第1章 中央翼攻防戦
テッサが望遠鏡を向けた方角にオレンジ色の機体があった。フロリヤはミセンキッタ補給部隊に配属されていた。尾翼が陽の光を跳ねて輝いた。北郊外の滑走路に降りる体勢だ。
カレナードはミテキが命に代えて爆弾処理をした新市街を示した。
「あの辺は再度の爆撃に耐えられるよう、構築コードで防御ドームを作っています。明日からテネ城も防御壁を築きます。ほぼ透明ですから、こうして外を眺められますよ。テネ新屋敷のチームが来て、この中央翼から始めます。私も加わります」
1週間後、ミセンキッタ大河西方に黒い点がポツリと現れ、テネ城に警報が走った。
新屋敷チームにいたカレナードはすぐさまテッサの元に駆けつけた。すでに第三屋敷からピードらのトール・スピリッツが発進していた。特型飛行艇も空に舞い、玄街の攻撃艇と交戦した。新市街に落ちた流れ弾が防御ドームに弾かれ、何発かは運河に滑り込んだ。
テッサは議事堂の地下壕に向かいながら、訊いた。
「カレナード、玄街の目的は何でしょう。テネを再度爆撃するには規模が小さいと思いませんか」
「波状攻撃も考えられますが、少し変な感触があります」
「ええ、いつもの玄街らしい憎悪が薄いと感じます」
女官と警護に囲まれ、中央翼から出ようとした。そこに黒い装束の一団が突撃してきた。中に白面の女がいた。忘れもしないグウィネス・ロゥだった。
警護長が叫んだ。
「領国主殿と紋章人は中へ!」
カレナードはテッサの腕を掴み、階段を駆け上がった。下は激しい白兵戦になっていた。執務室まで戻ったカレナードは第三屋敷に飛行艇を要請した。
「玄街の狙いはテッサ・ララークノ嬢です。領国主を奪われてはなりません」
ニアがドアを叩いた。
「玄街が上がってきます!」
彼女は返り血を浴びていた。
カレナードは形勢不利と判断した。執務室前の大階段に二アと共に構築コードを唱え、臨時のバリアを張った。
「テッサ、屋上に出ます。行き先はアルミカナ市です」
真昼の空に飛行艇が近づいた。中央翼の屋上では必死の攻防が続いていた。ニアがコードを唱え、破られるたびにカレナードは銃弾を放った。
「ベル・チャンダルのように百発百中しかない!」
テッサは見慣れた飛行艇に大きく手を振った。
「キリアン・レー! ここよ、早く来て!」
飛行艇の下部ハッチが開き、キリアンが擲弾発射器をかかえて飛び降りた。彼は玄街兵に一発放ち、すかさずテッサを飛行艇に押し込んだ。
「カレナード、ニア、早く!」
煙幕の中からニアが飛び出した。伏せていたカレナードは立ち上がろうとしたが、足首を掴まれていた。グウィネス・ロゥが別の階段から現れた。その後ろに玄街の歩兵が大勢控えていた。
「テッサの代わりにお前をいただく、マリラの小僧!」
カレナードは足首をつかんだ腕を蹴った。
「キリアン、上昇しろ!」
彼女は玄街ヴィザーツから放たれるロープをかわし、飛行艇へと走った。銃座からキリアンが援護射撃をしたが、グウィネスはその弾を受け流した。
「なぜ利かない、あの女! 玄街の防御構築コードか!」
カレナードは間に合わなかった。ロープが体に食い込んでいった。
「行け、キリアン!」
叫びはそこで途切れた。漆黒のヴィザーツたちに取り囲まれ、彼女は意識を失った。飛行艇はバリアを張り、脱出した。テッサはキリアンに命令した。
「まだ間に合います、戻ってカレナードの救出を! 第三屋敷にトール・スピリッツがあるでしょう?」
「トールは全て空襲の敵機を追って出払っています。あれはあなたを拉致するための陽動作戦だったのです。今はアルミカナ市への避難が第一です。カレナードは大丈夫、グウィネスは彼を生かしておきますよ」
キリアンは不敵に断言した。
「彼はガーランド女王の紋章人です。いかようにも利用する価値がある」
「玄街は憎んでいるやもしれぬぞ」
「それが理由で命を奪うほどグウィネスは馬鹿ではないでしょう。多少痛い目にあうだろうけど、彼は諦めたりなどしませんよ」
テッサは両目の涙を拭った。
「カレナードとは、また会える……。そうだな、キリアン」
「もちろんです! また会うのです!」
キリアンは自分に言い聞かせるようだった。
テネ城市は見る間に小さくなっていった。
カレナードが目覚めたのは1時間後だった。玄街飛行艇の小部屋で、見知らぬ女がいた。女は医師のようだった。
「まだ動かないで。麻酔薬の副作用が出やすい時間帯ですから」
「何のために麻酔を?」
「野獣を捕えるのに必要とは我が首領のお言葉です」
「どこに向かっているのです」
「我らが都、ミナス・サレまであとわずかです。外を御覧に入れましょう」
女が壁の一部に手を当てると透明な窓が現れ、砂塵が舞う山岳地帯が見えた。見覚えがあった。
「ブルネスカ領国のアーブルカ高原台地。玄街の飛行艇は3000メートルを越えるとでも?」
女は沈黙した。高度2970mを維持して飛行し、機体に異音はなかった。進路の先にパーリー峡谷が迫ってきた。サージウォールの疾風が吹き込む峡谷を誰も遡れなかった。谷の先は3000mの高みであり、真っ黒な暴風が待っている。
カレナードはひたすら飛行艇のエンジン音を聴いた。減速する気配がない。彼女は確信した。
「玄街はこの谷に突っ込む。ガーランドの探査が及ばない方法とルートを編み出したに違いない。この目で確かめるのだ、カレナード」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます