第1章 玄街の構築コード

「今頃になって自覚するとは、まこと恋愛に関しては極楽トンボよ。いや、彼は優しいのだ。ジーナ、そう思わぬか」

女官長はさらりと言ってのけた。

「マリラさまの恋人は男性に対しての審美眼は高うございます。さすがに元は男でございますから、同性に厳しいのですわ」

「そうではある。今まで彼が応じた相手は全て有能で信頼に足りる者だったし、肝心なところで誠実でさえある者だ」


 そう言ってから、女王は女官長にプライベートの表情が浮かぶのを見た。

「ジーナ、そなたの夫は紋章人と戯れてはおらぬよ。ガーランド艦長殿は妻を大切にしておられるようだ」

「マリラさまッ!」

女官長は真っ赤になって女王を諫めた。

「そのようなことを女王たる陛下が口になさってはいけません!」

「このように言えるのは今のうちかもしれぬぞ」

「いいえ、マリラさまは玄街殲滅の最中でも同じようになさいますわ」

「ふむ。そろそろ大山嶺から玄街の大都市発見の報が来ても良いころだな」


 ジーナの顔が女官長のそれに戻り、ベル・チャンダルが軽装戦闘服で入ってきた。

「参謀室長と情報部から重要機密の件で報告があると」

マリラは立ち上がった。

「噂をすればだ。我々も軽装を着るとしよう」

それからジーナを振り返った。

「そなた、綺麗になったの」

「衣装を用意いたしますわ」


ジーナはわずかに顎を引いた。その仕草には妻としての誇りがあった。独りになったマリラはつぶやいた。

「もしカレナードと結婚すれば……もちろん私が妻であるが、なぜ結婚を考えるのだ、マリラ」

彼女は答えを出そうとせず、参謀室へ向かった。


 アンドラ情報室長とトペンプーラ副長、直属の探査チームリーダーのバジラ・ムアがマリラを待っていた。ヨデラハン参謀室長はいつになく厳しい顔をしていた。

マリラはヨデラハンの肩をぽんと叩いた。

「良い知らせなのだろう?」

「まず、バジラ・ムアから話をお聞き下さい」


 バジラは四面スクリーンに風景写真を投影した。いずれもロシェック大山嶺の高峰だった。

「左から順にオスティア領国西方のコロン峡谷山系、ブルネスカ領国西端の黄鉄山、ミルタ連合領国ポー市西方のレニーア山系、その北方のモン・デンベスです。

 これらの山懐に多量の構築コード使用による電磁エネルギーの蓄積が認められます。サージ・ウォールの暴風の影響を考慮したうえで、この4ヶ所が特に重要な地点と結論します」


 マリラはうなずき、身を乗り出した。

「調査の間、玄街の妨害は?」

「奇妙なことにほとんどありませんでした。向こうも下手に手出しできない環境ではないかと。そうでなければ攻撃があります。玄街構築コードは我々のものとは性質が違うため、定期的なメンテナンス以外の時期は放置していると考えられます」


「アンドラ部長はどう思う」

「玄街は構築コードで大山嶺の中に都市インフラを整備し、さらに軍備の蓄積に成功したのです。なのにガーランドは手も足も出せないままゆえ、グウィネス・ロゥは防衛に関して油断している可能性が高い。

 今までの諸都市攻撃のやり方を見るに、向こうは先手を打つに長けています。オルシニバレのヴィサーツ屋敷が簡単に破壊されたのもそうです。今もテネ城市の新市街地区はほぼ壊滅です。こちらが打って出る側になるべきです」


 トペンプーラは珍しく黙っていた。ヨデラハンはスクリーンをひとつにまとめ、四つのエリアを図式化した。

「モン・デンベスとコロン峡谷の構築コードは同じ特徴があり、他の二つに比べて小規模です。黄鉄山とレニーア山系のコードは大規模に使われた痕跡がある。この二つの奥が玄街の都ないしは軍事拠点で間違いないでしょう」


 マリラは結論を求めた。

「戦略を聞きたい」

女王の何気ない声の裏に、カレナードの安全度をはじき出そうとする心を、トペンプーラは感じていた。

『ワタクシとて紋章人には無傷でいてもらいたい。彼女の命が危うくなれば、マリラさまは内心では取乱さずにいられないでしょうからネ』


 ヨデラハンはまず玄街の軍事拠点を制圧すると述べた。

「玄街構築コードを安全に突破し、なおかつ奇襲でなければなりません。が、玄街が構築コードの情報がまだ不十分だ」

マリラは頷いた。

「困難は元より承知。外れ屋敷に特例のコード使用許可を出して協力を仰げ。艦長には攻撃部隊の編成と訓練の時間を割いてもらう」


 ちょうどその時刻、カレナードはテッサと共に、テネ城中央翼の塔にいた。テネ城市を一望できる場所で、テッサは望遠鏡を使った。

「新市街は無残なものだ。ミテキ・エルミヤの後任も苦労している」

「ジェード・ニカム殿ですね。マヤルカが私と同じような目に遭わないよう願うばかりです」

「マヤルカ嬢は優しい方です。彼女のおかげですね」

「何がです」

「あなたがまた笑うようになりました、カレナード。彼女は医療専門というけど、避難施設の構築コード補修もやってるでしょう? お姉さんのフロリヤさんも……あら、あの小型飛行機がフロリヤ号ではなくて?」

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