第1章 冬至祭の女王と紋章人

 ガーランドはテネとプルシェニィの中間に停泊していた。女王は冬至祭を前倒しで開催した。カレナードが戻ると女王は早速切り出した。

「さあ、これを着て皆を騙してやろう」

どこかで見た薔薇色のチュールが垂れたドレスがあった。

「マリラ、テネ城の情報部員が余計な仕事をしているのでは」

「これはテッサ・ララークノの提案だ。そなたと私は堂々と華やかにしていなくてはならぬ」

「事態は良くないのですね」

「楽観はできぬ。が、我々が渋い顔では士気にかかわる。参謀長と情報部長の要請でもある。夏至祭を中止にした分、派手に行くのだ。久しぶりに艦長の酒蔵も開くぞ。ところでエルミヤに迫られているとか」


「はぁ」

「報告が遅い。私との約束を忘れたのか」

「申し訳ありません。彼の申し出は受けませんゆえ、話すのが今になりました」

「悩み迷ったのであろう、いろいろと」

カレナードは頷いた。

「思いがけない真剣さでしたので、私は……」

マリラは恋人に頬ずりした。

「そなたは優しいうえに飢えてもいる。ミテキ・エルミヤと縁があるのだろうよ」

「え、縁ですか」


「そのままで聞きなさい。アナザーアメリカの主要都市は遠からず玄街が襲うだろう。特に大規模ヴィザーツ屋敷とガーランド補給地だ。こちらの先手が効けばよいが、状況は厳しい。ゆえに、カレナード。そなたはエルミヤの子をもうけ、領国主と共に外れ屋敷に待機する方法もある」

「それは後方で居よとの御命令ですか」

「そなたの命は私である。失うわけにいかぬ」

 カレナードはプルシェ二ィの炎の上で戦ったキリアンとピード、そしてアヤイを想った。

「命を粗末にはいたしません。が、避難のためにミテキと抱き合えません。あなたは私を臆病者になさるのですか」

「怒るな、カレナード」

「怒ってません」


 マリラは一度目を閉じた。

「勝気なところは相変わらずだ。前線に出るだけが戦いでない。そなたの任務を忘れるな。それに」

「何です」

「惚れた方が負けだな。私はそなたなしでは抜け殻になってしまう」

「嘘でございます。マリラ女王はいざとなれば、恋人の命よりアナザーアメリカの秩序を優先するお方です」

「この……」

マリラは目の前の若々しい女の頬を指に挟んだ「この減らず口めが!」


 カレナードは女王の指を外し、彼女の懐にするりと入った。その体を女王の腕が抱き留めた。

「そのとおりだ。私はいざとなればそうする。だからこそ、そなたは生き延びよ」

「頼まれなくとも生き延びます」

「で、エルミヤとは友人でいるのか」

「私はあなたの子が欲しいのです」

「そなた、まことに欲が深いな。陽物(ようもつ)を持たぬ身ゆえ許せ、カレナード」

「女王がヨウモツなどと仰るものではありません」


2人は大声で笑った。ジーナは仏頂面だが、ベルとイアカは女官長が仏頂面の下で恋人たちの戯言を楽しんでいるのを知っていた。


 次は地上の冬至祭だ。全てのテネ・ヴィザーツ屋敷は門を開放した。アナザーアメリカンのこれほど近くにトール・スピリッツが置かれたことがあっただろうか。子供たちは大はしゃぎでトールを見上げ、飛行艇を何重にも取り囲んだ。


 テッサはアルカミナ外れ屋敷に臨時領国府の設置を計画した。

 ガーランド情報部は大山嶺を丹念に調査し続けていた。

 各領国の警察は機動部隊を設立し、ガーランド・ヴィザーツと行動を共にしていた。アナザーアメリカの各地で玄街の足跡が洗いだされ、冬の間に幾つかの玄街拠点は潰されていった。


 カレナードはトペンプーラから得た情報を元にずっと考えていた。

「これだけの探査の眼が届かない所に玄街は本拠地を作った。それは大都市であるはずだ。大山嶺の中の都にしてサージ・ウォールの砂塵の中の都。そんな空間が存在するだろうか」

彼女は日課のコード発声基礎訓練を怠らなかった。最新の構築コードを使いこなすためだ。

「玄街に構築コードがあれば、あるいは……」


 ホットラインの向こうのトペンプーラに笑われようがかまわない。彼女は自室の通信回線を開いた。トペンプーラは笑わず、甲板材料部開発チームのヒロ・マギアの仮説とほぼ同じだと言った。

「ヒロがワタクシの隣に居ます。彼と話してくだサイ」


 挨拶をすっ飛ばし、2人は本題に入った。ヒロはあいかわらずまくし立てた。

「俺っちは構築コードが作用可能な限界空間の規模を実証で確認したいのに、ガーランドではやるなって艦長が反対するんだよ」

「なら、地上に降りてきませんか。マギアさん」

「へ?」


「玄街は構築コードを戦略的に実装していますよ。でなければ、大山嶺に長く隠れるなんて不可能です。ガーランドの探索隊が何年経っても玄街の都を特定できないのは、そのせいです」

「俺っちのカンもそう言ってる。でさ、テネ城市に実証実験の適地があるのかい」

「テネ城市の北の廃鉱山はどうでしょう。規模はガーランド2隻分といったところです」

「そこは古いのかい、紋章人」

「廃止になって20年です。ここを構築コードで補強すれば、いざという時、テネ市民の避難場所にできないかと」

「ほほー。マギア・チーム、腕の見せ所だな。さっそく艦長に掛け合ってくる」

 厳冬期の間に行われたヒロの試みは目的を果たし、地上には人々の避難場所が、ガーランドには新たな探索場所が用意された。

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