第1章 春の爆音

 春は遅かった。キリアンの故郷、ミセンキッタ北端のアルプ市屋敷は玄街強襲艇に襲われた。オルシニバレ領国各地も攻撃され、フロリヤ・シェナンディ・パスリは飛行機でガーランドの甲板に着艦した。

オルシニバレ市の屋敷は数人のヴィザーツが連れ去られた。その中に屋敷代表のアナ・カレントがいた。

「人質さ」とピード・パスリは言った。

「玄街の本拠地に置いといて、盾にするだろうな」

 同様の攻撃は次々と起きた。アナザーアメリカを薙ぐ勢いの玄街に対し、各領国は連携を強めた。


 ガーランドは女王の不死を保つ春分の儀式までに艦隊形態をとった。

 3000メートルの浮き船後部から5隻のアドリアン級戦艦が分離した。アドリアン、バルト、カラ、ロリアン、ビスケーだった。さらに4本の甲板下から小型母艦20隻と巡洋艦10隻が現れた。浮き船は細くなり、それらの母艦となった。

 花の冠と呼ばれた浮き船は、戦いのために姿を変え、ミセンキッタから大山嶺東部を周回した。アナザーアメリカンはそれを雄姿と見たが、テッサは「惜しい、花の冠が花の帯になって」とつぶやいた。


 情報部と甲板材料部は複雑な玄街コードを解き、敵の構築コードがガーランドのそれの50倍のパワーで使用可能と結論した。トペンプーラとマギアチームは逆境を利用した。

「つまりですネ、ヒロ。それだけのパワーを使うとエネルギー放出に何らかの痕跡が残るでしょう」

「さっすがジルー、特定しやすいってか。コード痕跡解析チームの出番だ!」


 そんな中、テネの新市街に爆音が響いた。ミテキ・エルミヤの死を告げる音だった。

 カレナードは盛装用の白いドレスで弔問に向かった。ミテキの遺体が安置されたのは、二の丸庭園の隅にある軍人用霊廟で、その脇の小さな祠でミテキと抱き合ったのだ。たった一度の抱擁が、今さらのように胸に刺さった。

 霊廟に数人の兵士がいた。彼らを率いる若い士官が名乗った。

「副隊長、ジェード・ニカムです」


 彼は棺まで案内した。彼は抑制の効いたことばで隊長の死を語った。

「エルミヤ隊長は時限式不発弾の真上に立っていました。前日に建物が倒壊して、着弾の穴を塞いでいたのです。ヴィザーツ支援隊が来る直前でした。棺の中はご覧にならない方が……あっ!」

 カレナードはすでに棺の蓋を開けていた。

 中は手袋をはめたままの右手首だけだった。冬至祭の贈り物と揃いのムリヤック山羊の手袋が、黒く煤けていた。

「花を……花を中に置いてもかまいません?」


 カレナードは自分の声が震えているのに気づかなかった。早咲きの白ユリの束はミテキの小さな亡骸へと転がった。かつては何度も振り払い、そののちに重ねたミテキの右手。

 彼はこんなにも小さくなってしまったのか。

 彼の魂は暖かい闇で眠りについているのか。

 彼に抱いた女としての想いをこれからどうすればいいのか、カレナードはさっぱり分からなかった。


 彼女は身を乗り出してミテキの右手に触れた。冷たく軽く、崩れてしまいそうな感触にめまいがした。

 右手は手袋の中で粉々に砕けていた。

 ジェードはカレナードが立つのを待って「中央翼の執務室まで送りましょう」と言った。

「ありがとう、でも独りで帰れますから」


 ジェードは見送った。扉で突然ドレスが宙に舞った。透けるような陽光の下、彼女の背中が急に消えた。彼が外に走ると、カレナードが階段の下で倒れていた。

 ちょうど二の丸庭園にヴィザーツ医療団が降りた。やって来たのはマヤルカ・シェナンディだ。赤い髪を医療チームの帽子に詰込み、グリーンのメッセンジャーバッグを斜めがけにして、風のように走ってきた。

「カレナード、施療棟のマヤさまが来たわよ! ただの脳貧血よ! テネ警備隊の士官殿、何があったの!」


 手早く診察し、まくしたてるマヤルカに、士官は名乗った。

「マヤルカさん、ここは遺体を安置する廟ゆえ、どうぞお静かに。カレナード殿は隊長の弔問に来て、衝撃で気を失い、そこにあなたが来たので我らも助かったのです」

「カレナードが気絶した?」

「亡くなったミテキ・エルミヤは彼女に求婚していましたので……」


マヤルカが振りかえると、カレナードは起き上がろうとしていた。

「力が入らない……。マヤルカ、手を貸してくれないか」

「もう、しょうがないわね。ジェードさん、水あるかしら。カレナード、コルセットがキツいのじゃなくて」

「それは着けてない……」


 ジェードは少し頬を染めて、水筒を差しだした。カレナードはジェードとマヤルカの肩を借りて庭園を戻った。

「ジェードさん。エルミヤ隊長とカレナードはいつの間にこんなことになってたの」

「マヤルカさん、その話は止めておきませんか」

カレナードは首を振った「何か話して下さい。その方が気が楽だ」


 ジェードは物わかりが良かった。

「隊長が一途にあなたを追いかけると誰も予想していなかったので、部隊は賭けをする者が続出で。私も賭けていたほどです」

マヤルカの声が飛んだ。

「何を賭けてたのよ」

「カレナード殿が求婚を受けるか蹴るか、です」

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