第1章 初冬の空

 テネ城三の丸に着陸するまでの数分、彼女は独りの時間を満喫した。シートに身を預けて飛行艇のエンジン音だけを聴く。雑念は追い払われた。

「いい音だ。新配備の飛行艇部隊はいい腕してる」

薄灰色のドレスの襞に手を置き、うっとりした。気がつくと着陸していた。


 その年、冬の到来は早かった。初雪までの数週間、テッサとカレナードはミセンキッタ各地のヴィザーツ屋敷の防衛網構築に忙殺された。テッサは学校に行けなかった。代わりにゾラとカナンがノートを持ってきた。週に数回、女学生の笑い声が響いた。

 11月、ゾラがあきれた情報を持ってきた。

「ミテキ兄さまは紋章人を追いかける気よ!」

テネ城北翼がミセンキッタ警備隊の通信本部として落成した日、ミテキ・エルミヤはカレナードの前に再び現れた。

「本日を以て逓信保安隊長の任に就きました。勤務地はテネ城です。お見知りおきを」

落成式のあとで、そう言って唇の端を上げたミテキにカレナードはあくまで形式的な礼を返した。居合わせた人々は何事もないよう願った。予想は裏切られた。


 12月初旬のテネ新屋敷の親睦射撃大会で、ミテキとカレナードは腕を競った。ミセンキッタ警備隊で決勝戦に躍り出たのがミテキで、ヴィザーツ側がカレナードだった。2人は警備隊用拳銃で片手撃ちに挑み、同点となった。ライフルに持ち替え、白熱の試合が続いた。一歩も譲らない真剣勝負だ。

 ミテキはいつもの慇懃な物言いを止めていた。

「やるな、紋章人。銃身が焼き付きそうだ」

カレナードも獰猛な視線を隠さなかった。

「あなたも手練れだ、エルミヤ隊長」

彼女の中の男が現われていた。同性の香りが2人を身近にした。勝負は各自最後の3発で決着となった。冬空にライフルの乾いた音が響き、ミテキ・エルミヤが勝者の栄冠を頭にいただいた。


 その後の宴会で彼は言った。

「馬は乗れるか」

「手綱が引ける程度ですよ」

「乗れるに越したことはない。教えよう」

「私を男として扱うなら」

「了解した」


 こうしてミテキは奇妙な友情から始めた。テッサ・ララークノは静観を決めた。

「ねえ、ゾラ。ミテキ殿は急がば回れで挑むの?」

「今の彼は本気、従妹の直感よ。ミテキの御父上、つまり私の伯父上はもう長くなくて、ミテキは伴侶を欲しているのだわ」

「彼女はガーランド女王代理よ。遊びでなくても無茶な相談ね」

「あなた、短い間に悪い言葉を覚えたわね」

「世間を知ったと言ってよ」

「兄さまは紋章人の隙を狙うわ。でも、それでガーランドがミセンキッタを見捨てるわけがない。戦争が終わる頃、きっと時代が変わってるわ。ヴィザーツの血がアナザーアメリカンに広まるかもね」

「アナザーアメリカに、嵐、来たれり、か。玄街を滅ぼして簡単に終わらせたいものだわ」 


 簡単でないと知る2人は互いの肩に手を置いた。

「ゾラ、そのあとで、笑ってミテキの恋話をしましょうよ」

「ええ、カナン・カンハンも一緒にね」


 そのカナンは冬至祭の10日前に大きなトランクと共にテネ城に現れた。

「雑用なり下働きなり何でもしますから、ここに置いて下さい!」

テッサとカレナ―ドは大急ぎでカナンを私室に連れ込んだ。

「何があったのです、カナン嬢」

 カナンは声をひそめた。

「父が極秘情報を知ったのです、テネが玄街の攻撃を受けるだろうと。父は家人の大半を疎開させました。私は密かに戻りました。テッサと一緒にいたいので」


カンハン氏はその情報をテネ城勤務の親類から得たと告げた。テネを離れた人は他にもいると言う。テッサはカナンの手を握りしめた。

「気持ちはとてもありがたいわ。でも、あなたはここにいては駄目よ」

カナンは首を横に振った。

「ヴィザーツの方々がテネを護っているわ。玄街に屈するなんてありえない。私はただの小娘だけど役に立てるなら」


 カレナードはカンハン家の避難先を訊いた。東部のアミルカナ市の郊外だった。

「外れ屋敷がたくさんある。カナンさん、そこに私の書簡を届けて下さい。そして連絡があるまでアミルカナに留まって、役に立っていただきたい」

テッサとカナンは顔を見合わせた「どういうことです」

「領国主の緊急脱出先をいくつか確保します。ガーランドが近くにいない場合、そして各地のヴィザーツ屋敷が危険な場合、頼りは外れヴィザーツ屋敷です。先月、女王がアミルカナ郊外屋敷にコード更新を許可したばかりですから、話は通るでしょう」


 カナンは手紙を懐に東部への列車に乗った。見送ったカレナードは駅の外でミテキと出くわした。

「カンハン嬢は領主殿に追い返されたか」

「エルミヤ隊長、逓信部の守秘義務は機能しているのですか」

「まぁまぁ固い方だな。でも鉄壁とは言えない。副都の惨状が知れ渡れば家族を田舎に送るのは人情だ」

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