスのヴィザーツや領国府で問題になるはず。それとも、ミナス・サレ特有の現象だろうか」
独りきりの静寂はかえって落ち着かなかった。彼女は部屋を歩き回り、ベッドに横たわった。
カレナードはベッドの匂いを吸った。ラーラの母はこれを使っていたのだろう。何らかの理由で彼女は格子のある部屋に入り、今はここにいない。シドが顔に出さない分、ラーラが喋るかも知れない、敵意を持って。
ウトウトしていると、ラーラがカーテンの隙間から饅頭と水差しを机に置いた。
「暢気なものね! グウィネスさまはなぜ死刑にしないのかしら! ガーランド・ヴィザーツは私たちの仲間を殺してきたのに」
「ラーラさん、お友達になりませんか?」
「絶対に頭がおかしい。誰が敵と仲良くできるのよ。ジュノアさまの命令だって信じられない!」
ラーラは足を踏み鳴らし、午後の授業に行った。
「出会った頃のテッサ嬢より難儀です。マリラさま、前途多難です」
その頃、ガーランドではマリラが女官長によりかかり、嘆いていた。
「カレナードは生きている!
カレナードは生きている!
ジーナ! そうだと言ってくれ!」
「ええ、彼女は生きていますわ。必ず再会出来ますとも」
マリラは女官長の腕の中から飛び出し、肘掛け椅子に突っ伏した。
「私は馬鹿だ! テネ城が戦場になりうると知っていながら、彼をララークノ家に置いた! 私は愚かだ……ああ、カレナード! そなたはグウィネスの捕虜となってどのような目に遭っているのだ」
今度はベル・チャンダルがマリラに寄り添った。
「ご心配でしょう。でもグウィネスは彼女を人質として有効に使いますわ。絶対に生かしておきます。玄街の拠点を特定できたら、救出のチャンスです」
マリラは跳ね起きた。
「トペンプーラを呼べ! あの男には話しておかねばならぬ」
ジーナが付け加えた。
「艦長も同席させましょう。彼を通しておくのが最上かと」
女王は鏡の前に立ち、乱れた前髪を撫でつけた。
「さすがは女官長、手配を頼む。ベル、アルミカナ市に避難したミセンキッタ領国主と連絡は取れたか」
「先ほどキリアン・レー中尉から報告が。アルミカナの外れ屋敷に匿われています」
「テネ城市は落着いているか」
「はい、新屋敷の機能を全てテネ城に移し、領国府の直属部隊に移行しました。増援として、テネ郊外の外れ屋敷から200人を医療と兵站に加えました」
マリラは恋人を想うように、アナザーアメリカの秩序を想った。彼女は仕事のために立ち上がった。
艦長と情報部副長との短い密談の終わりに彼女は言った。
「カレナードのことは最後まで諦めてはならぬ。彼を最優先しろとは言わぬが、どのような手を使おうとかまわぬ、策を練っておくれ」
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